告白3〜遅い春到来〜


事の起こりは数週間前の神田の劇的な告白に端を発する。
食堂でおまえが好きだとあれだけ大声で叫べば、嫌でも噂は教団中に広まるというもの、しかもその後二人並んで仲良く(あれだけ険悪だったアレンと神田が!)食堂やら浴場に向かう彼らを見て、あまりのその異様さに失神したものもいるとか居ないとかで。
アレンにしてみれば、神田に対して食事時に邪魔をしてくるちょっと鬱陶しい人とは思っていたけれど、だからといってそれ以上の(好きとか嫌いとか言う激しい)感情はなかったから、告白されて断るほどでもなくて、まぁいっか僕のことすきだって言ってくれてるんだし位に考えて神田の告白を受け入れたのだけれど、神田は違う。
好きな子ほどいじめたくなるという、一見幼稚園児に近い天邪鬼な愛情表現は、裏を返せばそれだけアレンが好きだったということで、その気持ちを受け入れられた今、まさに人生の春絶好調。
この明らかにずれた二人の温度差でそれでも数週間何事もなく続いたのは、奇跡としか言いようがない。
普通のカップルなら3日と続かないと思うわ、とリナリーが言ったのには科学班全員が納得した。
常に仏頂面、世の中すべてに喧嘩を売ってるような神田が有頂天に浮かれた位がやっと、アレンの平常時のテンションとちょうどいいバランスが取れているのだ。
それでもやはりその最初から少しずつずれた二人の関係が上手くいくはずがなくて、最初に違和感を感じたのは、やはり冷静なアレンのほうだった。
「どうして、一緒にご飯食べてるんでしょう、僕達」
「どうしてって…」
食事中にいきなりそういわれて神田が詰まったのは仕方がないことかもしれない。付き合い始めて一番最初に神田が言い出したのは、食べれるときは一緒にご飯を食べようということだった。
それまでは神田が、アレンが食事に行くのを見計らって食堂に向かって(ただのストーカー)、なんとか一緒の席についていた。が、これからは堂々と(今までのなにが堂々とでなかったのかアレンには解らないが)二人で食べれることが神田には嬉しかったのに、まさかそれを根底から覆されるようなことを言われるとは。

もともと、温度差云々以前に、この二人は恋愛に対しての価値観が違う。あまり家族運と言うか、養父と暮らした期間を除けば(その幸せな時間も長くは続かなかった訳だけれど)愛情に恵まれたとは言いがたいアレンは、恋愛に対してもものすごくシビアな意見を持っている。
べったりするのは好まないし、そもそも好き、とか嫌い、とかそういう誰かに対して強い感情はあまり持たない。せいぜい苦手、とか気に入ってる、程度で。だから誰に対しても穏やかで、誰に対してもやさしい。
そして必要であれば一緒に行動するけれど、必要でなければ一人で居るのが楽だと思う。

対する神田は、むやみやたらに他人との接触を好まないから、彼をあまり知らない人には乱暴とか冷たいとか口が悪いとか言われるけれど、自分が好きだと思った人間に対しては一途だし、優しい。人付き合いに対しての器用さはないが、誠実だといえば誠実。
だから、出来る限りアレンとは離れたくなかったが、任務激務をこなすエクソシストにそれは難しかったからせめて食事時だけでも一緒にいたいと思っていたのに。

