六
(やっぱりエロがない…/撃沈)
ロイの出張先はロスだったそうだ。
俺はロイの車の助手席に乗って、後部座席を見るように促された。おおきな袋に、英語の記述。どうやら俺へのお土産らしい。
「君に時計を買って帰ろうかとも思ったんだがね、私が勝手に選ぶよりも、君が自分で選んだものをあげたほうがいいかと思ってやめたんだ。」
時計、といわれて、俺は胸騒ぎを覚えた。
時計、時計。思い出したくない。もう腕時計は二度とつけない。俺は震える左手を右手で握った。
「い、いいよ時計なんか……そんなのなくったって。」
「いや、やはり時計くらいは持っておくべきだよ。」
有無を言わせぬ口調に俺は黙り込む。
どう対処すればいい、どう逃げ切ればいい?
嘘、言い訳、ごまかし、色々考えた。が、俺が打開策を見つけ出す前に車は止まっていた。
降りるように促される。どこか大きな店の専用駐車場らしい。
ロイと一緒に、病院の搬入用なみに大きいエレベーターに乗り込む。そしてしばらく。音もなくドアが開くと、すでに待ち構えていた店員二人が深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました、マスタングさま。」
俺に向かって、そして後ろにいる男に向かって笑顔を向ける。
俺はマスタングじゃないと言いたい気持ちを抑え、後ろを振り返った。
「おりなさい?」
と、諭すようにロイが言うので俺はその大きな箱から出た。
とても広いフロアに、いくつものショウケースがぽつん、ぽつんと置かれている。天井からぶらさがったシャンデリアはオレンジ色の光を放ち、無理やりに温かい印象を植え付けようとしているみたいだった。
俺はその光を見て寒いと思った。
俺はどうしていいのかわからずにまたロイを見上げた。見れば、ヤツは偉そうな店員と何か話している。
「はい、もちろんご用意しております。」
店員の女はよく通る声でそういう。ロイは満足そうに頷いた。
「ほら、こちらへ来なさい鋼の。」
手を伸ばしてくるので、俺はその腕に自分の腕をからめた。身体をすりよせる。鼻を突く変な臭いに俺は少しだけ顔を背けた。ロイはどうやら香水を変えたらしい。
俺たちは、その肌寒い部屋を抜けて、小さい扉をくぐった。
奥にある、高級そうなテーブルとベルベットの椅子。
店員が慣れた様子で椅子をすっと引いて俺を見た。
「ありがとう」
俺は少し微笑んで、素直にそこに腰をおろす。ロイには別の店員が椅子をひいていた。
女店員は俺たちの目の前にすわって、大げさな感嘆の声をあげた。
「本当に……マスタングさまのお話以上にお美しい方ですわね。」
この瞬間俺の中でこの女の価値が落ちた。
「外観はよくても少々わがままな子でね……かなり手を焼いているのだよ。」
ねぇ、鋼の?と問われて俺は不服そうに唇をとがらせた。
「そんなことねーよ。俺ちゃんといい子にしてんじゃん。」
ほらまたそんな口調で話して、とロイはまんざらでもなさそうに俺の頭を撫でる。
へへ、とその気持ち悪い感触に耐えながら俺は照れたような笑顔を見せた。
「それで、頼んでおいたものは?」
「えぇ、こちらに…」
女は強烈な笑顔を顔に張り付かせたまま。隣に立っていた男の店員が、白い箱を五つほど俺たちの前に並べた。
女がどこからか白い手袋を出して、その箱を開いていく。
俺は、その箱の中身をじっと見つめ、そのまま笑えなくなった。
ずらりと並ぶ、腕時計。
「ほら、このまえ私が誤って壊してしまっただろう?だから君が気に入りそうなものをいくつか選んで手配しておいたのだよ?」
誤って壊してしまったろう?この男は笑ってそういう。
俺が気に入りそうなものを選んで手配しておいたと。
