黒死蝶


「あんたを動物にたとえたら、多分黒い蝶だ。」

春の柔らかい日差しの下で俺は呟きに似た言葉を発した。後ろも振り向かずに、そのままの速さで歩く。
相手に伝えたいという意思のなかった言葉だから軽くスルーしてくれるならそれでよかったのだが、後ろをのろのろ歩く男の耳にはかろうじて届いていたらしい。
いつもの低い、落ち着いた声音で聞き返してくる。
「蝶?私が?」
「黒い、蝶な。」
強調する。他の何色でもない、漆黒の蝶。
昼下がりの散歩道。石畳の小道を二人は歩いている。
二人で歩く、といっても俺たちは滅多なことでは並んで歩かない。
俺はどうやら人より歩く速度が速いらしい。向かう目的地があるならなおさら、それがただの散歩だったとしても俺の歩速は変らない。
対するロイ・マスタング。奴は人よりずば抜けて速いわけでも遅いわけでもない。ただ、散歩の時は俺よりもはるかにゆっくり歩く傾向にあるらしい。いつも、どちらかというと男性よりも歩幅の狭い女性を相手にしているからかもしれない。
だから、俺たちは一緒に歩くと自然俺の方が先を歩く形となる。
お互い歩幅を合わせることはせず、しかしお互いの気配を感じる距離を保って歩く事が原則。暗黙のルール。
少なくとも俺はそう考えているし、そのことをロイ・マスタング――大佐に確認しようとも思わない。
「鋼の、蝶は動物ではないよ?」
冷静に返ってくる大佐の言葉に俺は肩越しで振り返った。
半眼で下から睨み上げる。
「そういうツッコミのことを野暮って言うんじゃねぇの?」
「これは失敬。」
奴は何が面白いのか、口の端から笑みをこぼした。右手で隠す行為が逆にそこを強調する形となる。
「てっめ…今馬鹿にしたろ?」
「まさか。しかし君にしてはなんとも詩的なセリフだね。」
「悪かったな。」
俺は顔を前方に戻した。
小道を囲む木々のざわめき。駆ける風はまだまだ肌寒く、俺の髪を少々荒っぽく撫でていく。俺は抵抗せずその風に身をゆだねるように瞼をとじて深呼吸をした。
気持ちのいい春の午後。なのにあまり人がいないのは、やはり平日だからだろう。昼休みの時間はとうに過ぎているから、そこにいるのは小さな子どもとその母親らしき女性、もしくは定年退職を果たしたであろう老人。
「悪くなんてない。むしろ非常に興味深いよ、鋼の。そのようなたとえかたをされたのは初めてだからね。」
大佐はそう言って、俺の頭の上に手をおいた。
大きな手が優しく俺の頭をなで、長い指が俺の髪絡め取るようにして弄ぶ。
「鬱陶しいよ大佐。」
首を、大佐の立ち位置とは逆方向に傾ける。
それでも大佐は執拗に俺の髪の毛を触った。
なんだよあんたパツキンフェチか?と言って俺が睨むと、大佐はその嫌味なほど整った顔をこれでもかというくらい綻ばせて「そうかもしれないね。」と素直に肯定した。
その馬鹿みたいに嬉しそうな顔。
俺が何かを言おうとして口を開いた瞬間、大佐はわざわざかがんで俺の唇に自身のそれを押しあてた。
抵抗する暇すら与えずに侵入してくる分厚い舌に翻弄されつつも、俺は脳ミソの冷静な部分でもって、大佐の右耳たぶを摘み上げた。
「このエロ軍人。TPOをわきまえやがれ。」
「いたッ…いから止めなさい鋼の。痛いからッ」
ひぃひぃと馬鹿みたいに言う黒髪の上官を睨んで、その情けないさまに俺は嘆息した。
なんだってこんな男と付き合ってんだ俺。
「鋼の、ならば私の家に行こうか?」
そこならいいんだろう?そういうことだろう?と笑顔で言ってくるものだから俺はさらに脱力した。
最初からそのつもりできた俺は特に何の反論もせずに、その短い髪を撫でてそれを同意の返答にした。


