記念日。(ロイアイ・かなり昔に書いたもん。この時はロイエドよりもこっちよりだったのデス)



軍部に定休日はない。不定期に、それも一週間に一度休みが取れれば良いほうで、たまの休みに突然司令部に呼び出されたとしても文句は言えない。

リザ・ホークアイはその貴重な休日を買出しに潰していた。というより潰されていた。最近は多忙なうえ、度重なる出張で冷蔵庫はほぼ空。毎日軍服ばかり着るとはいえ、最低限季節に合った服が一着二着ではやはりマズイ。すでに年は押し迫っているというのに、リザはろくにコートも持っていない。
(軍用があるから必要ないといえば必要ないんだけど)
学生の頃はそれなりにあった服装への執着も最近はめっきりなくなってしまった。そんな自分に時々落胆しないでもない。リザはずり落ちた紙袋を抱えなおした。
吐く息は、白い。
リザが勤務している東方司令部は田舎ではないものの、やはり中央と比べると地方都市の色合いが濃い。彼女はそんな街が嫌いではなかった。たかだか買い物でかなり時間を使ってしまったが、重い荷物を抱えて大通りを歩くだけでも、リザは十分楽しかった。
「やだぁ、みてこの指輪〜超可愛ぃvv
車道の向こうで聞こえた甲高い声に思わず彼女は目を向けた。
男と女が、店のショウウインドウに覗き込んで、何やら大きな声をあげている。
リザは嘆息しただけで、その場を過ぎた。
あたりは暗くなり、街頭がふわりと灯った。
彼女は目の端に映った銀色の塊に、思わず振り向いた。
ガンショップのショウウインドウに飾られた、新作の自動小銃だった。強度は軍用に劣るが、市販品は軽量化と連射に長けたものが多い。
リザはショウケースの中にライトアップされた、細身の銃を見つめた。
これなら予備の銃として隠し持つことも出来る、と一人胸中で考え、値札を見てすぐに購入を諦めた。
軍属で、それなりの支給金を受けてはいるが、国家錬金術師などとは比べ物にならないくらい少ない。特にさきほどかなりの量の食料と衣料品を買い込んでしまったため、財布はかなり軽い。
リザの頭の中にクレジットカードという選択肢は無かった。
「やあ、中尉。」
見入っている中、声をかけられて、リザは顔を上げた。
鏡に反射して、背後にいる人間が見えた。
完全に背後をとられたのは久しぶりだったが、だからと言ってリザは無闇にびっくりしたりはしない。
「奇遇だね。」
リザはとりあえず上官に対して背中越しには話せないので、振り返った。
「大佐、お仕事中では?」
「今上がったよ。」
時間的に嘘ではないだろう。特に大きな事件がなければ、無駄に夜勤などするような男ではない。
ロイ・マスタングは、軍服ではなく私服姿だった。
「これからどちらかへお出かけですか?」
「昼から何も食べていないんでね。食事にでも行こうかと思って。」
「そうですか。では。」
軽く会釈をして歩き出したリザと、何故か並んでロイが歩く。
怪訝そうに見返すリザに、ロイはやはり笑顔で、
「君はこれからどこかへ行くのかね?」
「帰るだけですよ。」
「なるほど。」
「……。」
「……。」
リザは黙って歩いた。ロイも特には何を言うわけでもない。
そしてしばらく。
「………で?」
「なんだね。」
「うちまで来てしまいましたが。」
リザの家の前で、二人は立ち止まった。
「食事に行かれるのではなかったのですか?」
リザが見上げると、ロイはわざとらしくぽんと手を打った。
「ああ、そうだった。すっかり忘れていたよ。」
リザはロイの乾いた笑いを聞きながら、紙袋を抱えて嘆息した。
「じゃあうちで食べて行かれますか?」
鍵を取り出しながら言うと、ロイは笑うのを止めた。真顔で言う。
「いや、それはさすがに悪い。」
だったらどうする気よ、と思うが口にはせずにその続きを待つ。
ロイは、今まで何人もの異性を落としてきたであろうお得意の笑顔を浮かべて、
「どうせなら一緒に食事でもどうだね?」
それならそうと最初から仰ってくれればいいのに、とリザは胸中でぼやきながら白い息を吐いた。
「じゃあ、この荷物だけ置いてきますから。」
言って、リザは自宅の玄関に走った。。

