馬鹿な大人への対処法
(ロイエドというよりむしろロイ→エドかもしれない。)



就業時間もとっくに終わった時間まで(決して多忙だったわけではなく日頃の怠惰な職務態度のツケが回って)業務をこなしていたロイマスタングは、まさか誰も残っていないと思っていた閲覧室から光が漏れているのに気付いて立ち止まった。
こんな時間に、ここにいる可能性のあるのは一人しか思い当たらない。
エドワードエルリック。
可愛い可愛い彼の被後見人。
確か彼は昼過ぎ、げんきに相変わらずノックもなしにずかずかと司令室に入ってきて、ここの鍵をもぎ取っていったはずだ。
そういえばまだ鍵を返しに来ていなかったな、と思い当たる。忙しくて忘れていた。
ひょいと鍵の掛かっていないドアを開けて中をのぞくと、予想通りの小さな影が、まさに一心不乱といった様子で小さな明かりを頼りに文字を追っている。
追っていると言うよりは、睨んでいる。
「鋼の?」
閲覧室入り口から、ロイマスタングは中の子供に向かって呼びかけた。
部屋の中は暗くて、エドワードエルリックの表情は見えなかった。彼が声をかけても顔も上げない。本を読むことに集中しているのか、ロイはちらりと銀時計に目をやった。
「鋼の、もう10時だよ?」
君のことだから、夕食はまだ食べていないんだろう?言いながら一歩足を踏み入れた。
ぴくり、とエドの肩が動く。
あれ?と思った。
彼の集中力はよく知っている。一度本を読み始めると、てこでも動かない、どれだけ声をかけてもちょっかいを掛けても気付かない。
だから返事が返ってこない方が寧ろ普通だと思ったが、それなら今の反応は?疑問を感じながら、ロイはてくてくと無造作にエドワードに近づく。
「鋼の?はーがーねーの?目を悪くしてしまうよ?」
軽い口調で、エドワードの頭を撫でようと手を伸ばして。



「……うざい」


振り払われた。




ちゃき。
「ちゅ、中尉中尉、毎回俺命がけで止めてますけどほんと今回もちょっと構えるか空砲で勘弁して頂けると嬉しいかなと!」
「駄目よハボック少尉、空砲じゃ効かなかったわ」
「もう試したんスか……!」
ホークアイとハボックが必死の押し問答をしている直ぐ後ろ、話題の張本人は、ぼぉっと視点定まらず心此処にあらずと言った感じで頬杖をついている。
始業時間から既に2時間経過しているが、ずっとそんな調子で机の上の書類は未決済が9割。
魂の抜けた顔をしていても、大きな声の2人の会話は耳に入ってきて、嗚呼そういえばさっき中尉が怖い顔をして睨んでいたなぁと思い出す。
しかしそれが仕事をしなければならないと言うことに結びつかない。かなりの重傷だと思う。
原因は明白、昨日のエドワードエルリック「うざい」発言だ。
あの時振り払った彼の右腕は、とても堅くて冷たかった。それが温度のある人間の皮膚ではなく、鋼だと言うことを実感した。いつもは冷たくても気にならないのに、なぜか低温火傷をしてしまったかのような感触にロイは払われた右手をさする。

うざい。

そんなことを言う子ではなかった気がする。
12の時から後見人として面倒を見て、確かに彼は国中旅をしているから、長い時間一緒にいたりしたことはなかったけれど、でも、でも。
「鋼のが反抗期になってしまった……」
「ちゅ、ちゅういー!!だめー!発砲は駄目ー!!」
ごてんと机にうつぶすロイマスタングに、今度こそ引き金を引こうとホークアイは照準を定め、ハボックがそれを半泣きになって止めた。
「ほんとに止めて下さい中尉、俺はあなたみたいな優秀な人がこんな駄目大佐のために潰されるなんて嫌なんですよ」

ああ、あんなに可愛かった鋼のはどこに行ってしまったんだイーストシティに戻ってきたら一目散に私の所に走ってきて、無能大佐とか軽口を叩きながら(しかしそれがまた可愛い)私の仕事ぶりをあんなに気にしてくれたあの可愛い鋼のが。

「いいのよハボック少尉。私はこの人を守っていくと決めているの。この駄目人間が更生されるのなら私のクビくらい軽いものよ……!」

小さい小さいとからかってやればあんなに頬を真っ赤に染めて、きぃきぃ短い手足を振り回してばたばた暴れ回って私にじゃれてきて。

「中尉愛が歪みすぎですって、俺は中尉には幸せになって欲しくて……」

鍵や資料の受け渡し一つにしても、絶対に何か私と喋らないと気かすまないのか憎まれ口(確実に照れ隠しだろう)を叩いてくる様子がそれはそれは愛おしかったのに。

「ハボック少尉、嬉しいけれど私の使命はあの人を上まで連れて行くことなの。そのためならこのくらいの犠牲は仕方ないのよ」

やはり難しい年齢なのだろうか、思春期の男のこは複雑だと言うしアレがいくら大人ぶっていてもやはり15歳の少年に変わりはないし、しかし私があれくらいの頃は何で悩んでいただろう、友人関係?いや、恋の悩みでもあるかも知れないし、恋。恋?

「中尉がその犠牲になる必要はないじゃないですか、俺、中尉のこと」
「恋の悩み、か……!」
ぴたり、とハボックが固まった。ホークアイはハボックを通り越して、突然立ち上がったマスタングに、あらと視線を向けお仕事をなさる気になりましたか?と尋ねる。マスタングはああ、と言って満足げに頷くと、先程までのやる気のない表情とは打ってかわって、意気揚々とペンを握った。
「解決なさったんですか、エドワードくんのことは」
「ああ。多分思春期特有の悩みだ」
ハボックは一人固まって置いて行かれたまま。



「なぁ弟よ」
「どうしたの兄さん、眉間の皺が普段の4割り増し」
「俺は、大佐が、嫌いだ……!」
「うん、知ってるよ」
「一番知って欲しい相手がそれを知らない……!」
ロイマスタング29歳。自分が嫌われているとは微塵も思っていない。