それにしても唐突な発想だな。
大佐が言う、それこそ唐突な言葉に俺は耳だけ傾けた。
顔は白い枕にうずめたまま。両手は、白いシーツを掴んだまま。
「何の話?」
そんな体勢のまま話す俺の声は当然いつもより不鮮明でくぐもっていた。
息が荒くなる。
大佐はその舌をよつんばになった俺の後ろの孔にそわせ、すでに俺自身の先走りと精液で濡れているそこを卑猥な音をたてて舐めた。
ぐい、と両手で尻をわって、その分厚く熱い舌を挿入する。
すべての神経がそちらに流れていく前に、俺はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「だから、何の話…だよッ!」
「黒い蝶の話だよ。」
大佐のあまりにも落ち着いた言葉に俺は妙に羞恥心を煽られた。
体が熱を帯び始める。俺の声はこんなに濡れてるのに、大佐はなんともないなんて反則だと思う。
それを誤魔化すように、俺はさらに顔を枕にうずめた。
「君が私を黒い蝶にたとえただろう?いったいどのあたりがそうなのか教えてほしいと思ってね。」
言いながら、その長い指を濡れた肛門に挿入する。
俺は「ひぃッ」と小さく悲鳴をあげた。
「こら、指をそんなに締め付けるな。悪い子だな。」
まんざらでもなさそうな声で大佐は俺に言う。その指が二本、三本と増やされて、大佐はさらに空いた手を俺の前に沿わせる。
「あッ……ひぃあっ…ぁあんっ」
「それで、一体私のどのあたりが黒い蝶なんだね?鋼の。」
後ろに挿入した指を付け根まで挿れてはぎりぎりまで一気に引き抜くということを繰り返しながら聞いてくる大佐に俺は首を振った。
相変わらず前は前で俺のものを優しく愛撫してくる。
「いッ……今聞くっ…なぁ…ぁ…ぁあっん、」
言葉をつむぐのに大変な労力を使ってしまう。俺は呼吸のため、うずめていた顔を横向けに変えた。
「そんなに気持ちがいい?なら仕方がないから一度私の手に出したまえ。」
「ひぃっ…あっあぁっ……ん、んぁッ…ひぃ、あぁん!!」
後ろの指の動きと前をこする指の動きが激しさを増して、俺は耐えられずにはしたない声をあげながら大佐の掌に白濁を吐き出した。
その白く汚れてしまった掌を大佐はこれ見よがしに俺の目の前に見せつけ、顔を背ける暇すら与えずにその指を俺の口に突っ込んだ。
「ほら、綺麗にしなさい。」
俺は舌でその苦い液体を舐め取る。一通り舐め終わると満足したのか大佐が指を引き抜いた。
「本当に悪い子だね。君だけで三回もイッてしまって……私はまだ一度も出していないよ?」
耳元に響くその声と吐息にも俺は敏感に反応してしまう。それだけで局部が熱くなり、じわりと濡れてくるのがわかる。
大佐のこれはわざとだ。粘着質な声も、舌使いも吐息も、その腰を撫でる長い指も全て。全てが俺にとっては媚薬みたいなもので。
「ほらもうこんなにして。」
わざとらしいため息。大佐の指が俺の前をかるく弾いた。
びくん、と体を反って嬌声をあげる俺。視界の端に、口角を上げて目を細めている大佐の姿が映った。
その薄い唇を真っ赤な舌で湿らせる。悔しいけれど、そんなさまを見るだけで俺は欲情してしまう。
犯されたいと思ってしまう。
「た、たいさ…」
「ん?」
「大佐の、舐めていい?」
言うと大佐は考えるふりをする。嫌がるはずも拒否する理由もないのに、少しだけ間をあけて、俺が恥ずかしさに顔を染める時間を与える。
漆黒の双眸に、小さい俺が映っていた。
「いいよ、ほらおいで。」
足をひらく大佐。その間に入って、俺は大佐の猛ったものをとりだしてしゃぶった。
じわり、と先端から透明の液体がこぼれてくる。苦味のあるそれを俺は吸い上げた。
なめているのは俺。大佐は俺に触れてもいない。なのに、俺のそこは痛いくらいに張り詰めていて、先端を濡らす液体は俺の下腹部を汚していた。
口内で、大佐のそれが質量を増す。視線だけを動かして大佐を見た。
大佐は唇を少しだけ開いて、その白い歯と舌をのぞかせていた。
真っ黒い両の目は俺をまっすぐに見据えている。
その目を見ながら、俺は昨日見た夢を思い出していた。


「夢に出てきたんだ。」
ことのあとで、俺はふと声を出した。
軍服の上からではとうていわからない、意外にも逞しい大佐の胸に顔を埋めたまま、その身体をぎゅっと抱きしめる。
「私が?」
大佐の声はどんなに激しいセックスのあとでも乱れない。
「ちげーよ。黒い蝶がだ。」
なんだ私じゃないのか、という言葉には無視で返答した。
「夢に出てきた黒い蝶がさ、ただ黒くて、何の模様も無いのにすっごく綺麗で、きらきら光ってたんだ。」
夢の中で、それは漆黒の両翼をひらひらと動かし太陽の光を受けて輝いていた。
ひらり、ひらりと、それはまっすぐに、ひたすらに高みを目指して。
「それ見てたらあんたを思い出したんだ。あんたを連想したんだ。真っ黒くて、きらきら光って。」
俺は大佐の体を左手でそっと押し返し、距離をとった。
黒い髪に手をのばして、からめとる。
それから白い頬を両手でつかんで、俺は眠そうな大佐の瞼に口付けた。
それから改めてその黒い双眸を見る。
「こんなにも綺麗な色だったんだな、あんたの黒は。」
この世でこれ以上ないくらいいとおしい色。俺はもう一度、その瞼に吸い着いて、にっこり笑ってみせた。
大佐は口を開いて一瞬ためらい、さらに視線を俺からはずしてまたこちらを見た。
照れているのかもしれない。目の前にいる一回り以上年上の大人がこんな表情を浮かべているのを見るのはとても楽しかった。
「君は本当に……」
大佐はそこまで言って俺に口付けた。
長くて、暖かいキスだった。


漆黒の蝶はその両翼をひらりひらりと動かし、ひたすらに高みを目指す。
俺はそれをじっと見ていた。瞬きもしないで、ひたすらに見つめていた。
太陽を目指していた蝶は、ふいに透明の糸に身体の自由を奪われる。
ばさりばさり。足掻くがその糸は小さな身体に食い込むばかりで。
糸の主が、それをじっと見ている。
近寄りもせずにただじっと見ている。
俺は、蝶を見ている。漆黒の羽が白い糸に汚されている。
早く、殺してあげなきゃと思った。
それなのに、俺はその時何も出来なかった。
動く事も、手を伸ばす事も、瞬きすら出来なかった。
漆黒の蝶はその輝きを失わない。
糸の主がゆっくりとその羽に近づく。
糸の主はきっと蝶の黒さに魅せられたに違いない。
そっと近づいて、その輝く羽を貪り始める。
痙攣をおこす漆黒の蝶。
俺はその様子を、瞬きもせずに見つめていた。

漆黒の蝶が足掻くさまを見ていたら、
それを見たら俺は大佐を思い出したんだ。





エロシーンなんて書くつもりなかったのに。(泣)
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