ラインハルトは、ミュラーの家に一度も行かなかったし、ミュラーもラインハルトの家を知らなかった。
会う約束などしないで、時々夜、マッチを買いにくるミュラーをラインハルトは笑って迎えて。路上でしか会えないかと思えば、墓地や商店街でもたまに出くわしては、二人で長い間話をした。
ラインハルトは、頭のいい子どもだった。ミュラーのする海外情勢の話に彼は多大な興味を持った。ミュラーが意見を求めれば、彼ははっきりとした彼の信念に基づいた答えを吐き出した。彼の考えは、その一部は机上の空論にすぎなかったし、ミュラーのような専門家からすれば奇抜というより不可能な感も確かに否めなかった。しかし完全に否定できない何かがあった。それは若さゆえの勢いという、ただそれだけではなかった。ミュラーは感嘆せざるを得なかった。ラインハルトは頭のいい少年だ。ミュラーは、確かにそう感じた。
そんなラインハルトが、思いも寄らないことを呟いて、ミュラーは耳を疑った。これは夢か、とも思った。
雪の降らない、月のまぶしい夜だった。
相変わらず素足のラインハルトは、視線を地面に向けたまま動かない。ミュラーは何度も瞬きをして、もう一度、ゆっくりと息を吐き出した。
「ラインハルト?今、なんと…?」
「私を買ってくれ。」
ぽつり、と彼の美しい声が、暗く沈んだままの声音でそんな言葉をつむぎだす。ミュラーには信じられなかった。もしくは、俺の思考は間違っているのか?ミュラーはその曖昧な言葉の明確な意味を探したが、それはそれ以外の意味を成しえないように思われた。
つまり彼は、ミュラーに売春をすると、そう言うのだろうか。ミュラーは頭を振った。
「ラインハルト、言っている意味がわからないよ。君はつまりその…」
「私の身体を…欲しくないのか?」
「……。」
ミュラーは背筋に何かが走るのを感じた。それは悪寒。取り憑かれる恐さ。
ラインハルトの瞳は濡れて、乾いた唇を真っ赤な舌で湿らせる仕草にミュラーは憑かれた。動けなくなった。
熱いのは身体か心か。
「ミュラー…?」
覗き込まれて、ミュラーはその氷の瞳に射抜かれた。どうしようもない重力に引き寄せられる。どうしようもない圧力が視界を狭めていく。
どうしようもない、衝動に駆られてゆく。
想い願っていたものを、金で買うのか。
ミュラーは、しかし目の前の少年を抱き締めた。強く強く抱き締めて、彼はとめていた馬車に、初めて少年を乗せた。
ミュラーの家を見上げて、ラインハルトはしかし何も言わなかった。ミュラーは少年の肩を抱いて、家に入る。
使用人がミュラーのコートを脱がし、ラインハルトを見て口を開きかけたが、ミュラーに一瞥されてやめた。
「彼を風呂にいれてくれ。」
ラインハルトの頭を撫でながらミュラーが言うと、二人の女性がどうぞこちらへ、と奥へ導く。ラインハルトのまなざしに不安などはなかった。背筋を伸ばしたまま、振り返りもしないで風呂場へ向かう。
ミュラーは、その背中を見つめながら自分の判断の正当性を自問したが、したところで無駄たとわかっていたからすぐにやめてしまった。
軽い食事の用意を彼は自室に用意させて、酒を煽りながらラインハルトを待った。
ドアが開いて、外の明るい光が差し込んできてミュラーは顔をあげた。金色の頭が部屋に入って、そのドアを後ろ手に閉める。薄暗く静まり返る部屋に、大きな真っ白いバスローブだけを身にまとった少年は、その場で立ったまま、その瞳でミュラーを見据えた。
ミュラーは気恥ずかしくなって、目をそらす。やけに白い肌に浮かぶ水滴と、まだ湿り気のある黄金の髪から放たれている甘い匂いにめまいすら覚えた。
「あの、何か食べないか?ここに用意してあるから好きなものを……」
言っているうちに、その視界に白いものが見えてミュラーは顔をあげた。ラインハルトが無言のままそばまで来ていたものだから、彼は驚いて言葉を飲み込んでしまった。
ラインハルトの蒼氷色の瞳に表情はなかった。
「あの……食べ物を……」
「いらぬ。」
ラインハルトは睨むようにその瞳を細めた。何かを言いかけて開いた唇をもう一度閉じて、困ったように瞳を伏せる。ミュラーも、何を言うこともできなかった。金で買い取ったはずなのに、そして年長者だというのに。ミュラーの上にそれらのプレッシャーがのしかかってきて、さらに口が重くなる。しばらく部屋に呼吸音だけが響いた。
ラインハルトは、唾を飲み込み、意を決したように顔をあげた。砂色のミュラーの瞳が見える。
「早く抱け。」
「ぇ…ぁ…」
「……卿は童貞か?」
突然の言葉にミュラーは目を丸く見開いたが、すぐに首を振って否定した。ラインハルトが不機嫌そうな表情を顔面に貼り付けたまま、低い声音でまくし立てる。