しかしアレンとしてはそれは少し重くて、本音を言えば少し鬱陶しいかな、とも思う。

「神田、一緒に食べるのしんどくないですか?僕、食べてるときあんまり喋らないですし」
「別に…」
一緒に居てしんどい、とか言う概念は神田にはないから混乱する。そんな神田を見て、アレンも混乱する。
「神田がいいって言うなら、良いんですけど」
食事のたびに喧嘩していた以前より、状況は改善されているから、神田がそれで構わないならアレンだって文句を言うつもりはないけれど。
「でも悪い気がするじゃないですか。喋らないの」
「……俺だって喋ってねぇだろ」
「神田はいつものことですけど」
「じゃあいいだろ。」
「そうですか…?」
ならいいんです、と豚の角煮を口に運んでそれきり喋らなくなるアレンを、神田は何か言いた気な目でしばらく見ていたが(基本的に小食な彼は食べるもの早い)、やがて意を決して口を開いた。
「…おまえは」
「ふぁい?」
口いっぱいにサンドウィッチを詰め込んでいたアレンは、彼の声の低さにあわてて顔を上げる。
「俺と居るのがいやなのか?」
「へ?」
「さっきそんな感じだったじゃねぇか」
「その話はとっくに終わったと思ってましたよ……」
「終わってねぇよ。」
意外と根に持つタイプなんだ、ということにも気づいて、アレンは頭を抱える。もしかして今自分が食べている間、それをずっと考えて居たんではないだろうか。
「嫌じゃないですよ何言ってるんですか」
「だってさっき」
「神田しつこいです」
ぴしゃりと言われて神田はぐぅと黙った。
「僕は神田に気を使ってるんですよ。ひとことも喋らないで食べてるからつまんないんじゃないかって」
「余計なんだよ気遣いが」
「余計って何ですか余計って!神田なんか気も遣ってないじゃないですか僕に!」
「使ってるだろうが精一杯!」
「へぇぇぇぇ、あれで精一杯なんですか、じゃあ神田は常に命はって気を遣わなきゃ、人付き合いなんか出来ませんよ!」
突如始まった言い争いに、思わず周りがぎょっとする。神田だけならともかく、普段温厚なアレンまでが必死になって怒鳴っているからだ。
それでも大方の予想通り、先に切れたのは神田のほう。
アレンの言葉に、ばんっと机をたたいて椅子をひっくり返すと、すたすたと部屋に帰ってしまった。
食堂に落ちる沈黙。
アレンは神田が去るのを見届けると、何も言わずに食事を再開した。
それはちょうど、あの神田の告白の日と同じ光景で、ただ違うのはその場の雰囲気が凍りつくように寒々しかったということだけだった。

アレンは別に悪くないと思っているし、神田も謝って来ないからどうしよう、と思っているうちに4日過ぎた。
いつもならほんの少しの言い争いにでも、時間がたてば勝手に折れて、(下手な)フォローをしてくる神田が今回はまったく会いにも来ない。
自分は悪くないと思うものの、もしかしたらちょっと言い過ぎたかも、と考える。
一人の時間は余計なことまで思い出させる。
去り際の、悲しそうに見えた神田の顔。もしかしたら傷付いてたのかも、とか。もしかしたら彼なりに気を遣っていたのかも、とか。
食堂に行ってもあんなに構ってきた神田は姿さえ見せないし、部屋に行ってもいないしで、さすがにおかしいと思ってコムイに尋ねると、2日前から任務に出てるよとの事。
任務に出てるなら会うわけがないなぁと、デザートのアイスを舐める。
ここ最近、アレンの任務とカンダの任務の期間が重なることが多かったから、久しく一人食堂でご飯を食べていなかった。任務のときには居なくても、教団に帰ってきたら神田が居た、気がする。
なんとなく静かだなと思いながら、アイスをつつく。持ち上げる。口に運ぶ。甘い。甘い、けれど。
「帰ってきたら神田に謝ろうかな…」
不意にあの、顔を真っ赤にして告白してきたのを思い出して、もう少し優しくしてあげてもいいかな、と反省しながら。



ぼぉっとくらい部屋に、映像が浮かび上がる。それはまさしく、さっきまで食堂で一人昼食をとっていたアレンの映像で。
「聞いた?神田!」
「あ、ああ…」
興奮したリナリーに胸倉を掴まれ揺すられながら、神田は何とか答えた。がくんがくんして声が震えるのは仕方ない。映像を投影し終わったティムキャンピーが、嬉しそうに酸素が足りずに顔を青くする神田の頭に止まった。
「ね、言ったとおりでしょ?アレン君みたいなタイプには押せ押せだけじゃ無理なのよ」
「…………」
黒い部屋、何か怪しい拷問器具が所狭しと吊られたその部屋は、科学班ですら恐れて足を踏み入れない未知の、というか恐怖の領域。
要するにコムイのプライベートルーム。
アレンとどうやって仲直りしようか悶々としていた3日前、任務の説明があるからと呼び出された神田は、後頭部に打撃を受け昏倒、ここに連れ込まれてすでに丸2日軟禁されている。
おどろおどろしい器具に混じって、横断幕が誇らしげに掲げられていた。

『神田とアレンをくっつけようの会』

ピンクのインキで書かれた文字は、その部屋自体の不気味さとあいまって一段とおぞましい。
「押してだめなら引いてみろよ、ね、上手くいったでしょ、神田」
にっこりと微笑むリナリーに、神田は刻々とうなずくしかなかった。
長いものには巻かれろ。
手段はどうであれ、これでアレンとラブラブに慣れるなら。横断幕を横目で見ながら、神田は自分にいい聞かせた。