俺は奥歯を噛んだ。時計を睨んだ。
たぶん今、ものすごく青い顔をしているだろう。ロイがこちらを見ているのを感じた。舐めるような、肌寒い視線。俺は、口の中で溢れそうになる唾液を、出来るだけ音をたてないようにして飲み込んだ。
「あ、ありがとうロイさん……で、でも俺時計は……」
「またそんな遠慮をして。鋼の、ほらよく見なさい?一つ好きなのを選ぶんだよ?」
「………。」
頭が痛い。俺は時計を直視することも出来ずに、そっと椅子を引いた。毛の長い絨毯は、椅子を引いても音をたてることはなかった。
俺は笑顔を造ってロイを見上げた。
「ご、ごめん、ロイさん……お、俺ちょっと調子悪くなったみたい。ちょっとトイレ…」
言いながら立ち上がった瞬間。
その部屋の両側をかためていた警備が、何も言わずにドアを閉めてしまった。
「……。」
「だめだよ。一つ選ぶまでは出してあげない。」
俺は警備を睨みつけたが、目深に被った帽子の中に隠れた表情は伺えなかった。
すると不意に大きな腕が俺を後ろから抱きしめた。
どうやらロイはわざわざかがんでいるらしい。俺の耳にうざったい息を吹きかけてくる。
「ほら、鋼の。いい子だから選びなさい?」
言って舌を俺の耳にいれてくる。
こんなところで恥ずかしくないのかよ、と俺は思うが拒むことも出来ない。
しかし、だからと言って、やはり腕時計は選びたくなかった。見たくもない。
俺はうつむいた。
「ぃや…だ…」
「ん?なんだね?聞こえないよ?」
ロイの声は楽しそうだった。
俺の肩に顎をのせて、こちらを覗き見る。
俺はかすれた声で、もう一度繰り返した。
「いや……ぃやだ…選べない…」
声というよりも、俺のセリフは息にしかならなかった。
「鋼の、君も学習しない子だね。君には選択肢はないのだよ?」
ロイはそう言って、俺を抱きかかえた。
上からひょいと椅子に座らせて、俺の両腕を背もたれにぐるりと回して手首を掴む。
俺は顔を背けた。
「選びなさい。ほら、見ないとどれがいいかわからないだろう?」
ロイの優しい声に俺は震えた。
俺の手首を捻りあげているほうとは逆の手が伸びてきて、俺の顎にかけられる。力任せに、ロイは俺の目を時計に向けさせた。首が痛い。
「いやっ……やめろッ…はな、離しやがれっ!」
俺は自棄になって両足をばたつかせた。ブーツの先が目の前にあるテーブルを下から突き上げ、丁重に置かれた時計ががたがたと下品な音をたてる。俺は暴れた。時計が落ちる。女の店員はあわてたが、しかし俺を非難もできない。後ろにはロイがいる。
ロイは顎にかけていた手をするりと首に動かした。
くいっと力をこめる。俺の気道がいっきに狭まった。
更に手首をありえない方向にひねられ、俺は動物的な声で喘いだ。
「っあ…がぁ……ぁ゛……!」
「信じられないよ、鋼の。そんなに私に恥をかかせたいのかい?」
俺はその苦しさに涙を零した。
痛い。苦しい。
足をばたつかせるのを俺はやめた。痺れて、もう暴れられない。
酸素を求める喉をロイはその手で締め付け、うっすら開いた俺の瞳を覗き込んでいた。
「わがままな子だね。あやまりなさい。」
どうやってあやまれというのか。声も出せない俺に、何を求めているのか。
しかし、俺はそんなことを冷静に言える状態ではない。
ごめんなさい、ごめんなさいと声を出そうと喉を震えさせる。が、言葉にならずに、汚らしい息だけが音として零れ落ちた。
「っご……ぇ゛ん…な…ざ…」
「汚い声だね。聞き苦しいよ。もうしゃべるな。」
「っ……」
涙が溢れる。俺は意識が手元からこぼれていく気配を感じた。指先から、意識が離脱しようとしている。
