閑話休題


上司に無理な仕事を押しつけられたのはつい先日のこと。
鋼の錬金術師、あの大将が通り魔にあったと聞いてハボックは驚いた。
知りうる限りあの少年は、小さな身体を存分に駆使した体術、うまれ持っての格闘セ ンスだろうか、チンピラだろうが武装した過激テロ組織だろうがとても手に負えないほどの跳ねっ返りが、まさか通り魔に。
エドワードは弟と共に世界中旅をしいてるから、一緒に過ごす時間は少ないものの、ハボックとしては可愛い弟のように思っていたから心配で。だから通り魔なんて直ぐに逮捕してやろうと、決意をしたのだが。
「何か変わったことはあったか、ハボック」
疲れ切って司令部に戻ってきたハボックに、ロイマスタングは尋ねる。ハボックは思いっきり眉をしかめて、答えた。
「何も?強いて言えば通り魔犯の人相を伝えた途端に、俺が部下から変人扱いを受けたくらいっすかね。二足歩行で王冠被った人語を話す黒猫なんて居るわけないと部下に笑われましたよ。」
「人望がないからだな」
「……………」
「なんだハボック、言いたいことがあるなら聞いてやるぞ。私は優しいからな。」
「いや、いいっす……」
しゃべっていると際限なく疲れてしまいそうで、ハボックは黙って椅子に体重を掛けた。さして新しくもないその備品は、座るたびにぎしっと音を立てる。不快。仕事中にもかかわらずハボックは煙草を取り出して、さすがに上司の手前火は付けられないから銜える、口寂しい故の行動だが、東方司令部きっての嫌煙家ホークアイ中尉の居るときにこれをすると、煙草が全部チョコに替えられてしまったりするから要注意。


「そういや、」
書類に目を通しかけて、ハボックは顔を上げた。珍しく上司は真面目に仕事をこなしている。(普段だって本当は仕事をしている時間の方がサボっている時間よりも長いのだが、サボり癖の噂だけが先行しているだけで)
「なんだ」
「大将って、トイレどうしてるんすか。まさか女子便?」
「………それは、無理だな」
「そうっすよねぇ、見た目はあんまり変わらないし」
「………ハボック。」
「はい?」
「確か朝からエルリック兄弟が閲覧室を使用しているはずだ」
「はぁ。」
「おまえ、いって護衛してこい。主にトイレ。」
「はぁぁ!?」
「あの子が、あんな可愛い子が男子トイレに入って男に襲われでもしたらどうするんだ!あの子は今女の子なんだぞ!?」
「服脱がなきゃそんなもん判りませんて!個室入ってすりゃ安全じゃないっすか!!」
「上官命令だ」


「あいつ頭おかしいんじゃね?」
「……同感」
「大佐、そんなところに護衛付けなくても、兄さんにはボクが居るのに…」
「だよな…」
けらけらと笑うエドワードは、普段と変わりがなく、女の子にはとても見えない。
通常業務がありますから!と徹底抗戦したハボックだったが、お前の今日の任務は閲覧室の資料整理だと高々と宣言され、ここに飛ばされた。左遷された気分になるのはなぜだろう。
閲覧室、もちろん火気厳禁。煙草論外。
「あーでも、トイレは困ってたんだ、昨日からさ。取り出そうとしたらあれ、ないみたいな」
「も、もう兄さん!何言ってんのさ!」
「へーぇ、面白い経験してんのな」
兄弟は過去の通り魔事件やら、肉体改造についての資料やらを調べていたらしい。ハボックは頭の使う作業にはうんざりだったから、上司に言われたとおり資料の整理を。ついでに気になるものがあれば兄弟に渡してやる。
ハボックがきて一時間ほど。資料を読みふけっていたエドワードが手を止めた。アルフォンスにトイレ行ってくるわ、と声を掛けて立ち上がる。付いていこうか?とアルフォンスが尋ねたが、エドワードはひらひらと手を振った。
「ん?トイレか?」
「うん、一人で行ってくるから片づけしといてよ」
「うー…そうか?」
「うん。悪いし」
もともとここに飛ばされたのはエドワードのトイレ護衛をしろという事だったから、ついて行かなければならないのだが。ハボックは少し考えて、
「いや、良いよ。ついでに俺も行くわ。たまには連れションもいいんじゃね?」
連れション!と、エドワードがツボにはまったのか腹を抱えて笑った。


