1.
「たばこ、くさい」
擦れた言動、見かけ、経歴によらず、その金髪の子供は年の割に潔癖だった。あからさまに嫌そうに眉を歪め、エドワードは言った。意外な恋人の反応に、ロイは思わず背中に一筋の汗が流れるのを感じる。
がさつで生意気と思われがちな彼は、その印象からはとても想像も出来ないような繊細で長い金色の睫毛の陰を瞳に落として、強烈にその煩悩を刺激する上目遣いでロイを見た。
「エドワード、かわ」
「……アンタ、煙草吸ってたっけ」
――ロイの手を嫌そうに押し返し、その生意気の権化とも思える声でエドワードは目の前のトリップし掛けていた恋人を現実に引き戻した。
「え、」
我ながら間抜けな声で、一回りも年齢が下の恋人の顔を凝視する。
「エドワード煙草嫌いだった?」
「うん。においつくし臭いし」
至極真っ当で平均的な答えにロイは些か衝撃を受けた。彼がよく司令部にきてヘビースモーカーの部下とじゃれていた光景がまざまざと脳裏に浮かぶからなおさらだ。エドワードの言葉が心の底から本当のものだとしたら、彼は今までハボックとじゃれているときも心の隅でこの人たばこ臭いとか思って嫌がっていたのだろうか。そんなことおくびにも見せずに。
いや人間関係円満円滑に運ぶためには確かに必要なスキルなのだろうが、裏表もないただただ純粋無垢だと思っていた恋人が、いつの間にかそんな処世術を身に付いていた成長ぶり(エドワードが聞いたら激怒するに違いない。まったく恋は盲目)に、ロイは少し寂しさ半分誇らしさ半分恋人の綺麗なピンク色をした頬に触れようとして。
「だから煙草吸ってるの、アンタ」
冷たい声に敢え無く制止された。
「吸って、た。昔は」
嘘だ。
「じゃあこれ、ハボック少尉の煙草の臭いうつったのかな」
「きっと、喫煙所の近くを通ったから」
思わずしどろもどろになったものの、一度平静を取り戻せばこっちのものだ。汚い大人の強みで、ロイはにっこり微笑んでずれ掛けた軌道を元に戻すことに勤めた。
未だ不満そうな顔をするエドワードを抱き寄せてキスをした。これも汚い大人の処世術だ。話を誤魔化すための。









2.
「頭の中にその人の記憶が流れ込んでくるでしょう、そうしたらそれが私の中で一番鮮明で強烈な記憶になっちゃうの。頭の中の私の部分が消えていって、全部他人の記憶で埋められていくの。ぞっとするわ。知らない人をお母さんだと思うのよ。勿論私は母親の顔なんて知らないのに、まるで昔からそれが当然だったみたいに、知らない女が私の中でお母さんになるの。記憶の中のお母さんは、朝食にトーストを運んできて、風邪を引いた私を看病してるの。ああ、お母さんってやっぱり良いなって思うのよ。でも突然気が付くの、何かがおかしいって。そこでやっと、私にお母さんなんて居ないじゃないって気が付くんだけど、そう思うときには全部駄目、どこまでが本当の自分の記憶で、どこが他人の記憶かわからなくなっちゃうわ。最悪なのは、いつから自分がその勘違いをしていたのか判らない事なの。いつから自分の記憶が自分じゃなかったのかが判らない。それって結局ね、本当の自分はどんななのか、自分で判らないって言うことなの」
「ノーアは、僕の心の中も見えるの?」
「え?」
と言って彼女はスープを口に運ぶ手を止めた。アルフォンスは、サラダをゆっくり咀嚼して飲み込んだ後、にっこり微笑む。
「見えるなら、僕の心の中も見て欲しいなぁって思って。」

ちょうど半年前に書きかけて断念したリヒノア。短すぎてゴミ箱行き。ネタはあるし筋も出来てるけど書く気力が足りない、エドが蚊帳の外だから。そもそもハイエド派なのにどうしてこんなカップリングの話が頭に浮かぶのかが定かでない。リヒノアは読み専。