「私は童貞だ。」
「え?」
「だから要領がわからぬ。早くお前がどうにかしろ。」
「………わかった。」
おかしな問答なのになぜか笑う気にはなれないで、ミュラーは真面目に返答した。生唾を、今度はミュラーが飲み込んで立ち上がる。立ち上がればラインハルトよりも高い身長、ラインハルトは彼を見上げて後ずさった。薄暗い部屋の中、ミュラーの顔が丁度影になってよく見えない。
「恐がらなくていいよ。」
「恐くなどな………っ、」
語尾が途切れて、息を飲み込む音が続いた。ミュラーの手が、ラインハルトの髪をすりぬけて、その頬に触れた。大きくて、少し硬い手は、自分のものとは違って少しかさかさしていた。ラインハルトは動悸が早まるのを自覚した。
ミュラーが、少し屈んでラインハルトの顔を覗き込んだ。薄く開いた唇を指でなぞって、濡れた髪に唇を落とす。甘い香りが鼻腔を刺激する。その細くて柔らかな髪に何度も何度も口付けてから、ミュラーはラインハルトを抱き上げた。羽織っていたローブが緩んで、はだけた白い肌が濡れている。ミュラーは、少年の身体をゆっくりとベッドに下ろした。隣に横たわったミュラーは、その黄金色の髪を撫でながら、耳元に顔を埋めた。少年の愛しい名前を囁きかけると、その身体がぴくりと跳ねた。横目で盗み見れば、その頬が照明の効果を越えて染まっていた。眉間に皺を寄せて唇をかみ締めている。ミュラーは、耳たぶに舌を伸ばして、そっと口に含んで舌で転がした。
かすかに苦しげな息を漏らす様子に、ミュラーはさらに行為を進めた。首筋に吸い付き、腰紐を解いて広く開いた胸を撫でる。小さい突起を指先で弄ぶと、そこがこりこりと頭をもたげてきたのがわかった。
少年の顔を、ミュラーは正面から見ようとその身体に跨った。その視線から逃げるように、ラインハルトは顔をそむけ、両腕で顔を覆う。ミュラーは腕からはみ出したようにそこにある唇を見つめた。綺麗に並んだ歯列の奥にちろちろと揺れる真っ赤な舌が見えて、ミュラーは欲情した。むしゃぶりつくようにその唇を奪って、舌を差し込む。ラインハルトの零した息すら逃したくない思いで、ミュラーは夢中になって吸い付いた。
手で、滑らかな肌を撫でる。少し押せば跳ね返ってくる弾力のある肌に、顔を上げたミュラーは再び唇を落として、いくつもの痕を残した。赤くそまる肌に吸い付き、舌で愛撫して、胸の突起を弄ぶと、ラインハルトの唇から初めて、大きな嬌声が漏れた。
「あぁッ…」
掠れた、女のような声に一番驚いたのは本人だった。ミュラーは、その顔を見たいと思った。けれど、その腕を無理やり引き剥がすことは出来そうになかった。
「ラインハルト……」
愛しい名を何度も何度も囁いて、ミュラーは手をそっと下腹部へ滑らせた。指先が、反り返ったそれの先端に触れられて、ラインハルトはびくりと腰を浮かせた。初めて他人に触れられるそこは、どくどくと脈打っていた。ミュラーはその輪郭を指でなぞり、根元をそっと包み込んだ。
「ぁッ…ひ、や…」
「可愛らしいね、ラインハルトのここは……」
まだ幼い色をしたそこを見つめて、ミュラーはため息をついた。両手で包み込み、優しく上下に扱き上げる。先端から透明の液体がちろちろ漏れ出したのを見て、ためらいなく舌を伸ばしてそれに吸い付く。
ラインハルトは、自分の腕の中で、鋭い瞳を大きく見開いて驚いた。そのような愛撫の仕方を、彼は知らない。聞いたこともなかった。排泄物に、他人の舌が這いまわっている。自分の性器が、男の口の中に吸い込まれていく感触。ラインハルトは不潔だと罵りたかった。誰よりも自分に。
「ぁあんっ、ひ…ぁあ…」
こんな声を出してしまう自分が恥ずかしい。ミュラーは、恥ずかしげに身をよじるラインハルトをみて下半身に熱が集まるのがわかった。
あの、街頭で見たあの瞬間から、彼の心を掴んだ金髪の少年の白い肌が目の前にある。その事実に酔いそうになる。不謹慎だと思いながらも何度も頭に想ったその美しい身体が目の前にある。
ラインハルトの心などわからない。ミュラーは必死になって愛撫した。今までの経験を全部そこへ集めた。金で少年を買ったという事実を、少年の喘ぎにかき消してしまおうと足掻いた。忘れてしまおうとした。
少年が、身をよじる。自分の痴態を罵る声が大きくなればなるほど彼は淫らに声をあげた。自己防衛かもしれない。少年の脳裏で彼を罵倒する声が、自分と最も親しかった人の声に重なった。
「ぁッ、ひやぁ…ん……ぁ、や…ご、ごめ…ぁ、きゃあぁあぁあんッ!」
ラインハルトはミュラーの口の中で精を吐き出した。