エドワードエルリックは、真っ白い便箋を前に1人、頭を抱えていた。最年少錬金術師、天才との呼び名が高い彼の頭脳を持ってしても、その書き出しの言葉が浮かんでこない。ああ!と呻いて机に突っ伏した。静かな図書館、周りにいた人間が数人、その声に驚いてそちらを見たが、大部分は平然と顔も上げずに。実は、エドワードがこうやって奇声を上げるのは初めてではなかったりする。実に丸一日――開館と同時に図書館に駆け込んだ彼は「手紙の書き方例文集」「使える!大人のマナー倶楽部」など、彼の職業の錬金術にはおよそ関係ない本を掴んで、一番日当たりの良いテーブルを陣取りそのまま現在に至るまで格闘中。真っ白い便箋は光を反射して目の痛くなるような痛さ、さぁ何か書けと言わんばかりに。


まじで俺何書けばいいんだよ、「お元気ですか?」「そちらはどうですか?」…よく見る書き出しの例文、想像するだけで寒くなる…あああ、俺はなんでこんな真剣に。そもそもこんな事に時間を費やしてる場合じゃなくて、アルフォンスも俺もまだ元に戻っていないのに、資料だって手に入らないのに、こんな。 一つ、書き出しさえ決まれば後は何とかいける気がするのに、それが無理で。言いたいことはいっぱいある、最近あってないし、一応恋人、だし、恋人…ちょっと待て、これラブレターだったんか。自分が持ってきた本、これってもしかしなくてもビジネス用。……いや、でも書き出しは似たようなもんか?使えねえ…。


手紙を開けたときのいけ好かないあいつの顔、どうせ「鋼のはまた…慣れないことをして」とか笑うに違いねぇ。想像できてむかつく。いつも発火布に包んだ軍人とは思えない綺麗な手、口元にやっておかしそうに笑って、随分嬉しそうですねとハボック少尉にからかわれたりして、あの和やかな、とても軍司令部とは思えないような雰囲気の中で幸せそうに。俺の手紙一つで。司令室の一番奥、いつも偉そうに陣取っていて、でもブレダ少尉が教えてくれたことがある――あれは大将用の顔だって。普段はサボり魔で、俺がアポなしで突然行ったりしたら案の定サボってて、中尉に大目玉喰らってるか逃げ出してるか。今更そんな格好つけなくたって良いのに。口に出したりしないけど、服脱いだときの意外と厚い胸板、俺の唇を撫でる指、首筋に息が掛かって埋まった髪の毛を抱きしめると汗に混じった香水の匂い、俺の身体をなぞっていく手の感触…忘れられないって。口には出したりしないけどさ?そんなこと野暮だろ。 な?


結局何を書いたらいいか判らなくて、さじを投げたエドワード、最初の一行挨拶は後で考えようか、念のため開けておいて、旅先でまたアルフォンスが猫を拾っただの、どこで喰った飯がうまかっただの今度一緒に食いに行こう、最後の一言は半分本気で半分お愛、100%お愛想でもあいつは喜ぶだろーなぁと、エドワード。呆れているつもりでも口元は笑っていて。


もう半年以上あっていないから、話のネタは山ほどある。書きたいことに手が追いついて行かなくて、横にあったメモ用紙に思いついたことを箇条書きにしながら。真っ白い便箋が、一番上の一行を残してあっという間に文字で埋まって、いつの間にかもう2枚目の途中。でも足りない、もっと、もっと伝えたいことが。 元々集中力が桁違いだから、書き出したらさっきまでの奇声奇行はどこへやら、一心不乱にペンを運ぶ。


あ、スペル間違えた、まいったなーと頭を掻く、そう言えば書き出しは丁寧だった筆記体、気分が乗ってきたのに比例して段々雑に。大丈夫、あいつはいつもこれより汚い報告書読んでたし。読んでたっつーか解読してた。報告書がちゃんと届いたのか確認の電話、電話の向こう、ロイマスタングは苦笑しながら、君、わざわざ研究手帳を暗号化する必要はないんじゃないかい、筆記体で書けば十分だよ。笑いながら言っていた。


「兄さん、何してるの?」
「アル」
エドワードエルリックの集中力を唯一遮断できる大きな存在。。大きな鎧、最初は奇異な目で見られたそれも、今やすっかり有名人。兄さん思いの弟、身体はでかいけれど気の優しい力持ち?
「手紙書いてたんだ」
とんとん、と真新しい便箋を叩く。自分の書いていた便箋はさりげなく手で隠す。いや、何も見られて困るようなことは書いてないけどさ、と心の中で言い訳を。
「へー、珍しいね。誰に?ウィンリィ?ピナコばっちゃん?」
大佐に、なんて言うのが恥ずかしくて、レターパッドに挟まれていた封筒、エドワードが悩んで埒があかないから先に宛名を書いていたから、それをアルフォンスに手渡す。
「……アルフォンス?」
宛名を見たまま動かないアルフォンス、やば、そういや大佐と付き合ってるの言ってなかったけ、ばれたかな。でもまぁいざとなったら報告書の記入漏れがあったとか言ってごまかせば…とエドワードの内心をよそに、アルフォンスはとても冷静に(鎧に冷静も何もあったもんじゃないが)、「Colonel Mustang」の文字をなぞると。

「……兄さん、これじゃ届かないよ。マスタング’少将’、でしょ?」

ああそうだっけ、適当にアル直しといてよ、おまえの方が字綺麗だろ、と言うとエドワードはまたペンを握り直しぐちゃぐちゃと間違えたスペルを黒く塗りつぶして。


最初の一行、挨拶の部分は抜けたまま。






蛇足文・選択式

→え、なんでマスタングが少将になってるの?と言う方に。

→……えー…暗い話…と言う方に。