2
「もう、無理…」
ロイの腕の中で、エドワードは呻いた。情事の余韻が濃く残る胎内。目に掛かる金髪を優しく梳きながら、ロイは喉の奥で笑う。ロイの行動はいつも突飛で、破天荒だ。今日も、見たことのある目立つ外車が正門の前に止まっているとエドワードが思ったのもつかの間、誘拐犯もあっぱれな早業で助手席に引っ張り込まれた。
起業が趣味、と言うこの男は、その言葉通り何もかもが胡散臭い。
今でこそ実業家、みたいな偉そうな肩書きを持ってはいるが、つまりはただのフリーターだった。
アンタまともに会社勤めできそうにないもんな、と言ったら失礼だ、と反論された。一介のサラリーマン経験もあるんだぞ、二年くらい。と偉そうに言ったから、なおさらその胡散臭さが増した。
上司に歯向かって辞表を叩き付けただか、口論して飛び出しただか、詰まるところクビじゃねーか、とエドワードが言ったら、さすがに哀しそうな顔をした。元々の童顔が、眉を寄せると余計に酷くなった。真っ黒な瞳は捨てられた子犬みたいで、一回りも年上の男にそんな感想を持ったことが、エドワードはおかしかった。
懇意にしていた教授に連れて行かれたパーティに、ロイはいた。彼はエドワードを賢い少年だね、と言った。エドワードは胡散臭い男だな、と思った。生憎、その第一印象は今も払拭されていない。
弟に連絡を取る以外、鞄のこやしになっている携帯電話が鳴ったのは初めて会ったパーティの三日後だった。
彼にはとても綺麗な妻がいた。鳶色の瞳をした人は、とても理知的で聡明そうで美人だった。
アルフォンスも交えて4人で何度か食事に行った。その日は雨で、大学から待ち合わせをしているレストランに行くのが億劫だと零したら、迎えに行くと連絡があった。リザさんは、と聞いたら、先に行っていると言われた。
「濡れ鼠じゃないか」
「傘持ってなかった」
「天気予報くらい見てから家を出なさい」
シートが濡れる、とさほど嫌そうでもない癖に嫌みを言って、ロイは暖房を強くした。
「……寒いんだけど」
ロイが掛けてくれたジャケットを握りしめていった。車を路肩に止めて、先にレストランで待っているだろう妻に連絡を取ろうとしていたロイは、そこで一瞬固まった。
「きみ、それは、誘ってる?」
「…………は?アンタ、」
頭おかしいんじゃねぇの、と続ける前に唇をふさがれた。
突飛で破天荒で破廉恥。とりあえずその日、エドワードの胸に残ったのは、リザとアルフォンスへの罪悪感だった。
嫌じゃなかったから、困る。
「もう無理?時間的にはあと一回くらい行けるけど」
「無理、だって…!あんたリザさんと飯食いに行くって言ってただろ!」
腕枕をしていた腕をエドワードの下から引き抜いて、ロイが覆い被さろうとするのを足で必死に阻止する。
「……蹴るのは良くないね。両腕で胸板を押し返すとかなら可愛いのに」
「そんなんしても、アンタが喜ぶだけだって判ってるからだろ…!」
そして最近はもっと困っている。罪悪感とか良心の呵責とか、そういうなくしてはいけない胸の痛みが段々麻痺してきている。ロイから連絡が入ると嬉しいし、こうやってベッドでじゃれている時間がとても楽しい。
こうしている間にも弟は、バイトに勤しむ兄(と弟は思っている)のために家で食事を作っているはずで、リザもきっと夫と、そして自分のために仕事をしているはずなのに。
「だって、君といれるのが幸せなんだ」
彼はエドワードにそう甘く言うのと同じ口で、舌で、リザを褒めた。
彼女は良いパートナーなんだよ。エドワードに彼女を紹介した時も、アルフォンスに彼女を紹介した時も彼は言った。
「嘘吐けこの浮気魔…!」
「い、たいいたいいたい!」
ぐいぐいと脇腹につま先をねじ込むと、彼はあっさり音を上げた。
「俺はもう帰るの!アルフォンスにだって連絡してないし…!」
また怒られるじゃねーか!と服をかき集めるエドワードに、ロイは「動きが面白い」と、彼の逆鱗に触れるのには充分な、最後のだめ押しをした。