make me fool


「……漆黒の長い髪の毛」
豪奢に揺れる金髪を煩わしげに空いた手で後ろに流して、皇帝は、たった今見付けた一本の黒い髪を白い親指と人差し指でつまんで視線の高さまで引き上げた。
蒼氷瞳がそれを注視する。その視線は、髪の一筋くらい灼き切れそうな程の冷たさ。だがしかしそれくらいではこの図太い男の神経を刺激するには到らなかったようで、その髪を皇帝の私室に運んで来た当の運搬人は、しれっとした顔のまま軍服を羽織る。
皇帝の独白は続く。
「ちなみにその前は、赤みがかった茶色だった。その前は淡い金髪」
「……………………………」
まるで昨日までの天気を思い出すように、繰り言を淡々とならべるラインハルトに、男が小さく口元に笑みを浮かべた。
「さらに予の天才的な記憶力によると、その前の前の前の女の髪の色は薄い水色だった。…ん?卿はファーレンハイトと付き合っていたのか?」
几帳面に、指を折って女の数を数えていた皇帝の手を取り、優しく包む。小首をかしげた彼のこめかみにキスを。
「……ご冗談を」
顔を離して、ロイエンタールは微笑む。ラインハルトは無表情のまま、そうか、と言うと、それきり黒い髪には興味を失ったのか、文字通りぽいっと空中にそれを投げ捨てた。
「元帥と上級大将の恋愛沙汰なんか、良いスキャンダルなのにな。」
「皇帝と元帥の爛れた関係の方がよっぽどスクープですよ」
言って、ロイエンタールは青いマントを長身に絡める。先程まで晒されていた白くて筋肉質な身体が、きっちりと黒い軍服で固められていくのを、ラインハルトはぼーっと眺めていた。幼い頃にキルヒアイスと見た、戦隊モノの変身シーンみたいだ、と思う。少しばかりスローモーションだけれども。
自分はと言えば、タオルケットを身体に撒いただけの情事の後というそのままの姿で、確かにロイエンタールが言うとおり、こんな所を写真に撮られたりすればそれこそ大問題なのだろうけれど、そこは良くも悪くも専制国家。
皇帝の寝室をまさか盗撮できるわけもなく(例えそれが許されたとしても、頼れる親衛隊長が扉の前に居る限り、盗撮なんて不可能で)、それが解っているからこそロイエンタールのこの余裕。
「ほら、早く服を着てください。風邪引きますよ」
自分だけしっかり着替え終わってからのこの台詞。本当に心配しているのなら、自分が身なりを整える前に先に予の面倒を見たらどうだと、不満がぼんやりラインハルトの胸の底に湧いたが、ほんとうに僅かな不満だったから、すぐに枯れてしまった。
素直に頷いて、身体を起こしてベッドの端に座り、散らかされていた軍服に手を伸ばす。
「それより卿は、もう少し身の回りに気を遣ってくれる女性を見付けた方が良いぞ」
軍服に腕を通しながらラインハルトが言った言葉に、ロイエンタールが面白そうに返した。
「まるでミッターマイヤー元帥のような事を言いますね。」
「だって予の寝室に来るのに、他の女の毛ばかりくっつけてきて。ちょっと皇帝に対して失礼だぞ」
まさか本当に自分に対して失礼なんてこれっぽっちも思っていない。寧ろ「皇帝」と言う権威に対して失礼じゃないのかと思う。「元帥」の地位にある者が「皇帝」に取る態度としては甚だ模範的ではない。(夜這いを書けてくる時点で既に不健全なのだが)
「そのうち、予の髪の毛を付けて他の女の所に行ってしまうぞ」
「それはありませんよ」
帰り支度を着々と進めながら、ロイエンタールは答えた。極上の笑顔付きで。
「あなたのお相手をした後は他にどんな女を見ても美しいと思えませんから、女の所へ行くのは少し時間をおくようにしているのです」
ふーん、とラインハルトは気のない相槌をして、疲れた、と呟いてもう一度ベッドに上半身を沈める。
「二度寝はやめてくださいね」
「うるさい。おまえの二枚舌にうんざりしたから寝る。」
低い声でラインハルトが言う。毛布の谷間に顔を埋めていたせいで、余計にくぐもって不明瞭。
ロイエンタールは苦笑して、ベッドの上に広がった金髪を撫でた。
「せっかくセックスの後なのに、もう少し楽しそうになさって下さいよ」
「う・る・さ・い」
顔の角度を変えて、ラインハルトがその手から逃れる。その綺麗な瞳も、血色の良い唇も髪に隠れて見えない。
「顔を見せてください、寂しいですよ。綺麗な笑顔を見せてください?」
ロイエンタールの全て計算された、慰めると言うより台本を読んでいくような言葉に応えて、ラインハルトは少しだけ顔を傾けて、瞳だけロイエンタールに向けた。
「……よく回る舌だな。卿は5枚くらい舌があるんじゃないか」
「そんなにあったら絡まってしまいますよ」
「……卿の舌が絡まって解けなくなったら、予が舌を切って助けてやる」
「喋れなくなりますよ。声が聞けないのは寂しいでしょう」
「喋れなくなったら笑ってやる」
ラインハルトが、にやりと言った。