ひどく自虐的だと思う。
自分のことだ。俺は、積極的にその事実を認めたくはないけれど、事実から目をそらそうとも思わない。
俺は、自虐的だ。
恋人との久しぶりの再会。
俺は基本的に誰かに甘えたりべったりするのが好きではないから(アルフォンスはのぞく。アルは別。)その再会シーンは実に淡白なものだ。
司令部のドアをたたき、失礼しますと一言言ってドアをあける。
目の前に広がる、数ヶ月前にみたときから変化のない部屋。
たいてい最初に声をあげるのはハボック少尉かホークアイ中尉で。
でもほんとは一番に俺の来訪に気づいているのは大佐だ。だって、いつも司令部の門をくぐって見上げたその先で、窓の中から俺を眺めている大佐と目が合うから。
部屋にはホークアイ中尉と大佐しかいなかった。だから部屋はとても静かだった。
「あら、エドワードくん、お久しぶりね。」
中尉は大佐の机の隣で書類を数えていたようだ。長くて細い指、爪はまるくきれいに切りそろえられていた。
彼女はかわいい大人の女性だと思う。
俺は彼女のことは何も知らないに等しいけれど、とても仕事が出来ることはよくわかる。
あと、時々ものすごく女性らしい仕草をすることも知ってる。
書類を数えていた手をとめて、俺を見つけてにっこり笑う。手は、落ちてくる金色の髪をさりげなく払う。
その、化粧っ気のない口元と指先がかわいらしい。
俺は笑い返した。
「久しぶり中尉。元気?」
「ええ、元気よ、ありがとう。」
彼女は気遣ってくれたのか書類を整理すると「それじゃあ、ゆっくりしていってね」という一言を残して部屋を出て行った。
ほかには誰もいない執務室。
大佐はかりかりと何か書類を書いていた。
「久しぶりだな、鋼の。」
「久しぶり。」
顔をあげない大佐の、書きかけの書類の上にわざとかさねて俺は束ねた報告書をおいた。
「サイン、よろしく。」
「……君は…」
大佐が眉を寄せて顔を上げる。その黒い両眼に映る俺。が、それ以上何か言われる前に俺はくるりとそっぽを向いた。
そして、目新しいものを発見する。
それは本棚に、スペースをあけてぽつんと置かれていた。
茶色い、板。
「何これ……チェス板…?」
「ああ、それは……」
やわらかい木の感触が手になじむ。裏返してみれば、そこには名前が彫られていた。
「ホークアイ…??」
「こちらに異動が決まった際にね、いただいたのだよ、将軍閣下に。」
「ああ、中尉の祖父?えらい人なんだよな?」
「将軍だからね。」
大佐の言葉はそっけない。見ればこちらへはちらりと視線を送っただけで(それも俺ではなくてチェス板を見ただけ)、すぐに俺の報告書に目を通し始めた。
俺は、そのチェス板を広げる。綺麗に色づけされた黒と白のコマが、中に固定されている。
「なー大佐。」
「なんだね?」
「チェスしようぜ。」
「……。」
ふいと、大佐が顔をあげて俺を見た。その顔はなんとも曖昧で間抜けで、音をつけるなら「ぺらり」とか言いそうな感じがして俺はなんだか不快になった。
「ンだよ、ぺらい顔しやがって。」
「ぺらい?なんだねその形容詞は。それより鋼の、君がチェスをするなんて知らなかった。意外だよ。」
「そりゃ今までする機会もなかったからな。」
俺はチェス板をもう一度閉じた。大佐は俺の読みかけの報告書を置いたまま立ち上がる。
「いいよ。やろうか、チェス。」
「ちょ、おい、それ読んでからでいいって…」
「いや、もういい。だいたいの内容はわかったし、第一君の字の解読は古代文字のそれに匹敵する。ゆえにこれは後に回すよ。」
にっこり笑う大佐に悪かったな悪筆でよ、と悪態を吐く。大佐は、はいはいと軽く流しながら、俺の背中を押して隣の応接間に移動した。
