三
副題は時計、とでもしておきたい。(笑)
約束の日の夜11時に、ロイは車で病院に来た。
俺は交通事故で運ばれてきた患者の手術を無事終えて、白衣から私服に着替えた。
私服と言ってもただのジャージとニット帽で、俺は病院の地下駐車場に止まった黒のスポーツカーに近付いた。
俺は車には興味がないけれど、前に弟がこの車を見て「ジャガーだ」って言ってたから、そういう車種なのだろう。
車の脇に立っていたロイが、こちらに気づいて顔をしかめた。
ロイは黒いスーツジャケットにストライプのシャツ、派手なネクタイをしめていた。
「相変わらず趣味の悪いかっこをしているんだな、君は。」
あんたにだけは言われたくねぇよ、と胸中でロイを罵りつつ、俺は慣れたように笑った。
「医者って案外忙しいもんなんだぜ?服買いにいく暇とかあんまなくてさ。」
「そうだね、わかっているよ。中に君の服を用意したから、車中で着替えなさい。」
ロイは面倒くさそうにそう言って、車に乗り込む。
俺も助手席に乗り込んだ。ロイの言ったとおり、助手席の足元に大きな紙袋があって、中を覗くと、ストライプのスーツジャケットに同じストライプのパンツ、薄いピンクのシャツと深紅のネクタイが入っていた。
帽子を脱いで、言われたとおりに用意されたスーツを着て、ネクタイを締めた。
「よく似合っているじゃないか、鋼の。サイズは?」
「ぴったりだよ、ロイさん。」
運転しながら俺のほうを盗み見るロイに、俺は笑顔を向けた。
ロイの用意したスーツは俺の身体にぴったりで、ぴったりすぎて吐き気がした。
丈の長さもいいし、腕も動かしやすい。触り心地の良さから、かなり高価なものだとわかる。
「ありがとう、こんなに高価なスーツ…」
「私の恋人がジャージ姿では私が恥をかくからね。それだけのことだよ。」
「うん、知ってる。」
車はしばらく高速を走って、どこか郊外にあるレストランへ着いた。
白い大きな洋館で、フレンチの店らしい。
入り口でロイが自分の名前を告げると、受付のタキシード姿の男はすぐに俺たちを奥の個室へと通してくれた。
個室からは中庭が見える、とても雰囲気のいいところだった。
店内の装飾も、天井から下がったシャンデリアも、聞こえてくる音楽も、どれも一流といった趣があった。
ジャケットを脱がせてもらってから席につき、ウエイターがグラスに食前酒を注いだ。
俺はそれからメニューを渡された。
軟らかい白い生地で覆われた大きなメニューには値段の記述は一切なく、俺が今まで見たことも無いような料理の名前が嫌味なほど小さな字で並んでいる。
解説は一切無い。
正直、どれが食べ物でどれが飲み物なのかすらわからなかったから、俺はにっこり笑ってメニューを閉じた。
「俺、ロイさんに任せるよ。」
「そうか。なら、この…いつものコース料理を頼もうか。」
ロイはウエイターにメニューを指差して言った。
背筋を伸ばしたウエイターが、かしこまりました、と頭を下げ、俺とロイのメニューを持って部屋を出る。
ロイが俺を見ているのに気づいて、俺は照れたように笑って見せた。
「何?」
「こういう店は初めてかね?鋼の。」
「ん……初めて…こんな高級店とは縁がなくて…」
ロイは興味なさげにふぅん、と言って、グラスを掴んだ。
こちらに少し振るようにされて、俺はやっと、乾杯を求められていることに気がついて慌ててグラスを持ち上げた。
ロイが、何も言わずにグラスの縁をかつんとぶつけて、その赤い液体を流し込んだ。
俺も、グラスの縁に軽く口付け、一口舐めた。
深く濁った紅い色は、今日手術で見た血液の色を彷彿とさせた。
「随分と、」
ロイの声に、俺は顔をあげた。
ロイはグラスのワインを揺らしてその紅い液体の動く様を見つめながら、
「随分と安物の時計をしているんだね、鋼の。」
「っ……」
俺はそっとシャツの袖を伸ばして時計を隠した。
「どうした、鋼の?」
口角を上げて、ロイが言う。
面白い遊びを見つけた子どものような目をしている。
俺は笑顔を造った。