「わわわ!!大将はあっち!!」
「あ。また忘れてた」
小便器の前で前を開けようとするエドワードをハボックは慌てて止めて、個室に押し
込んだ。
エドワードは、ごめんごめんと軽く言うものの、ハボックは内心穏やかでない。
外見はそう変わってないとはいえ、女の子がチャック開けるとかまずいだろう!?と思わず真っ赤になって、一人照れる。確かに、大佐の言うことは正しいかも知れない。大将無防備すぎ、と口元を抑える。
女の子だと言われなければ判らないのに、言われたらどうしてこうも意識してしまうのか。
「たいしょー」
「なにー?」
「俺、入り口の所居ますから」
「おっけー」
トイレのドア越しに会話なんて、ほんとに学生みたいだなーとハボックは煙草に火を付けた。トイレの前には親切にも吸い殻があるから、非情に嬉しい。というか、エドワードに付いてきたのはこれが一番の目的とも言える。
火気厳禁の閲覧室では、煙草を出すことすら咎められるから口寂しくて。
大将まだかなーやっぱ女の子はトイレ時間かかるもんだよなーと、デートの時を思い出して考えてみる。が、一番近いデートの記憶でさえ三ヶ月前のものだったりして、ハボックは落ち込んだ。
「きゃっ、は、ハボック少尉!」
突然聞こえた悲鳴に、ハボックは慌ててトイレに飛び込んだ。まさか、でもさっきは自分達以外にトイレは
誰もいなかったはず――エドワードが入っていた個室のドアがばぁん!と開いて、そこから
「……ね、こ?」
飛び出してきたのは紛れもない黒猫。しかも二本足で、素早い動きで。ハボックの動きが一瞬止まる。
「っのやろ!ぶっ殺す…!!」
猫を追ってエドワードも個室から飛び出してきた。顔を真っ赤にして、機械鎧は既に甲剣に変形済み。
猫はそれを尻目にぴょーんとトイレの窓枠に飛び乗った。
「た、大将もしかしてあの猫」
「あいつ!通り魔!!野郎、俺の個室に入ってきやがった…!」
耳まで真っ赤になっているエドワードの横顔を見て、やっべぇとハボックは呻いた。
まさか本当に、大佐以外、エドワードのトイレをのぞき見るやつがいるとは彼も思っていなかった。
それでもって、真っ赤になったエドワードの顔に、一瞬可愛いと思ってしまったのもハボックの不覚だ。
「いやー、ちゃんと女の子になったかどうか確認させてもらいましてん。あんさん、ここまでとどきませんでしょ〜?」
「殺す…!」
エドワードは殺意が具現化したような声で呻いて、ぱぁんと両手を併せ、トイレの壁に手をつけた。
コンクリの巨大な拳が窓枠めがけて繰り出されたが、それが届く前に猫はぴょんと窓の外に脱出した。
「あ、たいしょー…!」
ハボックが止める間もなく。怒りに燃えたエドワードが錬成したその拳は、司令部のトイレの壁を完全に粉砕した。


「………エドワードくん。ハボック少尉」
見るものを凍り付かせるような笑顔で、ホークアイ中尉が言う。
大きな衝撃音で司令部を一時パニックに陥らせた張本人2人は、そのあまりの恐怖に身を縮める。
ロイは、悪いのはエドワードじゃない通り魔とハボックだ、と駄々っ子のように主張したがホークアイはそれを一瞥して黙らせた。
「とりあえずエドワードくんにはその痴漢について聴取させてもらうわね。」
痴漢なんて怖かったでしょう?とエドワードを気遣うホークアイの表情は、優しい。


「ハボック少尉は始末書かしら。エドワード君の代わりに書いてあげてね?あなたの職務怠慢なんだから」
護衛を任されていたんでしょう?と言うホークアイの表情は、エドワードからは見えなかったけれど(というか、怖かったから見ないようにした)、なぜか彼まで生きた心地がしなかった。





そのころ?
「た、大変ですねんクラウドさん!」
「……なんだよリーブ」
「ケット・シー初号機がどっかいってしまいましてん!」
「初号機ってなんだよエ○ァか。」
「クラウドさん、エ○ァしらんくせによう言う…」
「う、うっさい!ザックスが隣で見てたんだよ!」
「へ〜ザックスさんが?同じ部屋で?」
「わ、悪いのかよ!」
「ボク、悪い言うてませんやん。そんな怖い顔して睨まんといてください。あー、でも初号機どこ行ってまいよってんやろ。あれ、愛着あったのにな〜」