大きな、接客用の机にチェス板を広げて、駒を丁寧に並べる。大佐はコーヒーを淹れてきた。
「というか鋼のは強いのかね?」
「俺?強いよ。」
準備をしながらそう言うと大佐はなぜか吹き出した。
「な、なんだよ、てっめ…馬鹿にしてんのか!?」
「うん、馬鹿にしているよ。」
くっくと笑う大佐をにらんで、俺はふん、とソファに腕を組んで座りなおす。
「言っとくけどな!俺はリゼンブールで一番強いって評判だったんだぞ!大人とかにも余裕で勝って…」
「リゼンブール村は人口はどれくらいだったかな…」
「ーッ!!!田舎だからって馬鹿にすんなよッ!っていうか俺の方が絶対あんたより強いッ!!」
まだ笑い続けている大佐の頭にティースプーンを投げつけてやる。大佐は避けずに、がすん、という音を立ててスプーンがぶつかった。
「う…案外痛いぞ。」
頭をさすりながら、落ちたスプーンを拾い上げる大佐。
「ったりめぇだ、馬鹿。」
「ならばこうしようか、鋼の。」
大佐がにっこり微笑んで続ける。
「君が私に勝てたら君の言うことをなんでも一つだけ聞いてあげよう。」
「大佐が勝ったら俺があんたの言うことを一つ聞く?」
「いや、それはいいよ。」
「なんで?」
コーヒーを飲む。その苦味に俺は顔をしかめた。砂糖を入れ忘れたことを思い出して、机の真ん中に置かれてある小瓶に手を伸ばす。
大佐は何かいれたのだろうか?見れば大佐のコーヒーは少し色が白濁している。
うわーこいつ、牛乳いれやがった。
大佐はにっこり笑って、一度持ち上げたカップをソーサーに置くと、
「私が勝つにきまってる。だからそんな約束は君に申し訳がないよ。」
「ほぉぉぉぉぉ、言いやがったな!?後悔すんなよ雨天中止野郎ッ!」
「しないよ。その代わり、私も加減しないでいくからね。」
大人気ないとか言うのはやめたまえよ?という大佐に望むところだ、と俺は叫んだ。
応接間に、時計の音だけが響いている。否、時計だけではない。俺の呼吸する音、大佐が脚を組みなおす衣擦れの音。カップをソーサーにのせる音もする。
「…………。」
俺は黙り込んでいた。激しく思考する頭の中。何度も、何度もシュミレーションする。
俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
これをここにこうすれば、相手はこうくる。そうなるとアウト。
こちらをこうすれば、こうなる。やっぱりダメ。
うめきたいのを必死でこらえ、俺はちらりと視線を上げて目の前の男を視界の端にいれた。
目の前に座っている、ロイ・マスタング大佐は俺の方も、チェス板すら見ていない。どこかふらりと視線を泳がせながら、左手にソーサー、右手にティーカップを持っている。
「………。」
俺はまたチェス板に目を戻した。
二人でチェスをしだしてどれくらいたったろう。
もうこれで多分三試合目。前二回とも、俺は見事に敗退している。
俺はコマをにらんだ。なんだよお前、なんでここにいるんだよ、と相手のビショップに胸中毒吐いてみてもこの状況の改善は望めない。
我慢の限界を簡単に迎える忍耐のない俺はあーうーなどと呻きながら頭をがしがしかいた。
そこへ、上から声をかけられる。
「次の手はまだかね?鋼の。」
見れば大佐、俺の顔を見てえらく楽しそうに笑っている。楽しそう、といっても、その笑顔がいつも俺に見せるような、それこそ腑ぬけた無能顔なら俺も一発左拳を食らわせてやるところなのだが、今日のそれはまったく様子が違っていて俺は不覚にもどきっとした。
目が違う。色が違う。黒い中に何かが揺らいでいるような気がした。
それは多分奴の大好きな焔。それも、氷のように冷たい、蒼の焔。
