今日は朝練がないからと、いつもより少し遅い時間に起き出してきたアルフォンスは、朝食も早々に何やら熱心にペンをふるって書き物を始めた。
アルフォンスの入れたミルクココアの匂いにつられて、よろよろと起き出してきたエドワードは、珍しいアルフォンスの姿に、ぱちくりと重かった瞼を見開いた。
天才の兄にこの弟といった感じで、アルフォンスが自宅で課題以外の勉強をする事は滅多にない。勉強なんて授業時間分やれば充分でしょ、と寝食忘れて部活に打ち込む青春真っ盛り、その言葉通り、普段勉強なんてしない癖に容姿端麗成績優秀。
「何、ノートでも写してんの?」
エドワードが覗き込もうとするのを、アルフォンスが身体でノートを覆い隠した。
「ちょ、やめてよ兄さんのエッチ!」
「えっちてなんだ、えっちって!」
疚しいところもないのにエドワードが赤面して、アルフォンスから離れる。あの年頃だし、色々見られたくないものもあるんだろうなぁ、と思考は既に思春期の子供を持つパパ状態のエドワード。仕方なしに洗面台に向かう。
顔を洗って、髪を簡単に束ねて台所に戻ってきた頃には、アルフォンスはノートを閉じて、ネクタイを結んでいた。
「あれ、もう学校?」
「うん、兄さんもちゃんと大学行かなきゃ駄目だよ。」
「はいはい」
今日は必修ないんだよ、と心の中で呟いて(口に出したら、きっとアルフォンスがうるさいから)玄関まで見送りに出た。ドアを開けると、刺すような冷たい空気が流れ込んでくる。おもわずエドワードは、寝間着用の薄いジャージの上から、両腕をさすった。
「うっわ、寒いなー…」
「兄さんは一日コタツでぬくぬくしてるんだろうけど、僕これから自転車こいでいくからね」
「うっ……」
完全に墓穴、外気より鋭く刺さるアルフォンスの声にエドワードは視線をそらして、ふと部屋の中を見ると、台所のテーブルの上に、アルフォンスの財布がぽつんと残っていた。あ、とエドワードが声を上げて、アルフォンスもそれにつられて財布に視線をやる。アルフォンスが何か言う前に、エドワードはそれを取りに靴を脱いだ。
「まったくもー忘れもんすんなよー」
と言いながら、財布を掴むと、その下に先程までアルフォンスが広げていたノートが残っていた。あれ、とエドワードは、表紙に生物と綺麗な字で書かれたノートを取り上げる。好奇心がないと言えば嘘になる。さっき弟が自分に隠してまで何か書いていたノートを、「これはいらねぇの?」と言いながら何の気なしにぺらぺらっと捲った。
その手が止まる。
「………アル」
「どしたの兄さん」
「………これはなんだ」
丁寧に取られたそのノートは、几帳面にも板書には書かないような先生のコメントも随所にメモしてあって、最後の数ページを覗いてとても模範的なものだった。
○月×日
今日の兄さんはとても積極的でした。普段は怠惰でジャージで色気の欠片もない兄さんが、あそこまで僕の事を思っていてくれるなんて…僕も兄さんが大好きだよ!今日は忘れられない日になると思います。
○月△日
今日の兄さんもとても積極的でした。二日連続なんて…僕困っちゃうよ。兄さんが好きだから頑張っちゃうけど☆
○月○日
兄さん可愛い。
○月□日
今日も兄さんは可愛かったです。あ、遅刻
……最後の方は明らかに殴り書き、申し訳程度に日付は入っている物の、一目見てすべて今さっき書いたものだと解る生乾きのインク。
「なんか一生懸命書いてると思ったら…!」
「あ、すごいでしょそれ。昨日ベッドの中で思いついたんだけど、さりげなく思いを伝える方法」
「これのどこに、さりげなさなんて遠慮がちなもんがあるんだ!さては、ノートと一緒に財布置いてたのも計算尽くか…!」
「兄さんなら絶対中身見ると思って」
にこやかにノートと財布を受け取るアルフォンス。エドワードとしてはそんなノート今すぐにでも破り捨ててやりたいが、さすがにそこまでは到らなかった。そのふざけた日記(?)以外は、真面目な授業態度の結晶だったから。
役目を終えた財布とノートを、鞄の中へしまい込むと、アルフォンスは満面の笑みを浮かべる。
「で、兄さんは可愛い弟の心の内を知って、どう対応してくれるの?キス?行ってらっしゃいのキス?」
「可愛くねぇ…!」
ん、と顔を突き出して、ここに来いと言わんばかりに頬を指さすアルフォンスに、エドワードは呻く。
「兄さん、早くしてくれないと僕遅刻しちゃうんだけど」
「………………」
困ったようにアルフォンスが眉を下げた。ちっと舌打ちして、エドワードは頭を掻く。
結局、この弟に自分は勝てないのだ。何たってこんな可愛いのだから!