「………今ここには熟しすぎて半分傷んだメロンがある」
サンジの、珍しく真面目で低い物言いに、ルフィとウソップとチョッパーは揃って生唾を飲み込む。
「そしてこの船のクルーは7人だ。わかるな?」
ゾロはふぁぁと大きなあくびを隠そうともせず、ナミはログポーズと海を交互に見つめ、ロビンは一番日当たりの良い場所で優雅に読書を。波も風も穏やかで陽射しも暖かく、これ以上ない航海日和。グランドラインの中にしては平和で、だからといって油断は出来ないのだが、それでもつかの間の休息時間。
「俺が言いたいことは、だ。俺は常に一流であることを心掛けてる訳だ。殊に料理に関しては」
そこで間をおいて、3人の顔を順々に一瞥する。それはまるで舞台俳優が決め台詞を言ってのけるときのような風格で、誰も次の言葉を無理に促そうとはしない。
いつも騒がしいこの4人が一斉に黙ると、途端カモメの声が元気に響いた。
それが合図だったかのように、サンジはふっと短く息を吐くと、宣言する。
「……俺は妥協をゆるさねぇ。」
「イェ〜!!」
「しびれるねぇ〜ここはこの海の戦士ウソップさまが後に続いて」
「サンジは格好良いなー」
「あいつらの沈黙は3秒ともたねぇのか……」
途端に騒ぎ出した4人に、ゾロはあからさまに呆れ声を出したが、そんなモノ誰も聞いていない。ナミはちらっとそちらを見て何やってんだか、と溜息を吐いただけで、また風を読むことに集中した。ロビンは手元の本に栞を挟んで、その様子を(4人の馬鹿騒ぎを、と言うより、自分以外のクルー全員を)にこにこと観察している。
「よって!だ。いくら傷んでメロンが半分がしかないとは言え、質より数を優先して、メロンの食感を損なわせる薄さにまでスライスをすることは俺のポリシーに反する。」
そこまで言って、ぱちんと手元の煙草に火を付ける。その仕草、間の取り方共に、まるで「格好良い」芝居でも見せられているかのようで、チョッパーはきらきらと目を輝かせている。ゾロからすれば「あほらしい」の一言だが。
次のサンジの言葉を、わくわくと待ちわびる3人に、非情にも事実が突きつけられた。
「よって今、生ハムメロンが3皿しかない」
先程よりも長い沈黙が甲板に落ちる。
ナミはやれやれとロビンの隣に腰を下ろし、ゾロは飽きたとばかりもう一度欠伸をして完全に横になった。ロビンだけはにこにこと頬杖をついたままその沈黙を見守っている。
かぁ〜と海カモメの揺れる影が、静かな甲板を通り過ぎた。
「生ハムー!!」
一番にショックから覚醒したのはウソップだったが、行動を起こしたのはルフィの方が早かった。
生ハム生ハム叫びながら、サンジの足に文字通り巻き付く。
「てめぇにはやるか!ナミさーんロビンちゃーん、生ハムメロン食べるぅー?」
げしげし自慢の足でそれを振り払いながら、くるくるすたんと優雅に生ハムメロンを2人の前に差し出す。
「ありがとうサンジくん」
「おいしそうね」
「お二人に是非食べて欲しくて」
「なーまーはーむー!」
「黙れルフィ!」
サンジの台詞を途中で遮って、ルフィは生ハムメロンの正面に座り込んだ。生ハムメロンとロビンとの顔とを交互に見比べて、むむむ、と呻く。
ナミの方もちらりと見たが、何よ、の一言にあっさり沈没した。
さすがにこの2人から横取り、と言う訳にも行かないが、かといって諦めきれずに2人の前に置かれた生ハムメロンを、じぃーっと指を銜えて見つめる。
どけ、と殴られても全く気に留めず、いーなぁいーなぁとサンジを見上げた。その後ろでチョッパーも生ハム生ハム!と跳ねている。
「コックさん、もう一個残ってるんでしょ?」
せっかくのメロンに手もつけず、ロビンが至極嬉しそうに言う。
「みんなで分け合いっこしたらどうかしら」
「おお!ロビンいいこと言うなぁ〜!」
「ロビンちゃんは優しいねぇ」
「ありがとう」
ルフィを押しのけて、でれでれと鼻の下を伸ばすサンジににっこりと微笑んでから、ロビンは端で寝ているゾロにも声をかける。
「剣士さんはいらないの?美味しそうよ」
「別に」
「てめぇなんだロビンちゃんが親切で聞いてんのにその態度……」
ぶつぶつサンジが説教をたれるのに、ゾロがけっと悪態を付く横で、ウソップとルフィとチョッパーはそのメロンの分配方法についてぎゃあぎゃああまり中身のない論議が繰り広げられる。
「ここは海の男のルールに従うべきだ…!」
「ウソップ、なんかいい方法知ってんのか??」
チョッパーが目にいっぱい期待を抱いて、ウソップを見上げた。
「男と男の一本勝負、かつては海王類も倒したという伝説の戦法。俺はかの決戦で、巨大タートルですら一撃で沈めたことがある…!」
『すげぇ〜!』
ルフィとチョッパーが、声をハモらせて朗々と語るウソップの話に手を叩く。
「やるなーウソップ!」
「ウソップは格好良いなー」
「いや、嘘だろ」
ルフィとチョッパーが、仁王立ちするウソップの周りをきゃっきゃと回っている。相変わらず、テンションが空島より上に上り詰めている3人には、ゾロの冷静な突っ込みは聞こえないらしい。ナミは黙々と生ハムメロンを口に運ぶ。
