アルフォンスエルリックは、兄から「出しといて」と言われた手紙を握って途方に暮れていた。どうすればいいのだろう、これを。封筒を見る。まだ辛うじて読める、兄にしては丁寧に書いたつもりのだろう、ブロック体で書かれた「Colonel Mustang」。手紙なんて、報告書提出のとき以外出したことがなかった。手紙を出す必要がないくらいちょくちょくマスタングの所に戻っていた。兄は、本人は隠しているつもりだっただろうけれど、聡いアルフォンスにはすぐ判った。マスタングの前でくるくる変わる兄の表情、ねぇ兄さん、何そんなに浮かれてるの。マスタングの言葉一つにムキになって、真っ赤になって、青くなって。きついことを言うくせに、部屋を出た後落ち込んで。大佐の家に行ってくると言って出掛けていった兄は、翌朝それはそれは幸せそうに帰ってきた。頭に花が咲いていた。……何があったのか、問いつめる気にもならなかった。

それなのに。

まさか捨てるわけにもいかない、だからといって、「Major General」と書き直す気にもなれない宛名。こんな手紙、捨てたとしても構わないのかも知れない、どうせ返事は返ってこないのだ。その手紙は、元々受け取る相手すら。

「アルフォンスくん?」
「……ホークアイ中尉。」
肉体ががあれば、表情は露骨にこわばっていただろう、このときばかりは鎧で良かったとアルフォンスは思った。この鉄の身体は、感情すら奪い取ってくれる。震えると思った声は、内心に反してとても冷静だった。両腕を包帯でぐるぐる巻きにしたリザ・ホークアイ、それに付き添うハボック――そういえば、まだ中尉と少尉なのかな、とアルフォンスはそんな暢気なことを。
「久しぶりね、元気だった?」
「はい…」
ホークアイ中尉は?ととても聞き返せなかった。全身を覆う包帯、松葉杖。ハボックに支えられて――片足、やつれた顔、ふっくら顎のラインがこんなにも鋭利に。眼の下に出来た隈がとても痛々しい。
「あの、もう歩いても良いんですか?」
「さすがに、もう一ヶ月だから。」
そう言う彼女は、とても大丈夫そうには見えず、アルフォンスは目を背けたくなる。彼女はとても、以前の輝きが。
「中尉、その…」
アルフォンスは握った左手。手紙を渡すべきかと。この状態の彼女にこれを渡すのは、あまりに残酷なのではないだろうか。すべてを失った彼女が、更に背負わされるのは。これを渡したら、中尉はどんな表情をするだろう。死んでしまわないのだろうか。あの知らせを受けたときも、真っ先に感じたのは悲ではなく、兄が、そして彼女がこれからどうなるのかと。
「それは、手紙?」
「………はい。兄さんから………少将への」
リザの身体が震えた。ハボックの青い瞳が悲しさを増して、それでも彼が案ずるのは隣の上官で。大丈夫ですかと視線で問う。
「そう、エドワードくんの」
そんな哀しそうな声で言わないで、中尉。そんな顔をさせたかったわけじゃ、ないんです。
「兄さんが、まだ大佐って言ってて…」
書き直されなかった宛名、少将ではなくて。
「……構わないわよ、あの人もこんな形での昇進は望んでいなかっただろうから」
「中尉、あの」
「エドワードくんは、私のことを許してくれないだろうから」
守れなかった、と彼女は言った。彼女の目の前で地雷に巻き込まれた彼は、即死だったという。自らも右足を吹き飛ばされて、それでも火に包まれた彼の身体をその両腕で必死に抱きしめたのは。



大佐のね、腕だけは焼けなかったのよ。あの人は、あの人の、武器を持たないからたこ一つない綺麗な手。そのくせに血でまみれた彼の、発火布に包まれた白い手だけは、最後まで綺麗で。


「アルフォンス、大佐に渡してくれた?」
「手紙?うん、中尉に言付けといたよ」
「ありがとなー」
返事返すかなーあいつ、と言う兄に、アルフォンスは何も言うことが出来なくて。





こっそり続き