おもしろいものがあるよ、と言われて連れて行かれたの先は、地下の大きなホールだった。
たまたま立ち寄った田舎町で、壊れたラジオの修理を錬金術でしてやったことがきっかけだった。そのラジオの持ち主はいたく喜んで(昔錬金術を独学で勉強したことがあると言っていたから、それで親近感を抱いたのかも知れない)、屋敷にエドワードを招待して、錬金術の話を聞きたがった。簡単な講義をしてやると彼は益々おもしろがった。
「昔、錬金術師に会った事があるんだ。」
壮年期に入ったくらいの彼は、両足が義足で、足を失うまでは世界中を旅していたと言った。内乱に巻き込まれて足を失って、故郷の町に帰ってきた。ここは田舎だから、錬金術師なんて滅多に来ないけど、君はその時見た錬金術師とは全然違う、と彼は楽しそうに言う。黒目黒髪、笑った時に目が細くなる具合が大佐に似てるなぁ、とエドワードは思った。
「あの、大きい弟さんは?」
「図書館じゃないかな、この時間なら」
食事でも、と言われたから、食事の出来ない弟はやんわりと誘いを辞退した。そうか、と彼は残念そうに言った。
「僕は世界中を旅してたんだ。」
彼は独り言を言うみたいに、ぼそぼそ良いながら映写機のクランクを回す。小さなスクリーンに映し出されたのはモノトーンの丘だった。見たことがある、と思って、それが故郷の丘に似ているのに気付いた。色味のない映像は、全部同じに見えた。茶味がかって、随所随所でノイズが走る。エドワードは頬杖をついてそれを見ている。
「ドキュメンタリー映画を作りたかったんだ。アメストリス中を走り回った。世界は全部見たんじゃないかな、海以外は」
そうなんだ、とかなんとか、多分何の気なしに答えたと思う。適度に薄暗い部屋は、心地よい眠気を誘った。昨日の徹夜のツケが来ている。スクリーンの中では、画面が変わって、どこかの市場なのか、人間が画面一杯に歩いていた。橋の方で腕を振り上げる商売人と、それに答える客。風船を持った子供が、母親に連れられて画面からフェードアウトしていった。
画面が切り替わって、見覚えのある軍服を着た軍人達が食事をしている。食堂らしい長く伸びた机に、軍人達が規則正しく座っている。
「戦場にも行ったよ、ちょうど、イシュバールの内乱の終わりころだ。たくさん錬金術師にあった。フィルムを持っていた僕は、映像を撮れと言われたんだ。プロパガンダに使う気だったのかな、もっとも、編集前に内乱は終わってしまったけど。」
いつの間にか、映像は戦場に変わっていた。一瞬寝ていたのかも知れない。エドワードは顎が痛くなるのを感じて、頬杖をつく手を左に変えた。
愛想もクソもない場所だった。
木もない。人も居ない。たまに画面がかすむのは、砂埃のせいだといった。
小さい黒い影が、白い砂地の上に伸びている。彼の言葉はよどみない。自分の混濁しそうな意識は、彼の滑舌の悪い語り口に吸い込まれていくようで、眠たくなって朦朧としていく頭に彼の声だけははっきりと残る。戦場を撮ったフィルムはもっといっぱいあったんだ。けれど全部没収されてしまった、これだけはどうにか守り抜いたんだ。
「あの影はなんだと思う?人影なんだよ、驚くだろう、戦場で、あんな障害物のないところで、人が立ってるんだ、狙われてもおかしくないのに。でも彼は狙われないんだ、どうしてだと思う?」
「敵がいないから?」
半分寝た頭で適当に答えてやると、彼は満面の笑みで頷いた。どうやら正解だったらしい。早くアルフォンスの所へ帰りたいと思った。金持ちの道楽に付き合う自分は、つくづく人が良い。
「敵はいないんだ。彼がみんなやっつけたんだよ。僕は生憎驚いてしまって、その瞬間を撮るのには失敗したんだけど、ほら、つぎはちゃんと映ってるから」
うとうととして、下に落ちかけていたエドワードの肩を叩いて、スクリーンを指した。彼の声が熱を帯びてくる。反比例して、自分の身体の熱が冷えた。
「彼のあれが、錬金術らしいね。僕にはそんな才能がなかったから、しかし、あれはまるで魔法だった。」
スクリーンの中、影が動いた。小さいながら、腕を上げるのがわかる。ぞくり、と全身が泡立った。
「あの人影の向こうに見える黒い塊は敵だよ。この前に殲滅作戦があって、その生き残りが」
彼はエドワードが聞いていないのも構わず、隣で熱心に話し続けている。先程までとは違う感覚で、意識が遠のきそうになるのを感じた。背筋が冷たくなって、魂が身体から抜け出たみたいに身体は動かないのに、自分の目だけがぎょろぎょろと動いているのが感覚でわかる。頭は見るなと言っている。でも身体はその司令通りに動かなくて、視神経は司令に従わずに研ぎ澄まされる。
遠い人影、この後この人間がどう動くのか、何をするのか。解るのは既視感とかの類じゃない。
知っている。
『エドワード、珍しいね君から電話をしてくるのは』
電話口から愛しい愛しい人の声が流れてくる。汗を掻きすぎたのに、何も口に入れる気にならなくて、水分不足でからからになっていた自分の身体が、やっと水の代わりの何か静かで冷たいもので満たされていくのが解る。
彼が自分の名前を呼ぶのは、彼のいる場所が司令部ではなくてプライベートな場所だからだ。
彼はきっと、ハウスキーパーが掛け替えた汚れとか砂埃とかとは無縁の真っ白なシーツの上で、一日の疲れを癒しているはずで、そこは今日自分が見た地獄のような風景とは無関心な場所で、彼はそんな肉の焦げた匂いとか死臭とか、そんなものとかを思い出しても居ないはずなのに。
『エドワード、泣いてる?』
「誰がなくか、ばーか…」
ぐすん、鼻水をすすると、受話器の向こうでロイマスタングの苦笑する息づかいが聞こえた。どうせあの脳天気な大人は、可愛い小さな恋人がホームシックと自分恋しさに電話を掛けてきたとか勝手に都合の良いように解釈をしているに違いない。好きだよ、とか見当外れの慰め文句を囁かれて、それでもエドワードは笑った。
嬉しいことに違いはない。