蜃気楼3


大きなサングラスで目元を隠し、毛皮のコートに身体を包まれて俺は更衣室から出てきた。
「大きい…」
足元まですっぽり覆うそれを、しかしロイエンタールさまは満足そうに見ていた。
「いや、これくらいでいい。あのお方はお前よりも少しだけ大きいからな。」
「………。」
今日はロイエンタールさまとお買い物。でも、それは俺に、ではない。温かい帝国の領土からいらっしゃる銀河帝国皇帝が寒がるといけないからと、ロイエンタールさまが彼のためにご用意してらっしゃるだけ。俺を、マネキンにして見立てているだけ。だって俺は、外見上彼と同一人物なのだから。
「着心地はどうだ?重くはないか?」
優しい言葉を俺にかけながら、毛皮に触れる手。
胸が痛い。すごく。
「大丈夫です。とても暖かいし…動きやすいです。」
ほら、と両手をあげて見せると彼は笑ってくださった。俺は、嬉しかった。
俺の相手をしてもらえることが、嬉しかった。

真っ白いトレンチコートで大きなリムジンに乗り込む。雪が、そらからちらついて俺は窓にはりついてその結晶を見ようと目を凝らした。
後ろからロイエンタールさまが手をお伸ばしになられて、俺の髪を指先で弄んでいらっしゃる。俺は窓に反射した彼の姿を見つめた。
金色の髪をいとおしげに愛でる彼の姿が見える。
「カイザー…」
口の中で呟かれた言葉に俺ははっとする。
彼は最近、俺のことを俺の名前以外で呼ぶことが増えてしまった。仕事で疲れて帰ってきた夜に、俺を夢中で掻き抱きながら何度も何度も精神病患者のような目で呟く名前。
熱く求めるように、すがりつくように、そしてどこまでもどこまでも寂しそうに呟くその名前。それは何かの音楽に出てくる旋律にも似た、甘い響きを持つ名前。
「マインカイザー…」
「違います。」
俺は小さい声で言った。違います違います。俺は、俺は違います。
ロイエンタールさまははっとして、俺としたことが少し疲れていたのか、と言って謝ってくださった。
「すまぬことを…ハルト。」
後ろから抱き締められる。俺はかぶりをふった。
俺が欲しかったのは謝罪でもなんでもなくて。でもそれを俺は言葉で言い表せずにただ黙り込むことしか出来なかった。
車が、真夜中の郊外で止められた。
雪のちらつく寒空の、人気のない公園で俺は買ってもらった真っ赤な手袋して雪で遊んだ。久しぶりに雪の上に寝転んで、ロイエンタールさまを驚かせてしまった。
「あ…」
せっかくの高級なコートを濡らして俺がしょげていると、彼は俺の頭を撫でてかまわない、とだけおっしゃった。俺は喜んで一人で雪だるまをつくって、でも途中で飽きて頭の部分になる予定だったところをロイエンタールさまに投げつけた。
「ハルト…」
「雪まみれ!!」
指をさして、頭から白を被ったロイエンタールさまを見て笑って、彼が嘆息しながら俺を抱きすくめてそのまま雪の上に押し倒される。
「ぁっ」
背中と後頭部に衝撃と寒さ。月光を背にしたロイエンタールさまのお顔のなんと妖艶なことか。
「ロイエンタールさま…」
彼は何も言わずに俺の唇に唇を重ねられた。唇を伝って流れてくる彼の唾液が温かくて、俺は喉を震わせて飲み干した。唇が離れた瞬間唾液が糸を引いて、それが月に照らされていやらしい。
「ハルト、帰るぞ。風邪をひいてしまう。」
「やらないんですか?」
俺は彼のトレンチコートの襟を両手でひっぱった。
「やるとは……こんな場所でか?寒いだろう?」
「でも……やりたい目をしてらっしゃいますよ。」
言って笑うと、彼は苦笑いを浮かべられた。そう、思うのか?と聞かれて俺は頷く。
「しかしお前が風邪をひいてしまうかもしれない。」
「俺の身体なんてどうでもいいんです。」
俺は言って強引に彼の襟を引っ張った。近付いた唇に、貪るように吸いつく。そっと舌をさしこむ、精一杯の愛撫をする。
口を離して息を漏らして目の前の彼を見ると、ロイエンタールさまは双眸を細められた。
「下手くそだな。」
「教えてください。」
「くっくっ……生意気になったものだな。」
ロイエンタールさまの長い長いキスを受けながら、俺は彼の後ろにある丸い月をぼんやりと眺めていた。

翌日、二人とも派手に風邪をひいた。