迷いの星 発車後


何もかもを映し出す鏡のような氷に覆われた星、冥王星。
エドワードは眠ったフリをしていた。出発までまだ五時間以上ある銀河鉄道の中で、思い浮かべるのはこの星で初めて見た、そう初めて見たラインハルトの涙だった。
(泣いていた…ラインハルトが…あんなに哀しそうに。)
漆黒の帽子を氷の大地に落とすほどに頭を垂れていたラインハルトの嗚咽が、耳から離れない。白くて細い指が、氷の上におかれて震えているのが、脳裏に焼きついていて離れない。
(何を見ていたんだろう、ラインハルトは……)
冥王星の街の外には広大な墓地が広がっていた。病で死んだ人や、ここで機械の身体に変わった人の抜け殻を安置しているというそこにはたくさんの人々が眠るように身体を横たえていた。いつか、機械になった人間が過去を懐かしんでここを訪れるという。生身の人間だった頃を思い出してここへ来るという。
そして、多くは嘆き悲しむと聞いた。故にここは、宇宙で一番哀しい星だという。
エドワードには不思議だった。永遠の命を手に入れて何を後悔するのだろう。彼は、かつて母親と機械の身体を手に入れることを約束した。その意志が変わることなど永遠にないと彼は信じている。
ホテルで待っててという彼女の言葉を無視して街を出てきたエドワードが、偶然彼女を見かけた場所はまさにその墓地だった。
エドワードは近づけなかった。声を出せなかった。ラインハルトが、泣いている。ただただ何も言わずに膝を折って、クセのある金髪に降ってきた雪を絡ませながらラインハルトは泣いていた。
エドワードはしばらく見つめていたが、いたたまれなくなってホテルへ逃げ帰った。
彼女には、聞けなかった。見られたくなかったから駅で別れたというのに、俺はいやな男だとエドワードは思った。でも、墓地へ行く気にもなれなかった。彼女が何を見ていたのか、見たかったし見たくなかった。
(ラインハルト……)
でも、知りたい。エドワードは彼女のことを知りたかった。
みし、という音がした。うっすらと瞳をあける。エドワードの前に座っていたラインハルトが立ち上がった音だった。見れば、少しだけ目を腫らしている。
また泣いたのかな。エドワードは異様なほど心臓を締め付けられた。目の前にいるのに、彼はどうしていいのかわかわらなかった。ラインハルトが、席を離れる。
エドワードは瞳を開いた。ものすごい不安にかられてしまった彼は、立ち上がって彼女を追いかけた。
彼女が、彼女の黒いコートが、氷の向こうに溶けて消えてしまいそうな気がして、彼は追いかけてラインハルトの背中を抱き締めた。
「っ!?ちょ、な……」
ラインハルトの驚いた声が車両に響く。
「エド…ワード?」
「行くなッ」
「……え?」
「俺を置いて行くな……!!」
振り返ったラインハルトに、エドワードは再び抱きついた。腕に力を込める。香水などの作り物でない、女性のいい香りがした。
ラインハルトはしばらく無言だったが、きょとんとした顔のままつぶやいた。
「私はトイレに行きたかっただけなのだが……」
「へ?」
「一緒に行きたいのか?」
首をかしげるラインハルトに、エドワードは我に返った。顔に血液が上って爆発しそうなほど真っ赤になる。
「あ…」
「可笑しな奴だな。さっきまで眠っていたのに。」
「っ……!!な、なんでもねぇもう忘れてくれ!」
焦って席に走っていくエドワードの背中を、ラインハルトは見つめていた。赤いマントの上で三つ編みが揺れている。
「私は……お前を置いて、どこへもいかぬ。」
小さい呟きを残して、彼女は踵を返した。
エドワードの耳が、真っ赤に染まっていた。