「……今夜僕の部屋にきてください」

約束への無頓着さから、エドワードが食事の時間に遅れること10回目、ついにアルフォンスはそう「宣告」した。責められているはずの張本人は、ん?と肉にかぶりついている手を一瞬止めて、悪怯れもなくアルフォンスをみた。最初の頃は約束を破ったことにそれなりの罪悪感を持っていたようだが、今ではすっかり遅刻魔。最初の頃は可愛かった、広い城の中で迷ったとかで、一分の遅刻でも申し訳なさそうに部屋も入ってきていたのに、それが今では、ああ、ごめんごめんとか言いながら当たり前のように食卓に着くのを見るに、なんだってこんな、約束を破られた方(しかも自分は彼のスポンサーなのに)が下手に出ているんだろうとアルフォンスはつくづく思う。
「アルフォンスの部屋?なんで?」
「なんでも。エドワードさん、何か大事なこと忘れてませんか?」
「……大事なこと?」
その「大事なこと」には、一緒に食事を取るという研究支援の条件とか、そもそも僕がスポンサーだってちゃんと認識してますかとか、また煤だらけの手洗ってきてないでしょうとか、一言では言い表せないくらいアルフォンスの複雑な感情が織り交ぜられていたのだが、その言葉を理解するために、エドワードは錬金術の研究に使う脳細胞の十万分の一も動員させなかった。
そして、アルフォンスの意図する事とはまったく見当違いの結論を導き出した。
「あ、もしかしてアルフォンス実は錬金術に興味があったとか」
「………は?」
「そう、そうだよなー、研究支援してくれてるくらいだもんな!錬金術の話が聞きたいんだろ、でもきっとおまえのことだから俺の研究邪魔しちゃ悪いとか思って言えなかったんだな、判ってるようん!部屋で講義しろって言うんだろ、任せろよ俺、そう言うの得意なんだ!」
「なにが」
得意だって言うんですかまず人の話を聞いてください、と言う暇もなく食事を食べ終わったらしいエドワードは、じゃあ夜部屋行くから!とアルフォンスに言い残して走り去った。
……とりあえず勝手に不必要な邪推をするより、こちらの出した言葉通りの条件を満たして欲しいと、アルフォンスはワインを飲みながら半ば呆れつつ、やっぱりあれくらいマイペースで変人じゃないと、あの塔に籠もって錬金術なんて研究できないんだと半ば感心した。


そしてエドワードは本気で錬金術の講義にやってきた。
彼が抱えて持ってきたのは、すでに紙が黄色く変色した年季の入った分厚い研究書と比較的新しいノートだった。研究書は分厚い上に大判で、とても普段持ち歩くのに適した物ではなかったが、アルフォンスが興味を持ったなら!とエドワードはそれを隣の棟から嬉々として運んできた。だいぶ手は痺れたが。その小さい身体に大きな研究書を脇に抱えて、アルフォンスの部屋を開けた。
「アルフォンスー!」
講義教室に入ってくる教授宜しく、意気揚々とドアを開けたエドワードは、自分の思い描いていた「講義教室」と現実とのギャップにとりあえず固まった。
「エドワードさん、遅かったですね」
にっこりと、シャワーを浴びてバスローブ姿のアルフォンスが微笑んだ。エドワードの持っている研究書を見て、重そうですね、手伝いましょうか?と言いながら近づいてくる。色素の薄い金色の髪の表面が、湿気を含んで滑らかにランプの光を反射して、髪と同じ色をした長い睫毛は、碧眼に憂いを落としている。
あ、とエドワードは貴重な研究書を取り落としそうになって何とか持ち直した。

錬金術の「講義教室」にしては、アルフォンスは淫靡すぎた。

「え…と、寝る準備してるんだったらごめん、俺帰るから!」
腕に抱えた研究書の重さも忘れて、脱兎の如く逃げだそうとしたエドワードの行く手を、アルフォンスは後ろから手を伸ばしてドアの鍵を閉めることであっさり防いだ。
「だーめ、逃がしませんよ?」
ドアノブに掛けていたエドワードの手に自分の手を重ねる。ひ、とエドワードの肩が震えて、小さく呻いたのが判った。
否が応にくしゃみを誘発する古い紙の匂いのする研究書を、さりげなくエドワードの腕から引き抜いて手近な台に乗せ遠ざける。
「あ、る、錬金術の話するって…言ってたのに」
「そんなこと僕、一言も言ってませんよ?」
振り返ったエドワードは、明らかに怯えていた。語尾に行くほど自信なさげに、声が消えていく。アルフォンスはにっこり微笑んで腰に手を回した。アルフォンスの腕が密着して、エドワードの瞳が揺れたが、それを気にしている余裕はないらしかった。アルフォンスが逃げようとするエドワードの頭を抑えて、顔を寄せる。
「だってエドワードさん、一緒に食事して欲しいって言ってるのに、いっつも遅れてくるし」
「ぅ……」
「手は洗ってきてくれないし」
「そ、」
「挙げ句の果てに、自分だけ食べたらさっさと研究に戻っちゃうし」
「ごっ…めん…!違うんだそれは、だって支援して貰ってる以上は、ちゃんとけんきゅうしなきゃって…!」
し、とアルフォンスは、指でエドワードの唇を軽く押さえて言葉を止めた。
「僕は、エドワードさんの研究とか、錬金術師には興味がないんです」
興味がない、の言葉にエドワードは悲しそうな顔をしたが、アルフォンスは気付かないふりをした。
「僕は貴方に興味があるんです」
なんかこの言い方、我ながらすごく厭らしいなあと思いながら、アルフォンスはエドワードにキスをした。