ひどく降る日だった。
安物のカーテンをひいて、隙間から空を見る。黒い雲が太陽を隠して、今が朝なのか昼なのかわからない。時間感覚が狂うな、とエドワードは呟いた。昨日から妙に手足の付け根が痛むと思ったらこれだ。エドワードは右肩を回した。何も纏っていない上半身から、さっきまで宿っていた熱が消えかかっている。
エドワードは冷えていく体を意識しながら、左手で窓に触れた。ぞくり、と腕に鳥肌がたった。後ろで、衣擦れの音がする。エドワードは左手で落書きをした。
unfortunately.意味なんてない、頭に浮んだ単語がそれだった。それが雨に対することなのか自分に対することなのか、それともこの状況に対するものなのかわからない。
エドワードは唇の端を歪ませた。全然関係ないのにものをむりやり自分と繋げようとして無駄に足掻いてる今の自分に対する表情だった。それを誰も苦笑とは呼ばないだろう。エドワードは思った。不幸の主人公ぶるクセなんて、昔はなかったのになぁ。

ぎしりとベッドがきしんで、次に床を踏む少し湿っぽい音がした。ぺた、ぺた。エドワードはガラスに映る部屋の中を見た。乱れたベッド、木製の小さい机、壁にはロケットのポスター。自分の真後ろには自分よりも背の高い少年が腫れぼったい目でこっちを見ている。乱れた金色の髪は、彼のそれと似ているけれど、違う。
彼は、にこりと笑うでもなく、そのまま倒れこむようにエドワードを後ろから抱きすくめた。
何も着ていないままの状態で、エドワードは彼の体温を背中に感じた。耳元で欠伸をする声を聞く。それから、低く甘い声で、おはようと言う。吐息を零すような声だ。
エドワードは相変わらず甘いなぁと、まるで砂糖菓子を食わされたような気にさせられる。
「おはよ、アルフォンス。」
エドワードの声はアルフォンスのそれよりも少し高い。朝の第一声はいつも掠れているが、今日はさらに酷かった。ほとんど息だけのような声。
エドワードは咳払いをした。エドワードの左肩にアルフォンスが顎を乗せると、エドワードはほんの少しだけ、頬をすり寄せてきた。
アルフォンスは素直に喜んでその頬に軽く唇を当てる。エドワードさんの肌は塩っぽい、アルフォンスは舌で肌をすくってそう思った。そしてそれは、決して嫌いな味じゃないなと。
「雨、すごいね。」
アルフォンスは視線を少し上に向けた。彼は出来るだけエドワードの耳元で声を出すようにしている。ん、と一瞬漏れた息を、アルフォンスは聞き逃さない。エドワードはそれでも何もなかったかのように調子を合わせて言った。
「ああ、土砂降り。」
「昨日エドワードさんが言ったとおりだ。」
「うん。」
アルフォンスはくすくす笑ったがエドワードは笑わなかった。
「アルフォンス、腹減った?」
彼は首を横に振る。エドワードは、実は俺も、と言った。
「俺も今日は食欲ない。」
そう言って彼は振り返ると伸ばした掌をアルフォンスの頬にそえた。背伸びをして、口付ける。アルフォンスはそれに応じた。雨の叩きつける音とは別の、生々しい水音が響く。エドワードが唇を離すとアルフォンスは追いかけるようにキスをした。背伸びが辛くなったのか、一段低くなるエドワードの顎を持ち上げて吸い上げる。エドワードは眉を寄せた。そこまできてやっと、アルフォンスは彼を解放する。
長い長いキスの後、アルフォンスは無言でカーテンを閉めた。
「今日は一日雨かなぁ?」
呟きながら振り返る。エドワードは床に落ちた枕を拾い上げながら、そうなるだろうなと答える。ベッドを整えるエドワードの後ろ姿を、アルフォンスはまた抱きすくめた。そのまま体重をかけて、二人ベッドに勢いよく倒れこむ。
エドワードは、雨の音が一瞬遠退いたような気がした。


アルフォンスっていい名前だよな。エドワードに言われたアルフォンスは、心の底から幸せに包まれた。その名前が、異世界にいるらしい彼の弟の名前だと知ったのは後のことだったから、その時はどれだけ嬉しかったことか。アルフォンスは、エドワードの好きなものを全部知りたいと思った。彼の過去を全て知りたいと願った。
それと同時に、彼の過去に嫉妬した。自分の知らない彼を知っている人間を酷く妬んだ。エドワードは、彼の昔を話す時決まって遠くを見る。その瞳には、何も映っていなかった。映らない何かを、エドワードは酷く模索して止まなかった。