薄い唇が歪められて、「どうした?」という声がする。
赤い舌が覗く。白い歯が見える。
俺は全身に緊張を走らせた。
そんな目で俺を見るな。
「ぅ…い、今考えてんだよッ!!」
「えらく長いから…コーヒーがほら、冷めてしまった。」
「だったらてめぇで淹れてきやがれ。俺は今忙しいんだよ。」
俺は吐き捨てた。
落ち着け、俺。集中しろ。そう言い聞かせる。邪念を振り払おうと必死になればなるほど、俺の身体は敏感になる。目だけを動かして大佐を見る。
黒い瞳と視線が重なった。
「…?」
冷酷な笑顔を浮かべたまま、首をかしげてみせる。その仕草だけで俺は自分がひどく卑小なもののように思えて、恥ずかしくて、泣きそうになった。
硬い床の上に組み伏せられたような錯覚に陥る。
「素直に負けを認めたまえよ?」
「いやだ!」
その声だけで、触れられてもいない耳が熱を持ち出す。
俺は顔を動かせなくなった。じっと、チェス板のみを睨む。
俺は自分の集中力にはちょっとした自信があった。なのに、たかだか大佐ごときで精神を乱してしまうなんて何か可笑しい。間違ってる。俺はものすごく理不尽な気がした。
なぜ俺が、三十路前の独身男にこんなに乱されねばならないのか。
そんなのはベッドの中だけで十分だ。
「往生際が悪いね君も。」
「うるさいよ。」
大佐の声が耳にまとわりついてくる。
視線が肌を刺激する。
俺の肌が熱を帯び始める。血液が流れ出す。一点に集中する。
下腹部に、力が入る。
「ふむ……ちょっと失礼するよ。」
大佐はそう言って、自分のカップと俺のカップを持って席を立った。俺は思わず声をあげた。
「あ、」
「温かいものを淹れなおしてくるよ。」
「あ…うん…」
俺がありがとうを言う前に大佐はにっこり笑ってさっさと言ってしまった。
俺はチェス板を眺めた。というより睨んだ。
目の高さを、丁度机くらいまでになるようにかがむ。横から見たり離れて見たりしてみるが、どう考えても勝ち目の無い駒の配列に嘆息を漏らす。
俺は座りなおした。背もたれに体重を預けて腕を組む。
このナイトが邪魔なんだよな、決定的に。
呟いたときに、突然耳元で声が響いた。
「ほら、参りましたって言いなさい?」
「ひぃッ!?」
俺は飛び跳ねるくらい驚いて、へんな声を出した。
耳元で大佐の声が不意に響いて、その熱い舌が伸びてきたせいだ。
大佐はそんな俺の行動にくっくと喉元で笑いながら、
「そんなに驚かなくても。」
そんなことをほざきながら席についた。
俺の目の前。ソーサーに、いい香りのするカップをそっと乗せる。
「るせぇ馬鹿。っていうか今のセクハラの責任とってこのナイトどかせ。」
「それはいくらなんでもおかしいだろう。こちらのルークなら動かしてやるぞ?」
「ンなの動かしたところで一緒じゃん。」
呻く。ソーサーとカップがカツンと当たる音。大佐の呼吸音。衣擦れの音。
しばらく止んでいた大佐の気配。
俺は自分の脈が早まるのを感じた。
「で?まだ悩んでいるのかね?」
うんざりするような、馬鹿にするような、見下したような言葉と、どこか楽しむような口調。
俺の心に浮ぶ、悔しいさと、あと何か。
何か?何だ。悔しいのはわかる。苛立ちも、ある。でも違う。他の何かが俺の胸を締め付ける。
ぐらり、と頭が揺れ動く。
「うるさいってば。」
俺はそう、言葉を搾り出した。
明らかに、大佐が俺を見ている。
俺は大佐に見られている。
それだけで俺は。
「ッ………く…」
「鋼の、大丈夫か?」
大佐の声。
長いこと旅に行って、すごく久しぶりに聞いた声。
情けない。恥ずかしい。
けれどもう。
「た、大佐…」
「なんだね、鋼の?」
「…トイレ……」
俺は低い声で言ったが、声はどこまでもかすれていた。