なぜこうも遠まわしな言い方をするのだろうかと、リザは何度も思った。
と思えば突然率直に考えを述べたりする。大総統の座を奪う、などと大きなことを、ロイ・マスタングという男は月に三度は口にする。それも、軍部の建物の中で。
全く意味がわからない。意味はわからないが、もうそれを追求するのも面倒だった。
それに彼がそう言うのだから、自分はそれにどこまでもついていけばいい。それは至極簡単なことだった。そしてそれはとうの昔に誓ったことだった。
そんなことを考えながら、リザは軟らかいフィレ肉にナイフをいれた。
ちらりと目をあげて、誓いを立てた相手を見やると、ロイはワインの入った真っ赤なグラスを物憂げに揺らしていた。
髪と同色のするどい目は、少し眠気を帯びている。
「大佐、お疲れのようですね。」
リザの言葉に、ロイは瞳だけを動かした。口角を吊り上げる。
「そう、見えるかね。」
「少し。」
視線をまた肉に落として、リザは肯定した。
ロイの、自嘲するような、喉の奥から出る笑い声が聞こえた。
「今の軍部に暇な時はないからな。疲れも溜まる一方だ。…中尉はあまり飲まないな。」
「ええ。」
仕事の付き合いは長いが、プライベートで二人が出かけることは非常に稀だった。この二人が同時に非番になる日はまず絶対にあり得ない。
必ずどちらかが司令部に詰めている。
だから、私生活の様子も、食べ物の嗜好もあまりよく知らない。
さらにリザは、人の私生活にあまり興味を抱かない。自分の命の行く末すら委ねた上官ですら、それは例外ではない。少なくとも、彼女はそう自覚している。
今の様子だと、ロイは酒にかなり強いようだ。さきほどから、グラスワインを何度も飲み干している。
その姿を視界の端にいれながら、ロイの言葉に返答を返す。
「飲むと身体能力が落ちますから。」
「なるほど。確かに向上はしないだろうな。」
赤ワインを見つめて至極真面目に言う上官が、リザは少し可笑しかった。
それをこらえて、彼女は小さく咳払いをする。
「大佐も、飲んでばかりいらっしゃらないで、ちゃんと召し上がって下さい。」
「ああ、そうだな。」
忠実な部下のそんな様子に内心笑いつつ、ロイはナイフとフォークを握りなおした。

上官の奢りで食事を終え、ロイは拒むリザを無視して、家まで送ると言い張った。
「女性一人で夜道を歩かせるわけには行かない」という言葉にリザは反論出来なかった。というより、もう反論するのが面倒になったという表現が正しいかもしれない。
食事の前に一度来た道を歩くのは妙な気分だったが、二人は特に何を会話するでもなく、歩いた。
家の前まで来た時、ロイが突然口を開いた。
「そういえば中尉、今日は何の日か知ってるかい。」
口角を少しだけ上げるいつもの笑い方をする大佐の言葉に、リザは少し考えを巡らせる。が、何も浮かばず、中尉はすぐに諦めた。わからないものはわからない。
「……いえ。」
真面目に見返す部下の鷲色の瞳を見ながら、ロイは、
「髪がずいぶん伸びたな、中尉は。」
「……では、失礼します。」
ぺこりと頭を下げて、鍵穴に鍵を突っ込むリザにロイは少しだけ慌てて、
「冗談だ、ホークアイ中尉。」
半ば睨み上げたリザに、ロイは上着の内から白い、飾り気のない箱を出して見せた。
手渡されるままにそれを受け取るリザ。
「…これは?」
手のひらを見せて、何かを促すようにするロイを怪訝そうに見つめながら、リザは箱を開けた。
中に光る、銀色の塊。
「久しぶりに焔以外のモノを練成したから、少し時間がかかった。」
「……。」
リザの手にすっぽり収まる、小さい拳銃。その滑らかな手触りと感触を感じながら、リザはその下のカードに気がついた。
書類で見慣れた、ロイ・マスタングの字とサイン。
「……あ。」
「じゃあ、私はこれで失礼するよ。」
珍しく驚いた部下の顔を見て満足したらしいロイは、踵を返した。
リザが箱を抱えなおす。
「マスタング大佐。」
呼ばれて、肩越しに振り返る。
リザは節目勝ちに、少し思案してから、
「ありがとうございます。」
敬礼しようかと思って、やめた。

「…ああ。まあ大事にしてくれ。」
ロイの姿が遠く見えなくなってから、リザはまた箱の中のカードに目を落とした。

そこには確かにロイのサインと、一言、「入隊記念日」とだけ端的に書かれていた。



痛いな…この時私は鷹の目さんの瞳は金色だとなぜか勘違いしていました。(何故)
だからもうしかしたら訂正しそこねてるところがあるやも…しかし読み返すのは億劫だ。(帰れ)