「いや……病院で働いてるとさ、いろんな薬物使ったりするからあんまし高級なものつけててもすぐ汚れちゃうんだよな。」
へへ、と声までたてるが、ロイは相変わらず嫌な笑みを浮かべるだけ。
「買ってあげようか?時計。」
「え、いやいいよ…汚れちゃうから…」
手を振って断るが、ロイは引き下がりそうも無い。
「私の恋人ともあろう者が、こんな安物をつけていては私の恥になる。貸しなさい、鋼の。今すぐ取りなさい。」
「え、それは……ほら、時計ないのは何かと不便だし…」
笑顔がひきつるのが、自分でもわかる。
嫌な空気だ。俺はその雰囲気を打破しようと、とっさにワインのグラスを掴んだ。
その手首を、身を乗り出したロイに掴まれる。時計を着けた方の腕だった。
彼がシャツの袖をすこしまくると、小さい時計が顔を覗かせる。
黒い樹脂で出来たバンド。シルバーの文字盤に刻まれたローマ数字。
俺が高校へ特待生として入学が決まった時に、弟が買ってくれたものだった。
その俺の大事なものを、ロイの汚れた指が撫でる。
「ッ…」
「これはこれは……時計とも言いがたいな…玩具じゃないか。」
俺は咄嗟に腕をひいた。
確かに安物かもしれないし、時計としては価値のないものかもしれないけれど、俺にとっては全てだった。
ロイは別に俺の腕を拘束する気はなかったらしく、すぐに俺の腕を開放して深く椅子に座りなおした。
「えらく気に入っているようだね。」
「そ、そんなことは……ないけど…」
両腕を机の下に隠して、俺は顔を背けた。
これだけは取られるわけにはいかない。
俺は焦った。
早く料理が来てくれることを切に願った。
しかし、ロイはただ嘆息して、「そんなに大事なものなら、大事にしたまえよ。」とだけ言ったので驚いた。
それ以降、ロイが俺の時計の話題を口にすることは一度もなかった。
前菜に始まり、スープ、パン、魚料理に肉料理。
苺のデザートを食べるころには、俺はすっかり時計のことなど忘れていた。
「うまーい。すっげぇうまい。」
赤いアイスとラズベリーソースの乗ったシフォンケーキをほお張りながら俺は言った。
確かに料理は旨い。目の前に誰がいようと、その価値はかわらない。
俺はそう自分に言い聞かせて、さらにもう一口、ケーキを食べた。
「鋼の、君は言葉遣いが少々荒いようだね。」
「あ……ご、ごめんなさい、ロイさん。でもほんとに旨くて…」
「なら美味しい、といいなさい。」
「うん、とても美味しいよ、ロイさん。ありがとう。」
にこにこ笑うと、ロイは満足したようだ。
いや、満足はしていないのだろうけれど、ロイは満足だという表情を造って見せた。
この男の動作も言葉もすべてが作り物。俺はそう思ってる。
だから二人の間でかわされる話題はとても空虚だ。
何の感情もない。下手なホームドラマのような、台本に沿った言葉たち。
食事を終えて、俺は先に車で待つように言われた。
車の中でロイを待ちながら、俺はアルにメールしようかと思って止めた。
これからする行為を思うと、メールを打つ指が止まった。
アルの笑顔が浮ぶ。
俺は右腕のジャケットを少しまくって時計を撫でた。
黒いベルトはゴムのような感触で、文字盤はひんやりと冷たい。
俺は顔をあげて店の入り口を見た。ロイが出てくる様子はない。
それを確認して、右腕の時計をはずした。
手のひらにのせて時計を裏返す。
そこには、文字が刻まれている。
俺がアルに貰った時、一緒に記念に削った文字だった。
俺はアルの名前を、アルは俺の名前を。
ただそれだけで深い意味はない。
ナイフで削った文字は二人とも下手くそで、お互いを馬鹿にして笑った。
「ごめんね、兄さん。お金なくて……もっといいのが買いたかったんだけど…」
そう言って苦笑するアルの頭を俺は撫でた。
本当に嬉しかった。
特待生で、授業料全額免除で入学した高校でさえ、両親は喜んではくれなかった。
そもそも俺の両親は、俺が医者になることに反対だったらしく、義母は早く働けばいいのに、と何度も俺を罵った。