大佐が訝しげに俺を見る。俺はおずおず立ち上がる。
「ちょっと行って来る…」
腰を引きつつ、しかしそれを気取られないようにしながら俺はソファから立ち上がった。
足早にドアを目指す。そのノブを握った瞬間に、
「待ちなさい、鋼の。」
無視、すればよかったのに。
俺は出来なかった。一瞬の迷いが文字通り命取りで。
「どうした?気分でも悪いのかね?」
後ろから大佐に覗き込まれて、俺は顔を真っ赤にした。
「な、なんでも……ねぇ…」
俯いて言うが、すぐに大佐は気づいてしまったらしい。
心配そうだった顔が一転、その顔にまた、さっき浮かべていたのと同類の、趣味の悪い笑みが浮ぶ。
俺はそれをなるべく視界にいれないようにしながら、ドアノブをひねった。その手を、上から大きな手に包み込まれる。
「な、何…?」
「トイレにいかずともいいだろう?」
大佐はそう言って、俺の顎をくいと持ち上げた。
黒い目と俺の目が合う。
その、漆黒の鋭い瞳が歪んでいる。
そんな目で俺を見るな。
俺は目を伏せた。
大佐が俺を引き寄せて、そっと俺の熱を帯びた中心に手を伸ばしてきた。
ズボンの上から、そっと撫でるように触ってくる。
「ぁ…ん……」
「こんなにして……いけない子だね。」
大佐はそう言って、俺をひょいと抱えた。
「なッ、ちょ、ちょっと!!」
なにすんだよ、と俺は暴れた。が、大佐のその黒い目に見つめられて、俺は押し黙るしかなかった。
大佐の黒い目には魔力がある。そんな錯覚をおこしてしまいそうになった。
この目にみられて、あの声にせめられると、俺はもうどうしていいかわからなくなる。
大佐は俺を、さっきまで座っていたソファにそっと下ろした。
仰向けの状態で寝かされて、その上に大佐がかぶさってくる。
そっと、俺の頬を撫でてから、またその手を下腹部に下ろして、俺の輪郭をなぞる。
耳元に、俺よりもはるかに低い声が響いた。
「チェスで負かされて、私に馬鹿にされて感じた?私に見られて?淫乱な子だね。」
「っ……」
俺は震えた。
それじゃあまるで俺が変態みたいじゃないか。
「ち、違うっ…」
「違う?じゃあどうして?どうしてここはこんなに硬いのかな?」
「そ、それは……ひぁんッ」
大佐の手がベルトを外して、ズボンの中に浸入してきた。下着の上からそっと、俺の中心を握る。
「ひ…ゃあん……はぁ、ん…」
じわじわと、うずいていた熱に刺激を与えられて、そこがじわりと濡れてくる。
大佐はゆるゆると布越しに愛撫を続けながら、口角を上げた。
「どうしようもないマゾヒストだね、鋼のは。」
奥歯を噛んだ。その声、それがいけない。
見上げたときにそこにある、その両の目がいけない。
これは、俺の責任じゃない。
大佐、あんたの責任なのに。
「あぁっ…ん……んあッ…」
恥ずかしい、聞きたくも無い自分の声に羞恥心だけ煽られる。
大佐は俺にそっと口付けた。熱い舌が俺の舌を絡めとると同時に大量の唾液が流れ込んできた。
いやらしい、水音が部屋に響く。
くちゅ、くちゅ。そして合間に漏れる吐息。
大佐が、ズボンからするりと手をぬいた。ジャケットを脱がせて、タンクトップの下に手をすべりこませてくる。
俺の胸を撫でたり、乳首をつまみあげたりする。痛いくらいの刺激。
ぐりぐりと、こねくりまわされたかと思うと、引っ張りあげられ、さらに押しつぶされるように愛撫される。
大佐は長いキスのあと、俺の首筋に吸い付いてきた。沢山の痕を残していく。
「ん……ふぅ…ぁ…」
「チェスをしていただけなのにね?」
「ぁッ…あは…ぅ…」
俺は抗議の声をあげようとした。なのに唇からこぼれるのはこんな情けない喘ぎ声だけ。
「鋼の、負けを認めたら相手をしてあげなくもないよ?」
