見てはいけないモノを見てしまったと、エドワードは直感で悟った。
その前の晩たまたま携帯の充電を忘れて、たまたま恋人のロイマスタングが珍しく遅刻して待ち合わせ時刻と場所の変更する旨の電話、数回の通話の後やっと落ち合えて2人で電波状態の芳しくない店に入って食事をしていたら、これまたたまたまバイト先の店長からシフトの変更の連絡があって、その通話の途中に携帯の電源が持たなくなったから、仕方なく恋人の携帯を借りて。
電話代払うから!と言うエドワードに対し、それくらい構わないよ、と言って笑顔を見せるロイマスタング。さんきゅ、と店の外に出て、電話をしたまでは良かった。通話を切った瞬間にメールを受信したのも偶然なのか、それとも何かのお導きか。緊張が切れた瞬間の突然のバイブレータに、慌てて決定ボタンを連打してしまったエドワードに罪はない。
ちなみにそれまで、ロイマスタングは努めて誤解を回避するため、メールの一覧表示をアドレスと件名にしていたのだが、その前日たまたま気まぐれでそれを名前表示にしていたのはもう神様の悪戯か――勿論そんなこと、エドワードに知りうることではないけれども、とりあえず彼がメールボックスを開いた瞬間、眼に飛び込んできたのは紛れもなく女性の名前。
頭に全身の血が全部集まったんじゃないかと言うくらい、顔が熱くなって、比例して指先が冷えていく。心臓の音と一瞬ずれて、頭の中で血管が音を立てて、その音すらエドワードの焦りをかき立てる。……咄嗟に携帯を握りつぶす位の茶目っ気と余裕さえ、持ち合わせていなかった。




興奮が収まるまでだいぶ時間が掛かった。店内に戻ったとき、ロイマスタングはさっきと違う色のアルコールに口を付けていたが、エドワードが電話をしに行ってから出てきたらしい料理は手つかずのままだった。
エドワードを見ると、彼は小さく笑っていう。
「遅かったね、バイトの方は大丈夫だった?」
エドワードの鼓動が大きくなる。大丈夫じゃない、と言おうとして出てきたのは
「ん。また1人風邪引いたらしくて代わりに出てくれって」
「また?先週はなんやかんやで毎日行ってなかったかい?」
「風邪はやってるんだって」
至って冷静な返事。自分がこんなにポーカーフェイスが出来るとは思わなかった、とエドワードは思う。温かい店内の中で、体が体温を取り戻す中、手先には血が回らない。
「どうしたの?食べないで待ってたんだよ、早く座りなさいよ。お腹空いただろう?」
彼の声はどこまでも優しい。エドワードの好きだった声だ、ほんと数十分前まで。あんたが勝手に待ってただけだろ、喰ってりゃよかったのにと言いたかったのに、そんな軽口も出てこない。エドワードの生意気な物言いにも、彼は多分笑って応えてくれる、どんなに悪態を吐いても、好きだと言ってくれる――はずなのに。
何がこんなに不安なんだろう。携帯に他の女の名前があっただけで、エドワードの身体は芯まで冷えている。
自分のメモリにだって、クラスの女子とか幼なじみとか入ってるくせに、ロイの携帯にはそんなモノは入っていないと思っていた。彼だって大人で、勤め人なんだからエドワードの知らない交友関係とかあったって可笑しくないのに、普段散々女たらしとか、そんな風に茶化したりしてみても、どこか自分の知らない世界だと思っていたから、そう言う女の名前みたいな「生々しい」ものに、急に現実を突きつけられた気がして――「エドワード?」ロイの優しい声が聞こえる。
好きな声、好きだった、声。急にロイの声が怖く感じる。優しいのが当然と思っていた。そしてそれがいつまでも優しい物だと思っていた。テレビで、カップルの修羅場を見ても、それはブラウン管の中の「違う世界」の人たちの事だと思っていた。優しいロイの声の裏に何か別の感情があって、自分の知らない世界で何か知らない事が起こっている――

「エドワード?どうしたの、気分が悪い?」
店から帰ってきて、黙りこくったエドワードに、ロイは声を掛ける。まさかメールボックスを見られてなんてロイは知るはずもないから――これが悲劇だとも言える。ロイがもし、エドワードの誤解に気付いたなら、彼は誠心誠意を込めてその誤解を解く努力をしたはずなのだけれど、彼は結局その機会を与えられなかった――気分が悪いのかとエドワードの顔に掛かる長い前髪を掻き上げた。
「なんでもない」
「でも、顔が真っ青だよ。ほら、そんな格好で来るから。風邪をひいたんじゃないか?この時期はもう寒いんだから、せめて一枚くらい羽織らないと」
エドワードのむき出しになった腕をさすりながらロイが言う。優しい優しいロイの言葉。
テレビの中、からだめあてでとかおかねもちなところがよかったと言うカップルに、最低、とエドワードが舌を出すと、私達はそうならないようにしないとねと笑っていたロイマスタング。
気持ち悪い?大丈夫?と良いながら、顔を覗き込んでくるロイマスタング。
「……気持ち悪い」
「…やっぱり?帰って養生した方が良いね、すぐ車回してくるから」
慌てて席を立って、走っていくロイの後ろ姿を見ながら、エドワードはもう一度気持ち悪い、と呟いた。