それに気づいたロイが、一旦首にかけた手を緩めた。俺は勢いに任せて二酸化炭素を吐き出し、酸素を飲み込んだ。
「すまないね。仕方がないから、全ていただいていくよ。」
ロイはどうやら女店員にそう言ったらしい。
俺はその隣でひたすらに呼吸した。
「ほら、鋼の。家で二人で選ぼうね。」
ごめんね、苦しかったかい?でも君がいけないんだよ。下品な行動ばかりして。ロイはそう言って、汗でべとつく俺の頬を、腫れ物にさわるくらいそっと撫でた。
両手首を椅子の背もたれで縛られ、両足も麻縄で縛られた俺は、じっと俯いて黙り込んでいた。
高級宝石店から帰宅して無理やりにロイの家に連れてこられた俺は、もう帰る、という言葉を繰り返したが聞き入れてもらえるはずもなく。
ロイの寝室にある、いかにも英国王宮風という宣伝文句が似合いそうな豪奢な椅子に座らされて、こうして固定されている。
目の前には、またあの時計が並べられていた。
うざい。うざい。うざい。
頭が異様に重たくて、目の奥がじゅくじゅくと熱を持っている。
ロイが俺にあわせるように身体をかがめて、じっと俺の顔を覗き込んだ。
視界に映るその男を俺は顔を背けることで排除した。もうこの男の存在自体を消してしまいたいのにそれは到底叶わず、せめて俺の生活から切り離すということすら出来ないという事実に俺はいつも泣きそうになる。
「鋼の?ほら、いつまでも黙ってないで。どういうのが好き?」
まだ腕時計にこだわっている執着心の塊のような男は、俺に時計を一つ掴んでそれを目の前に見せ付けてきた。
「ほら、これは?」
視界にすらいれたくない。俺は首をひねる。その顎を、ロイが掴む。
「こういうのを往生際が悪いと言うんだろうね、鋼の。ほら、君が決めてくれないと私が勝手に選んでしまうよ?」
ロイの笑顔と優しい口調と強制的な掌。俺は小さく嫌だ、と言った。ロイが、嘆息する。
「……なら仕方ないね、時計は後日選んであげるよ。」
そう言って俺の頭をなでた。
「けれどわがままばかり言う君には躾けなおしが必要かもしれないね。」
少し前まで嘘を吐くことになんの躊躇いもなくて、どんな存在にも堕ちることが出来たのに。どんな低俗な言葉をも吐き出し、どこまでも薄汚れた行為に溺れることができたのに。
俺を覆う分厚い皮膚はどこへ行ってしまったのだろう。少しずつ俺の計画が狂ってきている。
軌道修正をしなければ。でも、どうやって。俺はこれ以上割り切ることが出来なかった。
一人でぐるぐる考えているうちに、ロイが俺の首筋に舌を這わせた。
「ひッ……」
「また地下室に入れてしまおうか?」
ロイが言いながら俺の首に吸い付く。
ロイの家には地下室がある。俺が一番初めにこの家を訪れて、一番最初に犯された場所だ。
そして俺が今でも一番行きたくない場所。
「い、嫌だっ…ロイさん、俺、ごめん、どうかしてた。なんでも言うこと聞くから!聞くからそれだけは……」
「怯えて焦った顔も可愛いね、鋼の。」
ロイは一度決めたら絶対に撤回しない。彼が俺を地下室にいれる、というならばもうそれは決定事項だ。
俺は懇願した。涙を浮かべて嘆願した。けれどロイはそれを楽しそうににやにや笑ってみているだけだった。
両手両足を縛られたまま抱きかかえられて、俺は地下室に連れてこられた。
あがいてロイを蹴飛ばすと、少し不愉快そうに眉をひそめた奴はコンクリの床に俺を叩き落した。
背骨と尾骶骨を強く強打して、俺は痛みに身体を丸めた。
「くぅぅ…」
「やんちゃな子だな君も。」
薄い唇に笑みがうかんでいる。目もとは見ない。どうせ奴の目は笑ってないどいない。それをわざわざ確かめる必要性などないのだ。
俺は冷たいコンクリートの床に頬をぴっとりとくっつけた。つめたい、独特のにおいがする。