「ぇ……?」
「でも負けを認めないなら、さっさと駒を進めなさい。」
大佐はそう言って、俺から身体を離した。
顔を上げる。と、そこにはやはり、闇色の鋭い双眸。
捕食者を思わせるその目に、俺は下腹部を濡らす。水気を纏ったそこに下着がまとわりついてきて気持ち悪い。
それでも俺は負けを認めたくない。よりによって、大佐相手に。
「ぃ、ぃやだ……」
「ふーん、嫌かね?なら、」
大佐は、またさっきのソファに座りなおした。足を組んで、俺を上から見下ろす。
「嫌ならチェスをやりたまえ?」
君が言いだしっぺなのだから。と、大佐は言った。
俺は泣きたくなった。下半身がうずく。
無理やり腕をつかまれ服を破られて脚を開かされる方がどれだけマシだろう。
いっそのこと、犯してくれればいい。そんなことを口走りそうな俺を、俺の理性が必死に押し留める。
大佐の目。唇。声。
俺は目をそらした。熱い身体をこれ以上放っておくことなんてできない。
「わ、わかった…認めるから…」
「ほう。ちゃんと言ってみたまえ?」
「お、俺の負けです…負けました。」
恐る恐る目をあげる。大佐が、腕を組んで俺を見ている。
乾いた唇を舐める。至極楽しそうな笑みを浮かべる。
俺がマゾならこいつは極度のサドだ。
屈辱にまみれた俺の顔を観察するのが好きらしい。この前そう言われた時に俺はおもいっきり右ストレートをきめてやったのに。
この状況はなんだ。
俺は背もたれに顔を埋めて、唇を噛んだ。鉄の生臭さが口内にじわりと広がる。
「いい子だね。」
背中に聞こえる大佐の声。立ち上がる音。こちらへ近付いてくる足音。
大佐が俺の三つ編みをひっぱる。
「ッあ…」
また仰向けになって、苦しくて漏らした吐息の間に大佐の舌が入ってくる。
俺のズボンを下着ごとずり下ろす。熱く猛ったそこが外気にさらされてそれだけで俺は鳥肌をたてた。
大佐の大きな手が、そこを包んで上下に擦る。
「んんっ……はぁ、ぁあッ」
「こんなに濡らして。鋼のはいらやしいね。」
こんな身体にしたのはあんただ。そう言いたいのに、口にする余裕もない。
「あッ……んくぅ、ぁっ……ぃやっ…」
濡れた声と濡れた音がする。俺は目を瞑った。
不意に、その熱の中心に息を吹きかけられた。と思うと、そこにねっとりとまとわりつく感触。
ざらついた、大佐の舌先が俺の張り詰めたものをなぞる。そして、生暖かい口内に、ぱっくりと包まれた。
「ひぃぃっ…やぁんッ!!」
もうなにがなんだかわからない。下腹部からはくちゅくちゅといういやらしい音が聞こえてくる。
俺はどこをどう愛撫されているのかそれすら冷静に判断できなくて、とにかく大佐の口に俺のものが咥えられているということだけはかろうじて認識できた。
「んっ…ぁあんっ、ぁあ、やッ…ひぃんっ…」
そこまで思考するのが精一杯で。
俺は理性と本能の崖っぷちに立たされて、おもいきり両手でソファを掴んだ。
大佐の声が股間に響く。
「なにをそんなに我慢している、鋼の?わざわざ自分を苦しませてどうする?それともそれがまた気持ちいい?」
「ッ…!!」
殺してやろうかこの男。今すぐ甲剣で、脳みそひっぱりだしてやろうか。
俺は悔しかった。
悔しくて悔しくて。なのに身体はこんなにも反応して。
俺の脳みそも、誰かひっぱりだしてくれはしないだろうか。
「我慢しないで出しなさい。」
大佐の声が、理性にではなく本能に働きかける。
俺の中心に与えられる堕落的な悦楽。
思考回路がうまく機能しない。
短絡的な思考形態が生まれる。
「ぁあッ…ん、ぁあっ、きゃぅぅ…んッ、んあぁぁ…」
身体が熱い。下半身が熱い。
大佐の声。俺は手を伸ばした。指先に触れるのは、これは、大佐の髪?
