電光掲示板、栄えある一着の表示は予想に違わずジョッキーアルフォンスと海チョコボハル子のコンビ。クラスS、チョコボレースの最高峰で連戦連勝、現在負けなし。誇らしげに表彰台に上がる弟を見つめるエドワードの胸中は穏やかでないどころか、嵐が吹き荒れている。
連日レースだの取材だのに引っ張り出され、いくら楽勝なレースといえどもアルフォンスもハル子も疲労は明らかだ――現に最近、明らかにタイムが落ちてきている。彼らにそんな無理をさせている原因は自分にあると、エドワードは重々承知している。

アルフォンスから見たエドワードは、悪質な借金取りから借金を盾に理不尽な要求(つまりはプロポーズ)を突きつけられている可哀想な兄なのだ。自分が頑張らなければ、大好きな兄が意に沿わぬ結婚をさせられてしまうと本気で思っている。……まさか、今更本当はエドワードはロイが好きだなんて、思いもしてない。
言うべきだ、とエドワードは勿論判っている。アルフォンスは良い子だから、もし事実を知ればきっと祝福してくれるだろうという事も判っている。でも、でももし――
エドワードはこの万が一の可能性を恐れて、この泥沼から抜け出せないで居る――アルフォンスがこんな自分を軽蔑したら。
唯一の家族、父親が出て行って、母親が死んで、借金まみれになった後も2人で支え合って生きてきた唯一の家族まで失ってしまう事になったら――最悪の状況を想像して(どうしてこう、悪い事ばかり妙なリアリティを持っててしまうのか!)エドワードは堪らなくなって自分の腕に爪を立てた。軽蔑されてしまったら自分はどうするか、その時ロイと別れられるのかと、別れられるものならとっくに別れているのに、そんな不毛な自問自答ばかり繰り返す。もし、この関係を告白しなかったとしても、だ。アルフォンスと自分は順調に賞金を稼いでいっている。このままでは借金もじき完済できるだろう、そうしたらチョコボファームに戻る事になって。その時になっても、自分がロイと会う理由を、弟に何と説明するのか。
表彰台の上ではアルフォンスが、自分を見付けて嬉しそうに手を振っている。アルフォンスの視線の先、観客がエドワードを認めて、一際大きな拍手が観客席からわき上がった。2人の天才兄弟ジョッキー、と巷で呼ばれているのをエドワードは知っていた。エドワードはいたたまれなくなって、踵を返した。逃げるように去りながら、頭の中で言い訳ばかりしていた、逃げる訳じゃない、次は自分のレースだから準備をしに行くだけだと――。

「勝ちたくない…」
こんな事をゲートで言うのはどうかと思う。勝つ事を前提に置いているこの呟き。実力が伴っていなければ思い上がりも甚だしいと一蹴される台詞だが、本当に勝ってしまうのだから仕方ない。(オスカー号が敗北を喫したのは、ハル子がクラスSに昇格する前、たまたま出場レースが被って、大健闘の末競り合い負けした一回きりだ)オスカー号は賢いチョコボだ。エドワードが何を言っているかも判っているだろうし、心身の調子も手綱を握れば伝わってしまう。特にこんな負の感情は。
でも、勝てばそれだけ借金返済が早くなる。ロイと会う口実がなくなってしまう。
「オスカー号…」
はぁ、と溜息を吐きながらオスカー号の首筋を撫でた。オスカー号がクェ、と高い声で啼いて、前足を高く上げた。


兄が落馬(落チョコボ?)した瞬間、アルフォンスは控え室で同僚と雑談していた。
出走準備完了のアナウンスでゲートが開いたのと同時、雑談をしていた同僚の表情が固まった。アルフォンスはその瞬間、既に椅子を蹴って立ち上がっていた――いつも素晴らしい脚を見せるオスカー号が、その脚力を前ではなく上に向けた、とでもいうのか。オスカー号がたちあがって、小柄なエドワードの身体は簡単に鞍から転がり落ちたのだ。控え室の中のモニターには、ざわつくゲート付近が映し出されている。圧倒的一番人気がまさかの落馬、解説者が興奮気味に担架が運ばれてきた事を告げ、そのまま場面はレースに移った。
「にいさん…!」
放心状態から抜け出だして、控え室を走り去ったアルフォンスは知らない。もう一度映像がゲート付近に切り替わったとき、担架で運ばれるエドワードの横には、心配そうなロイの姿があった。