何これ、と手にとったのは最新のレコード、黒人ボーカルの歌う曲らしくてロイの最近のお気に入りらしい。
聞くかい?と聞かれて首を振る。
いやいいよ、俺とあんたの趣味って違うから。
俺はそう言ってそのレコードをもとあったところへなおした。
ロイはただ笑っていた。もっと強制すればいいのにな、と思った俺は身勝手だったと思う。
ロイは自分の趣味を押し付けなかった。押し付けるどころか、彼は自らのことをあまり話そうとはしなかった。
聞き上手、というのかもしれない。
俺は長い旅から帰って一晩中あいつの腕枕で話し続けた日のことを忘れないだろう。
とめどなく溢れる言葉は他愛のないものばかりで、俺は一番伝えたい事を伝えられずにいつもそこだけ先を越されてしまって。
年末の、軍部のみんなでの飲み会に俺とアルも呼んでもらって俺はひたすら肉にがっついた。
俺の右隣にアルフォンス、左にはロイ。
前方で繰り広げられるは大人たちの大人気ない馬鹿騒ぎ。酒の肴は上層部の悪口で、イニシャルで交わされる意味深でそれでいて内容は小学生並の会話に隣にいるロイは苦笑してワイングラスを傾ける。
冷静沈着と名高い彼の副官、リザ・ホークアイですら、にっこり笑顔でえげつないことをけろりと言ったり、それに気付かないフリをしたジャン・ハボックが彼女との距離を縮めようとしていたりして。
「鋼のは、飲まないの?」
突然声をかけられて俺は声の主を見やる。ロイと、ロイの手の中で揺れる真っ赤なアルコールとをさらに見比べてから俺は眉間に皺を寄せた。
「いらね、俺未成年だし。」
「たまにはいいじゃないか。一口くらいは経験しておくものだよ?それにこれはかなりいいヤツなんだ。きっと美味しいと思うよ?」
そこまで笑顔で言われれば、飲んでみたいと好奇心が疼くのは自然なことで、俺は、じゃあ一口な、とグラスを受け取った。
舌で掬い上げるようにして飲む。苦味に喉を焼かれて、そんな俺を見たロイが喉の奥で低く笑うのが聞こえる。
「あんだよ?」
俺はグラスを返しながら睨みつける。ロイはそれを受けながら、
「まだまだお口に合わなかったようだね?いや悪かった。」
言って、右手でつくった拳で俺の額をこつんと優しく小突く。
「何今の。」
「謝罪の意だよ。」
「意味わかんねぇ…」
俺は言いながら俯いて肉にがっついた。
ごつごつした手の甲の感触が不思議な熱を帯びて、額にずっと残っていた。
二人で歩いた夜の公園。
暦の上では秋。夏を惜しむ虫たちの音が聞こえる。
俺は空を見上げた。流れていく雲間から時々見える月と星。
吹く風は秋の匂いがした。
俺は後ろを振り返った。相変わらずのろのろと歩くロイは、ぼけぼけとあっちをみたりこっちを見たり。
「もう秋だね。」
とかなんとか言う声が聞こえる。俺はばーか、と言って笑った。
「何がだね。」
「わかんないけど。」
俺は振り返った。後ろ向きのまま歩く。
転ぶよ、といわれたけれど俺は首を振った。
「俺まだまだ若いんで?」
「わ、わたしだってまだ20代だぞ!?」
「はっ、来年はもう三十路じゃん。」
そう、そん時ロイは29歳で、俺は15歳だったんだ。
俺は笑って公園の入り口まで走った。
突然のことにロイが何か言っていたが俺は気にせずに走り続ける。
そうしてたどりついた、公園と歩道の境目で俺はなんだか楽しくなって腹の底から叫んだんだ。
「ロイー!!」
「エド、近所迷惑だよ…」
「愛してるぜー!!!」
「………。」
でかい声で叫んで、俺は一人で満足してロイの家まで走った。
走って走って、ロイの家の前で三角座り。
遅れてきたロイに向かって遅ぇよ、と言って二人で笑って。
明日はもっと好きになれると思ってた。
もっとたくさん、その言葉を伝えられると思っていたのに。
熱を帯びる額。薄暗い部屋で俺は音楽を聞いている。
古びたレコード、黒人女性の横顔を描いたジャケット。
伏せたまつげが悲しげで、真っ赤な口紅から見える歯がやけに白くて。
女々しい彼にお似合いの、未練がましい曲調と歌詞。
やっぱり俺の趣味じゃない。
呟いてそのジャケットの埃を手で払う。音が飛び飛びで流れるレコード。
あの時はあんなに新しい匂いがしたのに。
レコードは最後、狂ったように歌い続けていた。
i love you
i love you
i love you
もっと伝えればよかった。
あの時聞いていればよかった。
彼の愛した曲は、世界で一番やさしい唄だった。