弟、アルフォンスの顔を最後に見たのは、あの日だった。もう5年とか6年とか前になる。
恐怖に顔をひきつらせて、手を伸ばしていた弟。あの忌まわしい儀式を行った日の――その直前に朝食を摂りながら交わした会話とか、胸を満たしていた期待とかはすっかり記憶から消えてしまっても、あの日のアルフォンスの最後の表情だけは、今も唐突に鮮烈な止め絵として脳裏にひらめいてエドワードを苦しめる。
その頃弟は、まだ自分より頭一つ分小さくて(と、本人はあくまで言い張るが、えてして思い出は美化されやすく、この点においてエドワードの発言を信じる者はアメストリスにはいなかった)、顔も子供のそれだった。
母親に似て目が大きくて笑った顔が優しくて、それでいて密かに自分より頑固だった。自分と一緒に外を走り回って日焼けして表情豊か、生命力に満ちあふれていた。弟が鎧になって視覚的な成長を失って、エドワードの中のアルフォンス像は彼が10歳の時で止まっていた。
だから初めてアルフォンスハイデリヒを見たときも――エドワードは名前を聞いたとき以上の衝撃を、初対面では受けなかった。15だか16だかの彼は、記憶の中の弟よりずっと背が高かったし、何より右手を出してきた仕草が大人だった。物腰は柔らかで笑顔は柔和、それこそ消えてしまいそうな位色素が薄かった。その中で、鮮やかな青い瞳は、弟と同じ名前よりもエドワードに強烈な印象を残した。
「アルフォンスって俺の弟に似てる…」
エドワードがそう呟いたのも、別に外見的なことを言ったつもりではなかった。
研究の指針を話し合う仲間内の会議で、珍しくアルフォンスとエドワードの袂が分かった(とはエドワード談・アルフォンスは何を大袈裟な、と溜息を吐いて聞き流した)日だった。
普段人当たりの良いアルフォンスが、珍しく語気を荒げた。エドワードはいつも通りの悪態・口の悪さで応戦したが、正直初めて見たアルフォンスの本性(だから大袈裟な、とアルフォンスは苦笑した)に面食らっていた。
青い目がぎらぎらと光っていて、有無を言わせぬ口調だった。
その口調がそっくりだと言いたかっただけなのに。
「……何をいきなり」
議論の腰を折られて、不満そうに眉を寄せるアルフォンスの顔を見て、エドワードは舌に乗せていた悪態が溶けていくのを感じた。いつも控えめに澄んだ瞳が、強い意志を持っていた。
「あ……」
込み上げたのは、アメストリスを思い焦がれる――
「なんでいきなり泣き出すんですか……」
廊下でうずくまるエドワードの横に、ハイデリヒは大きな体を丸めて並んだ。
「いっときますけど、僕謝りませんからね。別に酷いこと言った覚えないし」
「……別に」
言われてねーよと呟いて顔を埋める。アルフォンスは溜息を吐いて、エドワードと同じ、むすっとした顔で視線を上やった。
横目でその顔を見て、エドワードはまた零れそうになる涙を我慢した。
情けない情けない情けない。あー情けない。自分を卑下して馬鹿にしてなんとか涙を引っ込めて、唇を噛む。
自分で言って自分で気が付いて、強烈に今自覚した。言霊だ。今まで似てるなんて思いもしなかったのに、瞳の色が強烈で気付かなかった、そうだ、そっくりじゃないか。喧嘩口調とか、やたら世話を焼きたがる性格とか、妙な部分の凝り性とか。
昔から自分は自分に一杯一杯で、周りを見る余裕が無い。
「……弟に似てるから好きだとかって口説かれても、嬉しくないよなぁきっと」
「……………はぁ?」
ついでにひどく捻くれている。
――弟に似てるって気付いた途端に生まれる恋愛感情って、なんだ。