3.
寝不足で頭痛がして、焦点が定まらない。教室までは何とか辿り着いたものの、座ってしまうともう教授の声は脳にとどまらずに、右から左に流れ出て行った。努力して聞く気もなくて、とりあえず出席したという安心感、寝よう、と呟いて(自分では小さく呟いたつもりだったのだが、隣に座っていた学生が驚いた顔でこちらを見たから、自分で思うよりより大きな声だったかも知れない。寝ぼけて。)
そのまま、周囲の視線を無視して(と言うか、寝ていたから気付かないまま)、教授の話も授業が終わったことも、ベルが鳴って生徒が教室を入れ替わるのも無視して机に突っ伏していると、肩を優しく叩かれた。
「おはよう、エドワードさん。今日、朝から来てました?」
「寝てたー…」
「やっぱり」
苦笑して、アルフォンス・ハイデリヒが言う。この、エドワードが大学に入って二年目にして初めて出来た友人は、女受けの良い柔和な笑みを浮かべて、キャンパスノートを差し出す。
「エドワードさんいないなぁって思って、ノート取っておきましたよ」
「あ、ありがと」
「お礼にご飯一緒に食べにいきましょうよ、今日。」
いいよ、とノートを捲りながら言おうとして、エドワードはふっと顔をハイデリヒに向けた。寝ぼけて半眼で、上目遣いもお世辞にも可愛い物ではなかったが、ハイデリヒは視線を受けて極上の笑みで返す。
「どうしたんですか?」
「なんか今、おかしかった気がする」
「何がですか?奢りますよ」
「うー…?」
眉間に皺を寄せて呻るエドワードに、ハイデリヒは約束ですよ、と念を押す。うー…とあくびをかみ殺しながらの生返事に、ハイデリヒは苦笑して立ち上がる。その気配にエドワードはもう一度顔を上げた。
「アルフォンス、二限教室どこ?」
「A号館です。エドワードさんは?」
「俺空きだから図書館で寝てくる…」
答えながら、A号館ならもう行かないと間にあわねーぞ、と立ち上がる。身体が完全に起きていないのか、机に体重を掛けながら立ち上がる姿は、どう贔屓目に見てもおっさん臭い。
可愛い顔とその所作ののギャップに、相変わらず面白い人だなぁ、とハイデリヒは半ば感心する。そしてそれから色目を使う。
「エドワードさん、授業、一緒に出ましょうよ。大教室の授業ですし」
「いや、……おまえと一緒にいると目立つから良いよ」
「そうですか?」
きょとん、としたハイデリヒが一瞬見せた表情は、本当に弟に瓜二つで、たまにエドワードはどきりとする。自慢の美形の弟(ショップ店員兼モデル)とそっくりなアルフォンス・ハイデリヒ(名前まで同じ)は、最近ちょこちょこテレビに出だした俳優さんで、大学でも勿論それなりに有名人。そんな彼がいつも連れている友人が、ヲタクで(一部に)有名なエドワードだったりするから、周りの注目を集めないわけがなくて。たまにハイデリヒのファンの女子大生から、謂われのない中傷や的はずれな嫉妬を受けて理不尽な思いをしている(ハイデリヒを純粋な友人だと信じて疑わない)エドワードとしては、少しでも火種は消しておきたいところ。
「飯、食いに行くんだろ。俺4限まで空きだし、おまえと飯喰ってるときに眠くなったら悪いから仮眠してくる」
「わかりました、じゃあ、あとで」
にこにこ微笑んでエドワードを見送ったハイデリヒの瞳の表情が、柔和とかとはかけ離れていたことにエドワードは勿論気付いていない。恋愛に関しては周りがもどかしくなるほどまさに鈍物。










4.(もしエドちゃんが女の子でロイさんの実家にお邪魔する日が来たとしたらいち)
「アル、ど、どうしよう、何着よう何着ていったら印象良いんだろ」
「心配しなくても兄さんはそのままで充分可愛いよ。ちゃんと化粧だってしたし髪だって巻いたでしょ?」
「う、そ、そうなんだけどどうしよう、スカート丈短いとか思われないかな」
「全然短くないから。品の良い愛され丈だから大丈夫だって。マスタングさんだってそう思うでしょ?」
「うん、今日のエドワードはとびきり可愛い」
「ほら、だから大丈夫だって」
「で、でも、………やっぱり俺、振り袖とか着た方が良いんじゃないかって…!」
「へぇ、振り袖あるのかい?エドワードの振り袖姿も見てみたいねぇ」
「はぁ!?今更何馬鹿なこと言ってんの、マスタングさんも余計なこと言わないで下さい!だいたい、食事会でしょ!?何時からなんですか!」
「12時」
「今何時?はい、もっかいマスタングさん」
「12時10分」
「……………………」
「遅刻ですね」
「遅刻だね。エドワード、そんな真っ青にならなくても大丈夫だよ、遅れる連絡はいれてるから。彼女が身支度頑張ってるって」
「………………や、やっぱ振り袖…!」

「余計なこと言うから余計混乱しちゃったじゃないですか…!」


まず前提が間違ってる






5.(もしエドちゃんが女の子でロイさんの実家にお邪魔する日が来たとしたら その2)
「ほらもう、振り袖とか訳の分かんないこと言うから髪乱れちゃったじゃない、まき直すから座って」
「でも遅刻…」
「今更何言ってんの、ちゃんとしてない方が恥かくよ。折角僕が丹精込めて巻いてあげたのに…」
「うーうー。なぁロイ、俺可愛い?」
「うん、すごく可愛いよ。このまま顔合わせなんてキャンセルして家に連れ込みたいくらい」
「ろ、い…!(感動)」
「ちょ、何重ね重ねふざけたこと言ってるんですか!僕別にマスタングさんのために兄さん可愛くしてるんじゃないんですよ!」
「……………アルフォンスくん」
「なんですか」
「それは何というか…すごくツンデレな発言だね」
「………はぁ?」
「え!?アルってツンデレだったのか?」
「アルフォンスくんのあまりのツンデレッぷりに思わず惚れてしまいそうだよ」
「………………………(怒)」



ツンデレって、「アンタのために○○してるんじゃないんだからね!」ってちょっと怒りながら言うんでしょ?のあ子が言ってた。