別れの瞬間。
晴れやかな午後の日差しの中、東方司令部から出て行く赤いコートと大きな鎧を見つめながら、私は苦い珈琲を流しこんだ。
大きなトランクを背中にかかえた小さな赤は、半ば駆けるようにして、司令部の門を出てすぐに私の視界から見えなくなった。
汽車に間に合わねぇ、とか何とか叫びながら、あの短い手足で走ったのだろうか。
そんなことを一人考えて苦笑してしまうあたり、私はもう救いようがないのだと思う。
「お見送り、なさらないのですか?」
中尉が、静かに言う。
私は彼女を振り返った。
「ああ、必要ない。」
私はそう言って、また執務に戻った。
何年前だったろう。
国家錬金術師は、年に一度の査定を含め、軍人でなくとも何度か軍司令部へ立ち寄らねばならない。
鋼のも、そういう風に何かの用事で私の元を訪れていた。
応接間に通してやると、そこにある革のソファがどうやらお気に入りのようで、私を追い越して真っ先にそこに収まった。
「あーやっぱいいなーこのソファ。」
確かそんなことを言っていたと思う。金髪の、艶やかな髪を背中で結い、同じ色の瞳をいっぱいに開いた鋼のは、男だとか女だとかそういうものを全て超越して、本当に綺麗だった。
「気に入ったのかね、鋼の。」
「おぉ。俺たちの旅が終わったら、家買って、こういうソファ置きたいなー…」
どっかりと偉そうに座るのはクセだろう。短い足を大きく組みなおした鋼のは、本来地面に着くはずの足が着いていない。
「ソファか…仕方ないな。可愛い鋼のの頼みなら。」
「はい?」
やけに嫌そうな顔をして、鋼のが聞き返す。
私は目の前の少年に向かって微笑んだ。
「私の家にこういうのを置いておけばいいのだろう?いずれ結婚して一緒に暮らすのだから。」
すると一瞬無表情で思案する様子を見せた鋼のが、乾いた声で答えた。
「あんたが大総統なったらな。」
「え、結婚してくれるのかね?」
「するかもな。」
そこでにやりと口角を上げるものだから、ついついその場で美味しく頂戴したくなる。
私は何か強い衝動(性欲だとは言わせない)に駆られて、席を立った。
「鋼の、君はいつも…」
「あー!!やっべぇ、もうすぐ汽車が出ちまう!!」
腹の底から出た彼の声は、私の声など軽く消去してしまった。
同時に私の頭までもを一時的にリセットする。
「やっべぇ、時間なかったんだアルが待ってたんだすぅぅぅっかり忘れてた〜!!」
勢い良く立ち上がって、頭を抱える。
「は、鋼の…」
ようやく意識を取り戻し、さらに今まさらにやらんとしていたことを思い出した私は、とりあえずそうやって目の前で叫んでいる鋼のの両肩を掴んだ。
「落ち着きなさい。」
「これが落ち着いていられるかッ!」
振り払われる手になんだか寂しさを覚えつつ、私は部屋を出ようとする彼を追いかけた。
「待ちなさい、鋼の。汽車ならまたあるじゃないか…」
「だめ!どうしてもこれに乗るって決めたんだから!」
何の理由があるのか知らないが、隣の部屋に放置していたトランクを担いだ鋼のが言う。
「なら駅まで送ろう、鋼の。間に合わないのだろう?車があ…」
言いかけた私を、いきなり振り向いた鋼のが押し留めた。
執務室のドア付近。その手袋の包まれた小さい両手が私の胸のあたりを強く押していた。
「だめだって大佐。」
「何がだね。」
>聞くと、鋼のはうつむいた。長い前髪が、顔の半分以上を覆い隠してしまう。
「その汽車って決めないと………なんか居心地良すぎてこっから出れなくなっちまいそうでさ…」
「……鋼の?」
私はその片方の手首を握った。
手首の太さは、筋肉ではなく元来持つ骨の太さが顕著に現れる部位なのだが、鋼ののそこはその小さな身体にしては太かった。
鋼のが、顔を上げた。
しおらしい顔でもしているのかと思ったら、その顔は軽やかで、どこにも寂しさなんて見当たらなかった。
鋼のは、笑っていた。
「見送りなんて来られたらさ、俺あんたに逃げそうになるから。だから、あんたはここで。ここにいてくれ。」
金色の瞳は、抉り出すと輝きを失うのだろうか。
有るべき場所にあるからこそ美しいのだろうか。
そんなことを考えさせられる彼の瞳に、私は答える。
「…そうだな。私もそうだ。君の手足を?いででもここに置いておきたくなるよ。」
そう言って、空いた手で顎を引き上げると、鋼の手で軽く叩かれた。
「次回までお預けだ。」
へへん、と笑う鋼のに、私は苦笑した。
「…言ってくれるね…」
「ちゃんと俺の帰りをいい子で待ってろよッ!!」
恥ずかしげもなくそう言い残し、大きく手を振って、鋼のは司令部を後にした。
あの日から、鋼のは相変わらず小さいままで、時々私のところへ来ては時間に急かされる様に汽車に飛び乗る。
私はそれを決して見送らない。
決意を鈍らせるものは極力避けていくべきなのだ。鋼のは、それをよくわかっている。
本当に頭のいい子だ。これは客観的に見てもそうだと思う。
私よりも本当に。
「大佐、手が止まってますよ。」
「あ…ああ、すまない。」
中尉に促されて我に返る。
未練がましい大人と、頭のいい子ども。
(天才を相手にするならやはり大総統くらいの地位は手に入れるべきか…)
そんなことを思いながら、私は読んでもいない書類にサインをした。
noah:はっずかし…ありえねぇよコレ…。実はこれは鋼話を書き出しのころに書いたもんで…華婉の日記にもだいぶ前に載せてます。復刻です。なぜ復刻したのか……ね、ネタがないから…(滝汗)
最近エロイエドしか書いてないのでコレは恥ずかしい。逆に恥ずかしい。特に大佐。エドはまぁ良し。まだ見れる。読める。しかし大佐どうしたんだ……うむむむ…(悩)