夏祭り。
蝉の声が静かになって、提灯に灯りがともる。
雲ひとつない、すこし蒸し暑さの残る夏の夜。
風が、汗の浮かぶ肌に涼しい。
今宵は木ノ葉の夏祭り。
なじみの忍装束を畳んでなおす。
淡い紫地に桜の花。
久しぶりに浴衣に身を包んだ紅は、丁寧に、しかしすばやく帯を締めた。
手馴れたものだ。しかし、これを着るのは一年ぶりだった。
鏡の前に座って、髪を結わえる。
家の外からは既に祭囃子が聞こえている。
風鈴が、夜風に乗って一声、鳴いた。
開けっ放しの窓。
冷蔵庫から冷えたとっくりと杯をつかんでカカシは今日の生徒の言葉を思い出した。
彼の生徒、ナルト、サスケ、そしてサクラ。
「えー先生ってば、お祭り行かねぇのぉ?!」
とはナルト。
「そーよ、七班みんなで行こうって約束じゃない!」
サクラがサスケを意識しながらわめく。この場合、七班にかこつけてサスケが目当てなのだろう。だからといって、なんで俺まで行かにゃならん、と胸中嘆息のカカシ。
「まぁまぁ!三人で行けばいいじゃないの。友情は忍者には不可欠だからな」
「・・・俺は行かないぞ」
サスケは未だに協調性が足りない。
「えー?!!」
「じゃあさっ、じゃあさっ!!サクラちゃん俺と二人でっ・・・・・・」
「ふざけんじゃないわよ!!なんで私があんたなんかと!」
サクラの一括に怯えるナルト。
「ねぇ、サスケ君、行こうよ〜」
「・・・・・・・・・」
「行けばいいんじゃない?サスケ。忍術ばっか出来ても立派な忍者にはなれないよ。じゃま、そーゆーことで」
「あ、ちょ、先生ぇ!!」
そのままナルトを無視して帰ってしまったのだが。
(あの三人、ちゃんと仲良く行ったかな・・・・・・)
基本的に、あの三人も、他の同い年の下忍たちも仲がいい。
始めぎこちなかったナルトとサスケも最近ではお互いを認め合いつつある。
ま、まだまだガキだけど!と、カカシは嘆息した。
カカシは腕に冷えたとっくりと二つの杯をかかえて、そのまま窓の外へ身を乗り出した。
片手を窓枠のその上へ手をかける。そのまま、腕力で屋根の上へ上った。
月が、里を、優しく照らしている。
とっくりと杯を置いて、瞬く星々を見上げた。
雲ひとつない、木ノ葉の夏の夜。
「あーいい夜だ」
カカシは一人呟いた。
任務の心配も、ガキの声もない、夏らしい夜。
毎年、同じように穏やかで、決して去年の模倣でない、夏祭りの一日。
遠く見えるのは、歴代火影の顔岩。
屋台の明かりが近すぎず遠すぎず、それを照らし出していた。
杯に酒を注ぐ。
「なぁ、紅?」
「気づいてるのにわざと間を置くその態度、なんとかならないの?」
紅がとっくりをはさむ形で立っている。
今日はいつもの忍装束ではなかった。
濃い紫に桜の花びらを散らした柄の浴衣に綺麗に結い上げられた髪。
名前の通りの夕日色の瞳がカカシをまっすぐ見つめている。
「まったく、毎年毎年苦労させるわね」
「好きなんでしょ、そういうのが」
もう一つ、用意していた杯に酒をそそぐ。
「どういう意味よ」
紅がまんざらでもないように毒つきつつ、ゆっくりと座った。
動きにくそうだが、そこが浴衣のいいところだと、カカシがなんとなく紅を見つめた。
そういうカカシはいつもの装束とさして変わり栄えがない。
額当ては、写輪眼のためだから仕方がないが。
しかし今はいつも口元をおおっているマスクをつけていない。
薄い、普段はおがめない、普通なら見れないその唇に杯を運ぶ。
「それにしても変わらないわね。去年も、その前もここでこうしてた」
「そうだっけ?」
とぼけつつ、さらに杯を重ねるカカシ。
紅が空を見上げる。
月と、星々と、太鼓の音。
「・・・屋根の上って、独り占めしてるみたいでしょ?」
唐突にカカシが言った。
紅は彼の横顔を見た。
無表情というわけでもないが、いつもおちつきはらっている彼のいつもと変わらない横顔。
「・・・祭りを?」
「んーまぁ・・・・・・祭りとか、空とか・・・」
「月とか?」
「そうそう」
「屋台とか、提灯とか、一楽の娘さんとか」
「いや、最後のほうのは少し違う気が・・・」
「あら、そう?」