見る。大佐の黒い髪。俺はそっと撫でた。
喘ぐ声。勃起したそこに与えられる愛撫。
俺の思考は次第に冷静さを失った。
そして多分、そのまま大佐の喉の奥に、溜まっていた精を思い切りぶちまけた。
荒い、息を吐く。
俺は右手を額に軽く当てた。熱く、疼く身体。
まだ、足りない?もっと欲しい?
「鋼の、君はいつまでたっても……いい加減自慰くらい覚えたらどうだね?」
「………うるさいよ。」
俺は右手の甲で顔面を隠した。機械鎧がひんやりして気持ちいい。無機質な指の隙間からそっと大佐を見る。つう、と白い糸が零れている口元を、大佐は手の甲でそっとぬぐっていた。
えろい。でも嫌なかんじはしなかった。
そう考えると、こいつやっぱり顔はいいのかもしれない。こういう姿もなんだかんだで様になる。
「濃くて苦くて多い。そんなものを一気にだされると飲み干すこちらは重労働だ。」
そう言って笑いかけてくる。俺は指の隙間をうめた。機械鎧の後ろに隠れた。
唇だけ、動かす。
「じゃあコップにいれて分割して飲めば?」
「なるほど。次はそうしようか。」
「馬鹿か死ね。」
本気でやりかねない大佐にとりあえず言っておく。冗談も通じないのかこの駄目男。
「それにしても鋼の。そんなにたまっていたのかね?」
「………わかんねぇ。」
虫なんか食べたことはないけど、こういう顔をのこと苦虫を噛み潰したようなって表現するんだろう。そういう顔を俺はしていたに違いない。
大佐は汗でべっとりした俺の前髪をそっとはらいのけた。ついでに、俺の右腕も。
俺の顔が見たいらしい。俺はもう抵抗するのも億劫だったから素直に顔面をさらけだした。
「恥ずかしそうに負けを認める君はすごく可愛かったよ?」
「勃った?」
「うん。」
即答。いや、瞬答。そんな言葉はないけれどあまりにもそれは瞬答だったから俺は返す言葉が見つからず。
「………。」
沈黙した。
試しに聞いてみただけの言葉だったのに。
「君のせいだよ?だからまさかここで終わるなんて言わないでくれたまえよ?」
大佐が唇を歪ませる。やばい。
これはやばいぞ、と思って顔をそらそうとしたけれど遅かった。大佐と目が合ってしまった。
またその目。その目は反則だ。俺は一瞬動きをとめた。そしてまたそれが命取りとなる。
大佐は俺の両腕を掴むと、頭上にたばねてがしゃり、とした。
………がしゃり?