早く仕事を見つけて、早く家から出て行け、と怒鳴られたりもした。
父親は俺には無関心で、何も言ってはこない。
庇うことも、罵ることも、何もない。
ただ一人、弟だけが、俺の合格を喜んでくれた。
夜、二人でケーキを買って、家の中ではなく近所の公園でお祝いした。
その時に、貰った時計だ。
「アル……」
俺が時計を撫でていると、突然、運転席のドアが開いて俺はびっくりした。
ロイが、車に乗り込んで、エンジンをかけた。
気づかれてないのか、と俺は安堵して、そっと時計をはめなおした。
「何か書いてあるのかね?時計に。」
気づかれていた。
まぁ当然といえば当然か、と俺は気を引き締めた。
「ううん、何にも。」
「…そうか。」
普段なら絶対に「見せろ」というはずのロイが、それ以上何も言ってこないことに俺は不信感を抱いた。
何かおかしい。何か企んでいる。
俺は笑顔を造りながらも、運転しているロイの横顔をじっと観察した。
女が、この男に騙されてしまうのが少しわかる気がした。
白い肌。そして通った鼻筋に切れ長の瞳。薄い唇。
確かに、顔は整っていると思う。
「私の顔がそんなに可笑しいかね?鋼の。」
前を見据えたままのロイが、高速を飛ばしながら聞いてきた。
俺は首を振る。
「ロイさんてほんと、整った顔してるなーって思って。」
嘘は吐いていない。
「口が上手だね、鋼のは。褒めても何もあげないよ。」
「本心だって、ロイさん。ほんとに。思わず舐めなくなるような肌してる。」
俺は身を乗り出して、ロイの冷たい頬に口付けた。
それからロイの家に着くまで、時計の話題はやっぱりなかったから、俺はすっかり安心しきっていた。
というよりも、時計のことを忘れていた。
俺はロイに言われるまま、先にシャワーを浴びた。
熱いお湯で身体を流し、髪を洗った。
俺は浴槽にはつからないから、身体を洗ってそれでおしまい。
脱衣所に出てタオルで頭を拭きながら、俺は洗面所に置いていた時計を探した。
「あ……あれ…?」
ない。
さっき確実にここにおいたはずの時計がない。
俺は自分の血の気がいっきに引いていく音を聞いた。
俺はタオルを肩にかけて、洗面所を探した。
床をはって、洗濯機の裏も、体重計の下も、タオルケースの隙間も探した。
けれど、ない。
「………っ」
ロイだ。ロイ以外に考えられない。
どうして俺は重要な時にいつも馬鹿なんだろう。俺は自分を罵った。
パンツをはいて、上にバスローブをはおった。服を着る時間すら惜しかった。
俺は髪を濡らしたまま、ロイのいるリビングへ走った。
「ロイ!」
口走ってから呼び捨てたことに気づいたが、訂正するのも面倒だった。
ソファに座ったロイは、片手にワイングラスを持っていた。
「なんだね、鋼の。」
ロイも、そんな俺を咎めない。
俺は床を濡らしながらロイに詰め寄った。
「俺の時計をどこにやった?」
「……やはり子どもだな、君は。それくらいで動揺して…」
「ばっくれんじゃねぇよ!俺の時計をどこへやった!?」
胸座を掴んだ。
ロイは初めて不快そうに俺の手を払った。
それから、ワイングラスを丸テーブルに置く。
グラスはもう一つあった。
「まぁ落ち着きなさい、鋼の。ワインでも飲んで…」
「酒なんか飲んでられ…………」
俺は丸テーブルの上にあるグラスを視界にいれて、言葉を途切らせた。
ロイが俺用に用意したであろうワイングラスには、血のように赤い液体と、底に沈んだ黒い影が見える。
「ッ!!」
俺は焦ってグラスを裏返し、手の平を広げた。
ワインがだらりと床に落ちて、白いじゅうたんに汚点が広がる。
最後にぼとり、と黒い影が俺の掌に落ちた。
俺の時計だった。
「あっ……あぁ……」
時計の秒針は動いていなかった。
文字盤の隙間に赤い液体が染み込んでいる。
が、それだけではなかった。
明らかに外部衝撃が加えられている。時計の文字盤にひびが入っていた。
誰かが踏みつけたような、そういう傷痕。
「き、貴様ぁ!」
俺はワイングラスを投げ捨てた。