「ほら、なつかしいだろう?君とはじめてセックスをした場所だよ。」
俺は無視した。思い出したくない。
どれだけ身体を重ねても、どれほど下劣な行為をしても、一番屈辱的で一番怖かったのはこの部屋でのセックス。思い出すことを拒否しながら、拒否することによって思い出すことを促す人間の脳は愚かしいとしか言いようが無い。
ロイは可哀想な大人だから無視されるとが大嫌いだ。相手をしてほしいのだろう、俺の前髪を掴みあげて自分の方へ向かせる行為はガキとした言いようが無かったけれど、ガキが不相応な力を持っているがために俺はそれから逃れることも出来ない。
そういう俺も、人に説教出来るほど大人じゃない。俺は自分の体で男から金を取る男だ。被害者とはとうてい言えない。
「君はものすごく体力があって力もあるから私は手を焼いたよ。」
懐かしむようにその黒い瞳を細める。気味が悪かった。
「何度も何度も頭をぶつけたら額が切れて血が出たね。可愛かった…血にまみれて怯える君は本当に…」
俺は眼を背けた。見ていられない、こんな変態。死ねばいい。そう死ねばいいんだ。
死ぬのは、ロイではなくて俺だ。そう、俺なんか、死ねばいいのに。
舌でも噛み切って自殺してやろうか。
「どうした?鋼の。」
ロイが、そむけた俺の視界に無理やり入ってきた。上辺だけの心配そうな表情。
「体が震えているね。」
縛られて芋虫状態の俺を抱きしめる腕。怖い。耳元を掠める熱い吐息と声。
「可愛いよ、鋼の。」
分厚い舌の感触。耳の穴に挿入されて俺は鳥肌をたてた。
「あッ…」
触覚が信号を脊椎に送って、すぐに帰ってくるリアクションだった。脳へなどいかないのだ。これはもう反射神経だった。汚らしく掠れた、オカマみたいな声。
ロイはその声に満足したのかさらに舌を首筋に這わせながら、俺を縛る縄をゆるめて服を脱がしにかかった。
恐怖に怯えながら、下劣な反応を返すのは俺の身体。嘲り笑い転げることが出来ればどんなに楽だろう。
ロイが俺の熱の中心に触れた。生理的に熱を持ち出したそこを長い指が包み込んで、上下に擦る。すぐにぴちゃぴちゃと水っぽい音が聞こえてきた。コンクリートで出来た部屋の中に冷たく静かに響き渡る卑猥な音と俺の喘ぎ声と。
「やッ……ひやぁんっ…」
「可愛いね。ほら、もっと声を聞かせて?」
痛い程の刺激に俺は悶えた。根元から先端へ、そして亀頭に爪をたてる。かり、と最初は優しく、次に、
「んがぁッ……は…」
がり、とどこか耳の裏でおぞましい音が聞こえるほど、その痛みは強烈で俺は目の奥に熱いものを感じた。股間がじわりと濡れてくる。
俺はロープのいせいで中途半端に服を剥かれて、ロイの腕の中で震えた。
「いい声だね、ほら地下室はよく響くから。」
響くから、恥ずかしいね、と俺の頬を撫でながらいう奴の猫なで声に吐き気を催す。嫌だ、もう何もかも嫌だ。
ロイの手が、俺の先走りで濡れた肛門に伸びてきたが、それが穴に挿れられることはなく、その指先は俺の後孔の輪郭をぎゅうぎゅうと押し付けるようになぞっている。
空いた手、さっきまで俺の頬を撫でていた手が胸の突起をつまみあげた瞬間、俺は一層大きな声で鳴いて、油断と恐怖心からあっけなく白濁を飛ばしていた。
それは否応無くロイの服にもかかってしまったようで。
「いやらしい子。」
どこにも救いはなかった。ロイの声、地下室、コンクリート、そして縛られた俺自身の中にもどこにも。俺は短く息を吐き出した。
希望と甘えを、そうして俺は全身から吐き出そうとしたんだ。
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