究極のマンネリだ。
ロイ・マスタングと出会ったのは11歳の時だ。その時自分は人生最悪どん底にいて、あの人はその自分を引っ張り上げてくれた人だった。あの惨状を見て、誰も叱れなかった自分を叱った人だ。あの時の彼は格好良かった、とよく覚えても居ない癖にエドワードはアルフォンスによく惚気た。あぁはいはい准将は格好良いよね、ところで明日提出の書類は出来たの、と聞き流しながらも、アルフォンスはまぁ兄が幸せなら良いかと考えていた。あの頃の話が出来るのも、自分達が元に戻れたからだし、心の傷も癒えてきたと言うことだろうと。
「兄さん幸せそうだよね」
とはその頃のアルフォンスの口癖だった。思い出したようにエドワードが惚気出すのを、アルフォンスは大体その言葉で受け流した。鎧の身体でないことの欠点は、どんなにポーカーフェイスを気取っても繕いきれないことだ――アルフォンスが呆れた顔をしてみても、エドワードは嬉しそうに笑っていた。
「兄さん、最近マスタングさんとうまくいってる?」
アルフォンスが兄の顔色を窺うように聞いたとき、既にそんな惚気が聞けなくなって数年経っていた。
エドワードはうん、うまくやってるよ、と言う。エドワードはロイと同棲を始めて既に5年、アルフォンスも独立して1人暮らし、研究の忙しいエドワードとアルフォンスが最近会うことも少なくなった。昔は毎日ずっと一緒だったのにね、とアルフォンスが寂しそうに笑って、エドワードもそうだな、と答えた。マスタングさんははうまい具合に出世街道に乗ったね浮気は大丈夫?とか、おまえこそ女取っ替え引っ替えだって噂聞くぞとかいう軽口の内容も、なんだか昔に比べて擦れたというか。
「兄さん、ほんとにうまくいってる?」
アルフォンスの言葉に、エドワードは一瞬うん?とパスタを口に運ぶ手を止めた。暫く考えて、あ、と言って続ける。
「何それ、またロイの話?」
おまえ、話題が戻りすぎ、と笑って水に手を伸ばす。汗を掻いていたグラスが指先を湿らせた。
「あ、うん、ごめん。最近ほら、昔みたいに惚気話とか聞かないから」
あー…とエドワードは顔に添えた指をとんとんと動かした。エドワードは言葉を慎重に選んだ。蓮っ葉に、もうあいつの事なんて、と嘘ぶく気分ではないし、だからといって自分とロイがあの頃のままの関係だとは言い難い。良くも悪くも、時間が経ってしまった。
「ほら、あの頃はさ、おまえもおれも、元に戻って浮かれてたし」
「うん」
「それにほら、まだ若かったし……今更、惚気とかないだろ」
結局良い言い方が見つからなくて笑って誤魔化したのを、アルフォンスは照れ笑いだと合点したらしかった。
派手な女性関係を展開していると巷で評判の美男子は、真剣だった瞳をふっと緩ませた。
「それなら良いんだけど」
「おまえ、心配しすぎ」
笑いながら、でも多分昔の俺たちだったら、この程度の嘘はすぐ見抜いてたよな、とエドワードは寂しかった。
ただいま、と呟いたが、返事は返ってこなかった。ロイは今頃、司令部で会議だか接待だかで、とにかく今日は遅くなるよと言っていた。それは恋人同士の朝の甘い会話とかでなくて、業務連絡の一環だった。
白い玄関。昼間雇っているハウスキーパーは、自分の仕事をいつも完璧にこなしている。
荷物を置く前に、風呂場を覗いて浴槽に水を張る。白い浴槽は、同棲する時にロイが選んで買った物だ。清潔感があって良いと喜んでいた白い陶器の浴槽も、今ではベテランのハウスキーパーでさえ落とせない生活感がこびりついている。
湯が浴槽に跳ね返って弾ける音を聞きながら、エドワードはリビングに夜食のサラミを置いてミルクを沸かした。味覚の変化か、あれほど嫌っていた牛乳も、温めて砂糖を入れれば睡眠導入剤と思って飲めるようになった。
砂糖を入れて甘さを調節しながら、エドワードは溜息を吐く。
弟と会話をしていて、一瞬でも疲れたと思う自分が厭だった。2人とも年を取って変わっていてもおかしくないのに、そんな変化は許されない物のように感じた。それは自分が司令部に赴く時の後ろめたさと似ている。自分はいつまでも、あの昔からのメンバーの中では天真爛漫に、ロイとの良好な関係を演出する必要がある。――別に仲が悪いわけではないのだから、演技をする必要はないのに。それでも、昔のようなじゃれ合いやスキンシップを、心の底から出来ない自分のどこかに罪悪感がある。
別れよう、とロイに告げるのを、何度湯船につかりながら妄想したか判らない。ちゃぷん、とエドワードは1人ではいるには大きすぎる浴槽の床に三角座りをした。首を竦めると、顎が水面に当たって気持ちが良い。
別れよう、と妄想の中の自分が言う。エドワードの中、自分と向かい合っているロイは、え、と驚いた顔をする。
待ってくれエドワード、と彼は自分の真意を尋ねるだろう。いきなり別れると言ったところで、本気で取り合って貰えない「自信」はある。それは確信に近い想像だった。
「わかれる」
エドワードの声は湯船に反響して、蒸気にとけた。絶対にロイには言わない言葉。こうやって一緒に住むのも、おはようと言ってキスをするのもセックスをするのも、究極のマンネリだ。いつからセックスは愛情表現ではなく、愛情の確認方法になってしまったんだろう、とエドワードはげんなりする。
だからといって、この生活を壊す勇気なんて持っていない。別れようなんて、言えるのは誰も聞いていない湯船の中だけだ。ロイがもし「別れようかエドワード」なんて言ったら、多分自分はみっともなく泣いて縋ると思う。そしてありとあらゆる手を使って、彼を束縛するだろう。アルフォンスにも泣きついて、ホークアイに根回しをして、グレイシアに告げ口する。エドワード好きだよ、といつものように彼が囁くまで、きっと自分は生きた心地がしない。……なのに浴槽で1人、ロイと別れることを妄想する自分が居る。
危うく逆上せそうになって、もう止めよう、とエドワードは湯船から上がってタオルを掴んだ。