この屋根は高い。下からでは見えない造りになっているし、周りの建物よりはるかに高い為、覗かれることはない。
「ま!とりあえず屋根の上はいいな。誰にも邪魔されないし」
「・・・そうね」
空いた杯に紅が酒をそそぐ。
「明日は休み?」
「・・・ああ」
「そう・・・」
なんとなく黙り込む。
黙り込んで、二人して遠くを見つめた。
カカシが紅を見つめる。紅は杯を見ていた。
酒が嫌いなわけではないが、彼女はゆっくり酒を飲む。
艶やかな黒髪と、燃えるような瞳。
杯と、唇。
襟元に浮かんだ汗と、白い首筋。
「やっぱ、夏と言えば浴衣だな」
「・・・そういうあなたはどうしたのよ?」
「俺か?俺はまぁ来年だな」
「毎年毎年、飽きもせずよく同じことが言えるわよ」
カカシの言葉に紅が苦笑する。
「言ったけ?」
「すぐそう言う」
あくまで知らん顔のカカシに紅がこづく。
「知ってる。カカシはあからさまより思わせぶりなんでしょ?」
カカシが酒を注いでもらいながら、紅を見つめる。
「どういう意味?」
「私が16の時だっけ?ほら、あの時、丈の短い浴衣とか流行ってたじゃない」
「・・・ああ・・・そんなのもあったな」
カカシが言って注いでもらったばかりの酒に口をつける。
軽やかな太鼓の音。人々の喧噪。
夏の夜風が二人の身体を冷やす。
「それを着た私に、あなたなんていったか、覚えてる?」
覚えちゃいない。カカシは言いかけてやめた。
どうせ碌なこといってないんだろ、とすぐに見当はつくが、いちいち自分の言ったことを気にとめる性質でもない。
「いや・・・」
軽く、そうとだけ言った。紅が、言う。
「『見せればいいってもんでもないからなぁ』」
ぶっ!!
カカシが思わず口に含んでいた酒を吹き出す。
「やぁねぇ、自分で言ってのよ?」
紅が笑いながら言った。
「それも私の目の前でひょうひょうと」
「生意気なガキだね〜」
カカシが力なく言う。
彼女は当時16歳。
容姿端麗、妖術に長け、きゃしゃながらも美しい身体を持つ紅が、モテないはずもなく。
昔から、はっきりいってもてていたし、本人もそれを自覚していた。
別に自慢するわけでもひけらかすわけでもないのだが。
ただ一人、カカシだけは一度も紅にこびたことがない。
そして同時に、カカシもえらいモテようだった。彼は当時、15歳。
「今もおんなじよ、ひょうひょうとしてるし、言葉は遠回りだし、行動も不可解だし、イチャパラ依存症気味だし、ゴーイングマイウェイ?」
そんなにか?とカカシが他の人物を思い浮かべる。
「ガイよりましっしょ?」
「ああ、あの人は私の中では場外だから」
「場外?」
「ようするにアウト」
「・・・・・・・・・・・・・・」
いつもは言わないような、見せないような彼女の一面に苦笑しつつ、カカシは杯を空にした。座り直すフリをして、彼女との距離を狭める。
いつのまにか、太鼓や笛の音は止んでいた。
「いい夜ね」
紅が空を見上げた。
「それにいい場所だわ。花火みるには特等席ね」
微笑む。カカシも笑った。
「それが理由で買った家だからな」
「嘘ばっかり」
「あれー信じない?」
「カカシの言うことなんか6割は嘘なんだもの」
「いやーははは」
「もう・・・」
紅がとっくりをもって酒をカカシにすすめる。
杯を受けながら、
「なぁ、紅?」
「なに?」
カカシの空いた手が彼女の肩にかかった。
カカシの顔が近づく。
「キスでもしよっか」
言い終わって、彼女が返答する隙すら与えずに。
彼の唇が、紅のそれをやさしく被う。
花火が、あがった。
「それにしても、毎年毎年準備が出来ないね、紅は」
「毎年毎年不意打ち狙う人に言われたくないわよ」
ほがらかに笑うカカシとすねるような紅。
しかし彼女もまんざらではないようだ。
カカシが酒を仰ぐ。
木ノ葉の空に大きな花が咲き誇って、散ってゆく。
「いいじゃない。好きなんでしょ?こういうの」
返事の変わりに、紅は彼の肩に頭をのっけた。
年に一度の木ノ葉の夏祭り。
花火が、またひとつあがった。
おちまい。
これを書いた時に私には紅姐さんが酒好きだという事実を知らなかったのです…