ぱりん、とガラスの割れる華奢な音がする。
ロイはいつものように笑顔を浮かべている。
少しだけ首を傾けて、とても不思議そうな顔をして。
「いけない子だね、鋼のは。部屋を水浸しにした上、絨毯に染みを作ったりグラスを割ったり……何をそんなに取り乱す?」
「あんたは俺のッ……俺の時計をっ…!!」
罵声して、時計を見た。
刻まれた裏の文字に、アルコールが染み込んで汚れている。アルが刻んだ俺の名前も、俺が削ったアルの名前も。
「そんな安物の時計がどうかしたのかね?」
「これは安物かもしれねーけどな!俺にとっては……俺にとっては……」
「弟からの贈り物だから?」
ロイの言葉に俺はびくんとした。
ロイが、それこそ楽しそうに唇を舐めたのに、俺は気づいた。
でももう手遅れだった。
俺は奥歯をかみしめた。
ロイは、こうなるともう止まらないだろう。
俺は思わず本心を見せてしまったことを心の底から後悔した。
その時不意に、手に持っていた時計が奪われた。
「あっ…」
ロイが俺の時計を片手にぶらさげて、どうでもいいように揺らした。
「こんな安物でも、愛しい弟から貰えばそんなに大切なものになるのかい?君は本当に弟のことが好きだね。」
「か、返せっ……返してっ!」
手を伸ばすと、ロイは俺の手の届かないところへ腕を伸ばした。
目を細める。
「嫌だね。君が他の男からの貰い物を身につけるなんて不愉快極まりない。」
言いながら、口元からこぼれる笑み。
「返して…くれ…お願いだから……」
俺は頼んだ。すがりついた。
ロイの足元にすがった。
「なんでも言うことを聞くから。お願いだから。返して…」
「醜いね、鋼の。男の足元にすがりついて……私の足を舐めろと言ったら舐めてくれるかい?」
「ッ……」
俺は顔をしかめた。涙が出るのは俺の意思じゃない。
そう言い聞かせて、俺は身体をかがませた。
「あんたが……望むなら…」
ロイの靴下を脱がせて、俺はその親指にしゃぶりついた。
「私は望んでいないよ、鋼の。君はこれを返してほしいからやっているんだろう?」
愚かな子だね、と言いながら、ロイは俺の顔を足で蹴った。
「あぅ…ぐっ!」
そのまま頬を踏みつけにされる。
「たまらない…本当にいい表情をしてくれるね。悔しいだろう?私が憎いだろう?」
俺は奥歯を噛んだ。
涙と涎と鼻水がこぼれる。
「そこまでして時計を返して欲しいかい?取り戻したところでもう二度と動くことはないよ?」
俺は踏みつけにされながらも、首を縦に振った。
何をしてでも、これは取り返さないといけない。
「なら、こちらへ来なさい?」
足をどけて、ロイは俺の時計を握ったままリビングを出た。
俺は慌てて後を追いかける。
場所は風呂場だった。
ロイが手招きしている。俺が行くと、浴槽に湯がためられていた。
「な、何をすれば……」
俺が聞くと、本当に楽しそうに笑みを浮かべたロイがいた。
目をそらす。直視できない。それは恐怖だった。
すると、ぼちゃん、と何かが水面に落ちた。
見ると、浴槽に俺の時計が沈んでいくのが見える。
「なっ…」
「これが欲しいのなら、ほら、自分で取りなさい。ただし手は使わずに。」
言ってロイは俺の両腕を後ろ手に縛り上げて、膝を蹴った。
「くっ…」
膝立ちになった俺の頭を掴み上げ、浴槽につっこだ。
「ッ!!!」
予想外のことに、俺の鼻からも口からも湯が入ってきて俺の肺に流れ込んだ。
すぐに苦しくなってもがく。
ロイは俺の頭を掴みあげた。
「ほら、チャンスは何度でもあげるから。」
息を吐く暇すら与えずに、俺を再び水面下につっこむ。
「むっ……むぐぅっ!」
苦しい。が、目の前に大事な時計が見えた。
しかし、いくら首を伸ばしても届かなかった。
ごぼっと酸素を吐き出してしまった俺は、苦しくて暴れたが、ロイは俺の頭を押さえ込んで離さない。
「……可愛いな。」
そういう声が遠くから聞こえてきて、俺は背筋が凍った。
顔が、引き上げられる。
「ああ、可愛いよ、鋼の。嘘をつく余裕もないだろう?」
