Mein Name ist


「ちょっと息抜きがしたい」
「却下です」
皇帝最奥の手、上目遣いでおねだり攻撃も、親衛隊長の鉄の壁にあっさり阻まれた。
もしここにいるのが、この銅色の親衛隊長でなくて、鉄壁と名高い砂色の提督だったとしたら、その名に違って、この攻撃であっさりと陥落していただろうに、ああなんて自分は運がないのか、と皇帝は胸中嘆い――てはいなかった。せいぜい、ふん、残念程度のモノである。つーまーらーぬーとペンを回して(大体このペンを持つ必要がない、さっき回ってきた資料は全部電子ファイルだ)、がくんと机に突っ伏してみる。顔は上げずに、ちらっと親衛隊長の様子を窺うが、変わりなし。見えるのは直立不動の軍服ばかりだ。
「じゃあロイエンタールを呼んでも良いか?」
「昼間から飲酒なんて不健全なことはおやめ下さい」
「…予の提案はことごとく却下だな」
それはあなたがことごとくサボろうとしているからですよ、とキスリングとしては突っ込みたかったが、この頭だけは良く回る皇帝のこと、不用意な一言が余計な助け船になってしまう危険があるから、会話は最小限にとどめる。
「予だってたまには息抜きしたいのに」
「しょっちゅうなさっているでしょう」
「計画は立てているけど、実行には移してない。いつも誰かに阻まれる」
「無趣味な癖に何をおっしゃっているんですか。」
「うあ、不敬罪だ不敬罪」
けらけらと笑う。この皇帝は、冗談のセンスもないから、時々ぎょっとすることをきゃらきゃらと言ってみせる。
「不敬罪でも何でも、罰して下さって結構ですよ。それであなたのお転婆が止むなら、私も本望です」
自分の声が、存外に低いことに驚く。言った後でしまったと思ったが後の祭りだった。皇帝のアイスブルーの瞳に、自分の銅色の髪が揺れている。
「キスリング……本気にした?」
「ご自分の言葉の重さを自覚なさって下さいね」
「……うん、わかった」
皇帝は素直に頷く。まるで子供みたいに。知ってるよ、とキスリングは、皇帝の反応に喜んでいる自分を冷たく見ているもう1人の自分に弁明する。
彼が素直なのも、まるで時々こんな子供のような顔を見せるのも、自分の髪の色が、かつて愛した人の色に似ているからで、彼がけして自分を見ていないと――。
ぞっとする、いつか彼が、近くに仕えている自分の名前を間違えて呼びはしないかと。その時自分は何と答えるだろう、違いますよ陛下、私の名前は。