セックスの最中、エドワードはやたらとアルフォンスの名前を呼んだ。それはアルフォンスを大いに喜ばせた。エドワードはセックスの最中いつも瞳を濡らしているようにアルフォンスには思えた。アルフォンスはそれもいとおしいと思った。涙と一緒にその金色まで零れてしまいそうに見える瞳、濡れた睫はいつもより黒ずんだ金色で、口からは擦れて今にも消え入りそうな声。
「あ、アル…アルフォンス…!」
ベッドの上で、アルフォンスとエドワードはお互いを抱きしめた。あぐらをかいたアルフォンスの上に、エドワードが乗る形で。二人とも体中に汗をかいていた。
「なに?どうしたの?エドワードさん。」
アルフォンスが微笑むが、エドワードには見えていないようだった。いつもするように、眉間に皺を寄せて、うめく。
「も、ムリ、我慢できねぇ…」
「大丈夫だよ、まだ。だってさっき出したとこですもん、我慢してください。」
容赦なく言うアルフォンスに、エドワードが反論しようとする。何か言葉を発する前に、アルフォンスは軽く腰をもちあげた。下から突き上げると、がくがくとまるで安物の玩具のように首をがくがくと揺らすエドワード。汗で金髪が肌に張り付いている。
「やッ…あぁっ…やだよムリだよもう出ちゃう…!!」
「えぇー。」
「っ、お願い、アル…アルフォンスお願い…!」
「………仕方ないですね。」
エドワードの耳元で、アルフォンスは言ってから息を吹きかけた。ぶるっと震えるエドワード。アルフォンスは、口角を持ち上げた。そっと、エドワードの股間に手を伸ばす。熱く猛ったその根元に食い込む、ピンク色のゴムをひっぱる。
「あっ…あぁっ、アル…早く、して…」
「エドワードさん、僕のこと好き?好きって言ってくれたら、解いてあげます。」
「…好き、大好き。アルフォンスが一番好き!」
言って、真っ赤に染まるエドワードの首筋に、アルフォンスは唇を落とした。
「なんていい子…」
ゴムを解いて、はちきれそうになったエドワードの秘部を両手で包んでやると、精液を搾り出すように思い切り擦りだした。
「ああぁあッ!!!」
痙攣を起こすエドワード。無意識に後孔を締め付けて、中にいたアルフォンスも眉を寄せてうめいた。
「きっつ…エドワードさん、そんなしめちゃだめだって…」
「あぁっ、や、も…イくっ…ィっちゃ…」
「僕も、中に出していいですか?」
「ん、いいよ、出して、な、っ……あぁんっ!!」
「っ…!」
射精して、エドワードは背中からベッドに倒れこんだ。覆いかぶさるように、倒れてくるアルフォンスを乗せながら、荒い息を吐く。
急劇に、二人の耳に雨の音が戻ってきていた。

雨は、エドワードの予想通り、やみそうになかった。ベッドサイドに放置していた腕時計に、アルフォンスが手を伸ばす。四時。何か食べましょうか?と隣で天井をにらんでいるエドワードに声をかけた。
本人にそんな気はないのだろうが、アルフォンスには天井に喧嘩を売っているようにしか見えなかった。見た目にも汗にまみれた前髪を片手ですべて後ろになでると、つるんとした綺麗な肌がよく見えた。
「食べる。」
「何かあったかな…ソーセージなら買い置きがあったかも…」
「なぁ、アルフォンス。」
ベッドから起き上がろうとしたアルフォンスに、エドワードが声をかける。ベッドの端に座って、アルフォンスは声の主を見た。どうしたんですか?と首をかしげるが、彼はこちらを見てはいなかった。相変わらず、金色の両眼は焦点を白い天井に向けたまま。ぴくりとも動かない。アルフォンスはも一度、同じ質問をした。
「どうかしたんですか?」
「俺、好きだよ。アルフォンスのこと。」
「……。」
「アルフォンスを愛してるよ。」
「………ありがとうございます。」
僕もですよ、とは言えなかった。アルフォンスは、その言葉をいつものように呑み込んだ。
彼の言葉を深読みしたり裏返したりする体力は、アルフォンスにはもう残ってはいなかった。