言いながら、俺の頬を舐める。
「最近はめっきり嘘が上手になってしまったからね。そんな君ももちろん好きだけどね…」
後ろから俺を抱きすくめて、ロイは自身の硬くなった性器を俺の背中に押し付けた。
「ほら、時計を取り返したいのだろう?頑張りなさい、鋼の。」
優しい声とともに、残酷な掌が俺の頭を押さえ込む。
俺はやけになって、浴槽に頭だけじゃなく体ごと沈んだ。
首を伸ばして、舌も伸ばして時計を咥えた。
ロイが俺の頭を掴みあげる。
俺が時計を咥えているのを見て、えらいね、と言って、ロイは両腕を縛っていた紐を解いた。
俺の冷え切った頬に唇をそわせ、俺を抱きすくめるロイの大きな腕。
俺は、口にくわえた時計を両手に握りなおした。
「時計は私が新しいのをあげるよ。」
かわいいね、かわいいねと背筋の凍るような穏やかな声を吐き出しながら、俺の身体を愛撫するおおきな手。
俺は湯の中に頭を長いこと突っ込んでいたせいか、ひどく身体が冷えた。
髪を濡らしたまま怒鳴り散らしたことも原因かもしれない。
小刻みに震えて止まらない俺の身体をぎゅっと抱きしめ、ロイが俺の耳元で囁く。
「寒いかい?身体がすっかり冷えてしまったね。」
そう言って、彼は俺の濡れたバスローブを脱がした。
そして一旦俺から離れて大きなタオルで俺を包むと、そのまま俺を前抱きに抱えた。
俺は一言もしゃべらずに、ただ壊れた時計を握り締めている。
寒い。それ以外の感情はない。寒い。寒い。
手の中にあるものを握り締めた。
さっきから涙が止まらなかった。
泣いている理由もわからないまま、泣いていた。
ロイは俺を寝室のベッドにそっと下ろした。
「ああ、もう我慢できないよ。」
ロイは恍惚とした表情を浮かべて、俺を見下ろした。
自分で服を脱ぎ、そのまま、濡れたままの俺を犯した。
前戯もなしにいきなり俺の腰を軽く持ち上げ、肛門にぶちこむ。
「ひぃッ……!!」
俺の意識が蘇る。時計を握る手が震える。
「いっ…痛ッ…」
「ああ、痛いね。私も少しキツイよ……ほら、力を抜きなさい。動くよ?」
どこまでも柔らかい声色と相対して、ロイは容赦なく俺を突き上げた。
俺への配慮は何もない。
痛みと寒気と恐怖だけが、俺の頭を巡った。
俺は呻き続けた。
アル、アルフォンス、助けてくれ。アル。
多分そんなことを口走った。
その時、俺の口の中に何かがつっこまれた。
ロイの指だった。三本ほどの指が、俺の舌の付け根の更に奥へ突っ込まれる。
俺は嗚咽した。けれど抜こうとはしてくれなかった。
下半身には相変わらず痛みしかない。
「そんなに弟君が好きかね、鋼の。そういえば君たちは異母兄弟だったね。」
俺は言葉にならない言葉をうめいた。
苦しい。唾液がべたべたとこぼれる。
ロイは唾液で艶めいた指で俺の性器を包んだ。身体をかがめて、耳元にそっと口付ける。
それから、小さくこう囁いた。
「弟とはこういうこともするのかい?」
「っ!!」
俺は自分の瞳孔が開く音を聞いた気がした。錯覚だろうが、それでもはっきり音として認識した。
ロイを身体から引き離そうと暴れるがそれは無駄な行為だった。
俺の性器をロイはおもいっきりつねった。
「いぃ゛ッ……」
眉を寄せて呻く。全身に走る痛みの信号。
「答えなさい、鋼の。どうなんだね?ん?」
聞いてくるロイの声を言葉としてはかろうじて認識できたが、それ以上にはならなかった。
瞼におさまりきらなくなった大きな涙の粒が、ぼろりと落ちる。
「声も出ないかい?仕方のない子だね。」
言いながら、ロイは容赦なく俺を突き上げた。
そして、手で愛撫されて俺が機械的に精液を吐き出したあと、ロイも俺の中に出した。
その後のことはあまり覚えていない。
気づいたらもう朝で、ロイは仕事に出ていた。
ベッドの上でしびれた両手を見ると、どうやら一晩中時計を握っていたらしく、掌は真っ赤に腫れていた。
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