「な、なに……?」
もぞもぞと上を見ようと試みるが、どうも見えない。
直視することを諦めて、俺は大佐に目で問うた。
「手錠だよ?無駄に抵抗されると困るし、私は拘束するのが好きだし。」
「へ、変態!」
「ああ、あまり大きな声を出さないでくれないか。それとも誰かに聞かれたい?」
「う……」
俺は押し黙った。手首に食い込む、金属の冷たさ。
「おや、少し硬くなってきたね。」
自分でも自分を疑う。
でも、俺の身体は確かに再び熱を持ち始めていた。大佐の目と、言葉と、手錠。
大佐は俺の大腿を掴んで、その間に頭をうずめた。舌先が、俺の後ろをなぞる。
「ひゃぁっ…」
身体が跳ねる。じゅくじゅくと、前が濡れてくる。
大佐は、たっぷりと唾液を絡ませた舌を俺の後孔に挿入した。
入り口あたりをくいくいと刺激して、弛緩させる。
「ぁあ…ん……っあ、んぁ…」
「もう濡らしてる。淫乱だね、鋼の。」
その声でそんなことを言うなんて反則だ。
俺は、大佐に罵られると泣きそうになる。悔しいのか、情けないのか、それとも。
それとも、感じているのか。
「ぁあっ!」
大佐は俺の先走りを指に絡めて、後ろに挿れた。
一度奥までいれて、くい、と指先を動かす。
「んっ……ひぅ、ぁ…ぁあんっ」
「こら、声が大きいぞ。」
「っ……ひ…」
息を呑む。俺は声を殺した。そのうちにも、挿れられる指の数は増やされているようで。
中で蠢くそれぞれの指が別々に俺の中をかき乱す。
大佐が、俺に覆いかぶさって、耳たぶに甘く噛み付いてきた。
「ほら、鋼の。今もう四本も入っているよ?わかる?いやらしいね、こんなに広げて、ひくついて。」
言葉にされることの恥辱。俺は首をふった。聞きたくない。これは拒否を表す行動。
「や、やだっ……」
これは拒否を表す言葉。
なのに俺は聞き耳を立てるように、大佐の次の言葉を待ってしまう。
「嫌?でもほら、こんなに私の指にからみついてくるよ?」
くい、くいと動かされる指。出し挿れされる指の速さが増して、動きが荒くなる。
孔ががすがすとこすられて痛い。
「ぁあんっ、ぁあ、ひぃ、や、あぁぁんッ!!」
なのに、俺はこんなにも乱れた声を吐き出している。
大佐の愛撫には格差があった。日によって、その愛撫は丁寧になったり荒くなったりする。別に気分が荒れているからとか、疲れているせいとかではなくて、それは彼自身の嗜好の問題だと思う。
さらに言うなら、セックスで相手を翻弄できる自信があるせいだと思う。
腹立たしい。俺も、そうやってこいつに踊らされているような気がする。
腹立たしい。でも、身体は抵抗できない。
視界がぼやけてきた。熱いものがこみあげてくる。
大佐が俺の頬を舐める。そっと、その零れ落ちた雫を舐めとった。
「綺麗な潤んだ目だね。」
大佐が言う。言いながら、自身のすでに硬く張り詰めたものの先端を俺の後ろにあてがった。
「そんな顔をされると我慢がきかないよ?」
大佐のそこはひんやりと濡れていた。と思った瞬間。
「ぃい゛っ……」
痛みが走る。脚の先、頭のてっぺんまで突き抜ける。
ばりばりと鈍い音がする。いや、実際したかどうかはわからない。
皮膚が擦れて、切れる。痛い。そしてそこへさらに熱いものが擦りつけられる。
「ぎっ…ぁ゛っ……」
口を大きく開いて泣き叫ぼうとした瞬間に、何かが口の中につめ込められた。
それは大佐の手だった。
「こら、静かにしなさい。」
窘めるような静かな口調。強制的に俺を黙らせるその手。
大佐はそっと俺の乳首を口に含んだ。舌先でこねくりまわされる。
「っはぁ…」
俺は息を漏らした。瞬間大佐が、さらに腰をすすめてくる。
それも無理やり。
「っ……むぐぅ…ぃ……ん゛っ…」
痛い。痛くて痛くてたまらない。
涙が、溢れた。
「力を抜かないと痛いのは君だよ?」
耳元で言われても、その声はどこか遠くで響いていた。
「んっ……むぐぅ…ん…」
力を抜かないと痛い。でも痛いから力が入る。
