デートの主導権というのはどちらかに偏っているものだ。
ロイ・マスタングはそう思いながら待ち合わせの場所まで車を飛ばしていた。大学に入ってからあまり構ってくれくなった彼の可愛い恋人がちょっと一日付き合えと電話してきたのは昨日の真夜中。待ち合わせ場所と時間だけを言ってさっさと切れてしまったケータイに呆気にとられながらも、デートの誘いには違いがないのでとりあえず喜んではおいたのだが。
デートのコースを用意するのはロイ。それはいつものことだったから、ロイもそれを嫌がらなかったしむしろ嬉しそうに本日の予定を頭に思い描きながら、いつにもなく混雑した駅前に車を横付けた。車を降りて少し歩く。待ち合わせ場所である大きな書店の前にいたエドワードは、今年ロイが買ってあげた福袋に入っていた紅色のジャケットを着ていた。そのジャケットはよっぽどお気に入りらしく、この前に正月に会ったときもそれを着ていたなとロイは思い出した。今日はその下にフード付きのパーカーを着ている。赤という色とフードはエドワードの普遍のお気に入りアイテムでそのことはもちろんロイも知っていたが、それを合わせて着るなどという流行をエドワードが知るはずがないからこれは多分弟が選んで着せたのだろう。彼の弟、アルフォンス・エルリックは兄とは違ってお洒落に関してはかなりハイレベルらしい。(と、ロイに向かってエドワードがこぼしたことがある。)
エドワードは、本を読んでいた。俯いて、垂れてきた前髪をはらってはページをめくる。これだけの人ごみの中よく本なんか読めるなと感心しつつ、ロイ・マスタングは彼の正面まで来ると、その顔を覗き込んだ。
「少し待たせたみたいだね。」
「いや俺も今来たとこだから。」
そんなことを言うはずもないエドワードは待ったよと一言だけ。ロイはごめんねと謝るとその金色の髪を手にとった。長い前髪をはらってやると、大きな金色の瞳がよく見えた。その瞳に不満の表情はなかったから、待ったといっても五分程度なのだろう。少し安心して、ロイは微笑んだ。
「じゃあ行こうか。」
そう言って、当然のように歩きだしたロイの背中にエドワードは不審げに声をかけた。
「行くってどこに?」
「どこって……」
「今日は俺に付き合ってくれるんじゃなかったの?」
「いや付き合うけど……まさか行き先があるのかい?」
「あるよ。」
正直そんな回答を得られると思っていなかったロイは一瞬言葉を失って、それからもう一度、同じ質問を繰り返した。
「行き先が、あるんだね?」
「おまえ壊れたCDか。」
「いやあの……君が行きたいっていう場所があるんならそれでいいんだけど……。」
ロイは言ってから口元を緩めた。そういえばもう何年も付き合っているが、目の前にいる小さい恋人がデートの行き先を決めてくれるなんてことは未だかつて無かった事態だ。相手を喜ばせることが好きなロイは奉仕型だが、もちろん喜ばせてもらうことが嫌いなわけではない。こういうことに関しては色気の無いエドワードだが、さて一体どこへ連れて行ってもらえるのだろうと期待して聞いてみる。
「それで、今日はどこへ連れてってくれるんだい?」
「市立科学館。」
無愛想な声は、三十路の恋人の期待を見事撃ち落していた。

最近車の免許をとったという愛しの恋人がハンドルを握る隣で、ロイ・マスタングは科学館なんて何十年ぶりだろうかとまるで他人事のように思いながら流れ行く窓の外の景色を見ていた。

科学館に着くと、エドワードは窓口で大人二枚、の一言を発してロイに場所を譲った。ロイは入場料を払いながら小さい子どものはしゃぐ背中を見ていた。そういえば今日は日曜日、後ろを歩く大人を見ながら親子で来ているんだろうなと考える。
チケットを買って中に入ると、エドワードははしゃぐでもなくしかしほとんどのアトラクション(?)をこなしながら進んだ。ロイは、エドワードの歩く速度が遅いことに最初驚いて、これは彼なりに楽しんでいるんだろうと気づくと嬉しくなった。
「何笑ってんだよ。」
宇宙レースのシュミレーション体験を終えたエドワードが、後ろに立っていたロイをいぶかしげに見て言う。無意識のうちに口元が緩んでいたらしいと気づいて、彼は口元を手の甲で隠しながら、なんでもないよと取り繕う。
「せっかくだから私もやってみようかな…」
そう言って、エドワードと席を代わる。時代が、エドワードとは違うから彼はこんなゲームで童心に返ることはないけれどやってみれば案外楽しいものだなと、夢中になってハンドルを切る。年上の恋人の真剣な表情を見ていたエドワードは、やり終えて席をたつロイをじっと見ていた。見つめられることに慣れた嫌な大人は、優しそうに微笑み返す。
「やってみると面白いものだね。」
「下手くそ。」
「ん?」
「あんた下手くそだっつってんの。」
ばーか、と最後に付け足したエドワードは笑っていた。科学館に入ってからはじめての笑顔だった。

科学館を出ると、沈みかけた夕日に照らされて街は茜色に染まっていた。
エドワードは両手に息を吹きかける。楽しかった?などとは聞かないで、後ろを歩いていたロイの手を、その小さい掌で握りしめる。冷たい手だね、とロイが握り返して微笑んだ。
「これからどうするの?」
「ん、あんたに任せるよ。」
科学館に行くという本日の目的を果たしたエドワードは、もう十分満足したと言いたげに深く息をついた。
「じゃあ、食事にでも行こうか。今日は家には?」
「泊まってくるってゆった。」
「そう。」
「にやにやしてんじゃねーよ。」
エドワードは言いながらロイに体当たり。よろけるロイの口元は確かににやけていて、隠す気もないらしい。それでも白々しい態度で、
「え、してるかい?」
「してる。きもいくらいしてる。」
エドワードは吐き捨てるが、それでも握った手は放さない。
日曜日のせいか人通りは少なくない道、赤い提灯の明かりを見たエドワードが、「あ。」と声をあげた。のれんにはたいやき、の文字。
「なぁ、ロイ、俺たいやき食いたい。」
「たいやき?」
「たいやき。」
エドワードは頷いて、握り締めていた手をあっさり放すと屋台ののれんを上げて、たいやき二つ、と注文する。ロイは苦笑してサイフを出した。
彼が支払っている隣であつあつのたいやきを受け取ったエドワードはためらうこともなく頭からかじりつく。おいしい?と屋台を出てからロイが聞くと、エドワードはあんこを唇につけたまま頷いた。その満足げな笑顔に心底弱いロイは、この顔が見れるなら毎日でもたいやき買うであろう自分の愚かさが妙に愛しくて、エドワードに言ってみた。エドワードは笑っていた口元をへの字に歪めて、
「それってナルシストってことじゃねぇの。」
「そうだよ、知らなかった?」
「ばかかてめぇ。」
苦笑して、たいやきをかじりながらエドワードはロイの背中を叩く。手加減のない恋人のツッコミに本気で前のめりになりながら、ロイはやっぱり口元が緩んで仕方がなかった。