「なら、ジャンケンにしましょうよ」
『ジャンケン?』
ロビンの突然の提案に、お祭り騒ぎ3人組はぴたっと止まって顔を見合わせた。
「ええ、多いモノがち」
「ちょっとちょっとロビンちゃん」
サンジが慌てて割って入った。
「メロンが一つしかないのに、多いモノがちだったらややこしくなんないかな?」
「大丈夫よコックさん、私に任せて」
「うん任せるv」
即答かよ、と誰もが思ったが、面倒くさいからゾロでさえ口にしない。
「なんかする気?」
「ええ、ちょっと」
ロビンの言葉に、ナミはにやりと唇の端をつり上げた。
「楽しそうねロビン」
「そうかしら」
にこにこにこにこにこ。
野生の勘か、なんか怖ぇ、とルフィが思わず呟く。
「ほら、ジャンケンしましょう、ジャンケン。剣士さんも入らなきゃ」
「ロビンお前何企んで」
「ゾロ!お前も早く来い!」
ロビンの張り付いたような笑顔に、何となく胸の辺りに嫌な予感を感じながらもゾロは(半ば無理矢理)輪に加わった。
なんだなんだ、何を企んでんだあの女。
「そういえば、剣士さんは何を出すの?」
「は?」
「ぐーとちょきとぱー。」
「そんなもん、ジャンケンの前にいわねぇよ」
「そう?」
こくん、と不思議そうに小首をかしげるロビンに、胸の黒い塊が大きくなる。
『おおいもんがーち』
ゾロの不安をよそに、お気楽4人のかけ声が見事に唱和して、とりあえず、とゾロは何も考えず手を出した。
にこにこにこにこと、ロビンの笑顔が背中に、痛い。
アホらしい、彼自身そこまで食い意地が張っているという訳ではないので(寧ろ酒が飲みたい)、生ハムメロンは正直なところどうでもいいと思っていたのだが。
「あー!ゾロずりぃ!」
「…………は?」
ルフィの不満の声に、一番とまどったのはゾロ自身だった。
ゾロ以外の4人は、チョッパーとルフィとウソップがパー、サンジがチョキ。そして自分はグーと出した、それは確かだし、実際自分の右手は拳を作っている。
しかし問題はそこではなくて、ゾロの腕から無数(と言っても6本)出ているほっそりとした白い女の腕が同じように拳を作っていると言うことで。
客観的に見ると、自分の腕から違う腕が生えているというのは何かすごく気持ち悪い光景なのだが、そんなことよりも。
ジーと自分が出した右手を見て、その状況が一瞬理解出来ずに固まる。そして、はじかれたように顔を上げた。
「……ロビン!」
「ロビンちゃん、なんでこんな奴の味方を!?」
サンジの叫びがゾロの声に被る。
「うふふ」
ロビンは、頬杖をついて嬉しそうに、先程から一度も笑顔を崩さない。やるわね、とナミが呟いた。
「いいなーいいなー」
「生ハムー生ハムー」
「まさかそんな手があったとは……」
「ちょっとてめぇらいい加減黙れ」悔しがってばんばん甲板を叩くルフィに一喝してから、ゾロがロビンに向き直る。
「なんか企んでるとおもったら」
「船医さん」
ゾロが言いかけた横を、するりと抜けて、ロビンは自分の持っていた生ハムメロンをチョッパーの前に差し出した。
「ズルして勝っちゃったから、私の分、あげるわ。ごめんなさいね」
「いいのか??」
皿を受け取って、嬉しそうに言うチョッパーに、いいのよと微笑む。
あの笑顔はくせ者だ、と、嬉しさに生ハムメロンを見つめるチョッパー以外の船員は(ルフィでさえ何となく寒いモノを感じて)今後気をつけようと肝に銘じた。
第二回生ハムメロン争奪戦が繰り広げられている甲板の、やはり少し端っこで、ゾロは興味がなさそうに、ロビンは面白そうにそれを観察していた。
2人の間には、どちらにも手を付けられていない生ハムメロンが、ちょこんと所在なさ気に置かれている。
「ねぇ剣士さん」
「……なんだよ」
「お手伝いしてあげたから、一口お礼にちょうだい?」
「誰も手伝えなんて頼んでねぇぞ」
「いいじゃない、堅いこと言わずに」
どうやら、あれは彼にとっても不本意な勝ち方だったらしい、ゾロは不機嫌そうにそっぽを向いたが、くすくすくすとロビンの笑い声が聞こえてきて、それが何か遊ばれているようで腹立たしい。
「……勝手に食えよ」
言う、と言うより呻いたに近かった。かなりドスのきいた声だったが、これくらいで怯んでくれればまだ可愛らしいのに、そんな訳はなくて、ロビンは気にせずくすくす笑う。
「それじゃおもしろくないじゃない」
「お前性格変わったな……」
呆れるゾロに、いい傾向でしょとにっこりと笑って――この笑顔にまたゾロは嫌なモノを感じた。この女は、ある意味どんな今まで戦ってきたどんな強敵よりも厄介じゃないだろうか。
「はい。待ってるから」
見た目は優しく(そして実は結構強制的に)ゾロにフォークを握らせて、食べさせて?と一言。
にこにこにこにこにこにこにこにこ。
ゾロは可哀想に、停止しかけた思考回路の中、まるで海王類かなにかに食べられる錯覚を起こした。
女は、怖い。