いつもなら大佐は俺の前をしごいたり、ねっとりと絡みつくようなキスをしたり、そうやって自然と俺の身体を弛緩させてくれたのに。
そんな様子は全く無かった。
優しく抱く気がないのなら、黙って犯してくれればいいものを。
「ほら、動くよ?」
わざわざ言うな。鬱陶しい。
そう、いつもなら悪態を吐いてやるのに。
「む……んぐぅ…」
今は口の中で自由を奪われ、力なく呻くことしか出来ない。
情けないほど無力な俺。
「ああ、唾液でべたべただよ、鋼の。汚いね。」
にっこり笑って言う言葉は背筋に冷たかった。
唾液が溢れて零れる。唇から顎をつたって首筋まで流れていく。
大佐が、俺の中で大きくなるのがわかる。
俺の、汚い泣き顔がそんなにいいのか。
「可愛いね。」
大佐が俺の口から手を引き抜いた。その濡れた指で俺の前を軽くはじく。
その先端は俺の下腹部に届くくらい跳ね返っていた。
「痛い痛いと泣くわりに、こちらはこんなになってしまっているよ?不思議だね。」
歪んだ視界。その向こうに見える黒い瞳。薄い唇。
大佐はその硬い性器を俺の中で激しく動かした。
それが勢いよく一番奥を突き上げて、俺の一番いいところを刺激してきた。
俺はたまらなくなって、啼いた。
「ぁあっ、ひぃやぁぁぁんッ!!」
「……わかりやすい子だね。」
口元を歪める大佐の唇がエロい。その目がいやらしい。
その声が、たまらない。
「ここがいいんだね。」
言いながら、俺の一番弱いところを執拗に攻め立ててくる。
痛みが、快楽を伴い始めた。
大佐の声色が少し、変わる。
「っ……すごい、締め付けてくるね…」
耳元で囁かれる。俺はもういっぱいいっぱいだったから、ただただ喘ぐばかりだった。
大佐の腰の動きが速くなる。俺はもう抵抗する気力を失って、その動きに促されるままに腰を揺らした。合わせて動くと痛みはない。
ただ、それは精神的な痛みを伴うだけ。
恥辱と屈辱。自ら腰を振るとはすなわち、そういうこと。
「鋼のは可愛いね。腰が揺れてるよ?」
言われると思っていた。覚悟はしていたけれど、やはり言葉にされると恥ずかしい。
恥ずかしいけど、気持ちいい。
「ふにぃ……ぁ…ゆ、ゆーなっ…」
「可愛いね。」
大佐はそう言って俺の頬の口付ける。突き上げが、一層激しくなった。
「あっ、はぅッ、ひっ、あぁんっ、あぁ…」
そこを突かれるたびに声が出る。
「やっ、もっ…もう、だっ……い、ぃくぅっ…イっ……っぁあ!!」
俺は我慢できずにまた吐精した。自分の下腹部がべったりと濡れる。
「…く、鋼の…私も出すよ?」
大佐は言って、俺の一番奥を突き上げた時に白濁を吐き出した。
しばらく大佐は俺の中にいた。萎えたそこをずるりと引き抜いて、大佐は俺に微笑んだ。
「痛かった?」
「相当な。」
「血が出てるね。」
「誰のせいだよ。」
大佐は困ったような顔をした。俺がふくれているからだろうか。手錠を、そっと外される。
手首にそれほどの痛みは無かった。
大佐は、不機嫌そうな俺を前に少し考えるような素振りを見せてから、いきなり俺の股間に顔をうずめた。
「ちょ、な、なにすっ……ひぃ!?」
大佐が俺の後孔を舐めだした。
「やめろ絶倫野郎!死ね!!」
「や、暴れるな…いたっ…痛い…」
脚で蹴ろうともがく。大佐は顔を上げた。
「君が痛いというから…血を舐めてあげようと…」
「いらんわボケ。」
大佐の顔面を足の裏で蹴り上げる。見事にばき、と背骨を無視して後ろに反り返る大佐。
「い、痛い゛……」
「俺はその何万倍も痛かった。」
低く呻く。大佐は痛そうに腰の辺りをさすって(おっさん臭ぇ)俺の上にかぶさってきた。
「重いよ。」
睨む。黒い瞳。そこにはもう、さっきの光はなかった。
「キスしてもいいかい?」
にへら、と笑う無能顔。
俺は馬鹿らしくなって、その顔面にまっすぐ拳を食らわせてやった。
その咄嗟に繰り出した拳が生身の左手だったのは、俺の大佐に対するせめてもの愛情だったと俺は確信している。