後編


いつものように食事をして、ロイが片づけをしようかというのをやんわり断って。ご ちそうさまのキス、ごめんすることがあるから、ロイ先に寝てて?片付けもしとく し、とエドワードが言うと、ロイは渋ったが、最後には納得してベッドへ。 ロイが眠ったのを確認してから、エドワードは部屋の奥に。本のほとんど入っていない本棚、エドワードは難なくそれを横にずらすと、隠されたに埋め込まれた扉。その向こう、かすかに漏れる光――
「アルフォンス、おはよう、気分はどう?」
部屋に一歩踏み入れて、エドワードは優しく話しかける。ベッドに横たわった少年は、視点のあわない真っ青な魔晄の瞳を薄く開いて浅い呼吸、エドワードが髪を撫でると少しだけ、その瞳の色が揺らいだ。
ぁぁ、とアルフォンスの口から息が漏れる。
愛しい自分の半身、最愛の、弟。エドワードはその反応に満足して、目を細める。酷いときは、頬を撫でても反応がないのに。
そうか今日は機嫌が良いんだな、にーちゃんと喋ろうな、口の中で呟いてまた髪を撫でる。エドワードと同じ色の髪、毎日丁寧にエドワードが梳いているお陰でほつれもない、金の糸。
ロイが出かけている間、寝た後、気付かれないように会いに来た。最近はセックスをしてしまうため、お休みが言えなかったのが、どうしても気になっていて。ごめんな、と呟いた。

「エディ、寝不足?」
「う、ううん?」
朝ご飯、向かい合って食べるのもすっかり習慣化した。このある日いきなり転がり込んできたこの男は、いまだ出て行く気配も見せず、立場もいつの間にか居候から所謂恋人という関係に。優しく笑って、あまり根を詰めてはいけないよ、と。いくら患者
が来なくても、エドワードは生来研究好き勉強好きだったから、たまに本を読んで寝食を忘れてしまうことがある。ロイと生活しだして、最近少し減っていたけれど。
「無理は良くないよ?わかってる?」
「わかってますよー…」
「その顔は判ってないだろう。」
「あー…やだやだ年寄りのお説教は」
「君ね」
私は心配して居るんだよ、とロイが言う。食べる手を止めて、黒い目でまっすぐとエドワードを見る。その目に勝てないのは判ってるから、エドワードが素直にごめんありがとうと言うと、満足したのかコーヒーを口に運んだ。
「今日は私が買い物に行くから、君は昼寝でもしてなさい。良いね?」
「うー…」
何もしないというのは性に合わなくて、家にいたらつい本を読んでしまう。しかもこの前、偶然大量に古書が手に入ったから、なおさら。
「無理をして起きていたら、本を隠すからね?」
「そ、れは嫌…!!」
がばっと立ち上がって、必死に抗議するエドワードの頭を撫でて、それならおとなしく寝ていなさいね、とロイは笑った。

インク切れに気付いたのは、ロイが出て行って少ししてから。基本的に貧乏暮らし、たまにロイの散財生活では日用品ですら予備がない状態で。使っているのも大昔に買った万年筆、いやまさかインクくらいあるだろうと、棚を探してみるが生憎見あたらない。
さて、ロイに連絡していいものか。
インクがないから買ってきてと言えば、言いつけを破って仕事をしていたのがばれてしまうし。……別にばれても構わないのに、変なところに律儀だなぁという自覚は、エドワード自身にもある。
仕方なく買いに出ることにした。ロイはきっと色んな店を回って、色んな人と喋ってまた何か貰ってから帰ってくるだろうから、インクを買いに行くくらいなら大丈夫だろうと判断して。
盗まれるようなモノもないけれど、一応施錠して外に出る。プレートのせいで、スラムはいつも薄暗い。幸い雑貨店にいく抜け道を知っていたから、ジャンクの山を抜けて走る。

「………で……から」

え?と。まさか聞こえるはずのない声を聞いて、エドワードは立ち止まった。
スラムの裏路地、ロイが行っているはずの繁華街とは正反対の。
まさかまた絡まれてるんじゃないだろうかと、どきどきしながら路地を戻って。

そこにいたのは、ロイと、それから見たことのない女性だった。最初に浮かんだのは浮気の2文字、あの男、人を散々好きと抜かしやがったくせに、と。浮気現場を目撃するなんて、それこそドラマの中の話だと思っていたのに。何を話して居るんだろう、と思って気配を殺して耳を澄まして。エドワードは固まった。

「……ですから、早くサンプルの存在を確認されませんと。」
「わかってはいるんだが…」
「……いつまでも有給を取っては居られませんよ?上も、いらだっているようですから」
「ああ」

嫌なくらい鼻がきいた。むしろどうして今までそれに気が付かなかったのだろうと。
サンプル、嫌な言葉。あの女の発する硝煙臭さ。

エドワードは走った。



「……見つかって、しまったかな」
「良い機会です大佐。早く、ご決断を」
たぐいまれに見る有能な副官は、何の感情も籠もらない声でそう言った。ロイは、ただ呆然とするしかなかった。



エドワードは走った。出るときに施錠したはずなのに、鍵も取り出さずどうやって中に入ったかは覚えていない。乱暴にドアを開けて、あの本棚、隠し扉。あけはなった先に、横たわる弟。
「アル!アルフォンス!逃げよう、逃げないと」
エドワードが必死に揺さぶるが、アルフォンスは目線を少し動かしただけで何も言わない。
言えない。
「やつらが、くる。逃げないと駄目なんだ…!」
機械鎧の力の調節も忘れて、かくんかくんとアルフォンスが揺さぶられる。助けないと、逃げないと。なぁアルフォンス、お願いだから!

「………彼が、アルフォンスエルリック?」
弟に気を取られて失念していた。隠し扉の所に、いつの間にかロイが立っていて、エドワードは迂闊さを呪った。かみしめた唇から鉄の味がした。ロイはじっとアルフォンスを見て、それから。
「…神羅の、研究で」
低い低い、声。エドワードがここ何週間か一緒にいた中で一番低い。
「重度の魔晄中毒者が凶暴化するという結果が出た」
「嘘だ!」
叫ぶ。アルフォンスを抱きしめる。エドワードに出来ることはそれくらいしかなくて、
「逃げ出したサンプルはそう多くはないから勿論断言は出来ないけれど。…しかし、公式記録ではアルフォンスエルリックは死亡したと。」
「殺され掛けたんだ、魔晄に対する過剰反応が出てたのに!無理に魔晄を照射しやがって!」
「…君たち兄弟はとても不幸だと思う。しかしとにかく、生存を確認した以上は」
処分しなければ。呟いて、銃口をアルフォンスに向ける。
「離れなさい、エドワード。君は右腕と左足が腐り落ちただけだろう?魔晄の影響もわずかだ。今回の処分の対象には、ならない。」
「……あんたらは最低だ」
低く威嚇するように呻る。
「邪魔をするようなら、君も始末しなければならない。3秒以内に、離れなさい」
「最初からまとめて始末する気だっただろうが…!」
唇から血が滲んで。力任せにエドワードが抱きしめたアルフォンスの腕も、ちょうど
エドワードの指の形に鬱血して。
ロイは何も答えなかった。ただ、目をつむって頭の中で三つ数えた。
次に目を開けたとき、せめてこの金髪の少年が逃げてくれていればと思ったが、望み
は薄いことを知っていた。



…3
2、