後編
明日ベッド買い換えにいかないと、とキスしながらアルフォンスは思った。至近距離で色素の違う自分と同じ顔がこっちを見てる。鏡にだってこんなに寄ってみないから、自分との初めての近さかも知れない。
舌を突っ込んで歯列をなぞると、目の前の蒼い瞳がちょっと細まる。口の中、ハイデリヒのあったかい舌が絡みついてきて、鼻腔に煙草の匂い。生温かくて弾力のある、なんでこんな奴とべろちゅーなんて好き好んでしてるんだとアルフォンスは自分に呆れる。
ちょっとこの人、瞳孔開いてない?と思いながら、お互い目は絶対に瞑らない。
背中に手が当たる感覚、視線をずらすとハイデリヒが腕をアルフォンスに回していた。睨むアルフォンスの視線とぶつかって、ハイデリヒの瞳が嬉しそうに細くなった。
むか、として、自分の咥内まで侵入していたハイデリヒの舌に歯を立てる。がり、として皮を裂く感触と血の味。
ハイデリヒがさすがにびくりと肩を震わせて、回していた腕を解いて、顔を離した。
指で自分の唇を確認すると、ふーん、と低い声で呟く。
「……こういうの、ありなんだ?」
言って、もう一度アルフォンスの首に腕を回す。
「じゃあ僕も」
言うやいなや、アルフォンスにキスをして、上唇に噛みつく。反応が遅れたアルフォンスは、もろにそれを喰らって、唇に軽い痛み、同時に口の中の血の味が濃くなる。
「った……何してくれんだよ…!」
唇を離して血を拭って、ハイデリヒを睨む。怯むわけがなかったけれど。キスされたというより、食べられた唇は薄く血を滲ませている。
アルフォンスの反応に、ハイデリヒは嬉しそうに、離れてしまったアルフォンスの顔を引き寄せて耳元で囁く。
「ごめんね?優しくして欲しかった?」
「ッ………!」
ハイデリヒが囁くついでに耳たぶに噛くのを、アルフォンスはばっと耳をかばって手で払う。
「あなたに優しくされても嬉しくないです」
むかつく、と口の中で呟いて、ハイデリヒのシャツのボタンを外す。ハイデリヒはそれを、無表情に、他人事のように見ている。
すごいむかつく顔、と思いながら、露わになった乳首に噛みつく。一瞬ハイデリヒが眉をしかめたが、すぐに元の無表情に戻る。
「アルフォンスくん、すごく余裕なくない?せっかちだなぁ…」
「あなたみたいに、余裕ぶって余裕ない人よりマシですよ」
「ふーん、そんなこと言う…」
ハイデリヒの手がアルフォンスの下半身に伸びて、ベルトに手を掛ける。気持ち悪いなぁと思いながら、アルフォンスはそれを気にしないように、舌の先を堅くして胸から首筋に上っていく。鎖骨の辺りで止まって、くぼみを丁寧に舐める。かちゃ、と音がして、ベルトが外れて、足に外気が触れて寒いなと思う。ハイデリヒの冷たい手が自分の茎に触れて、体温を奪う。
自分だけ脱がされるのは癪に障るから、舐めるのはそのままに、ハイデリヒの服にも手を伸ばす。ハイデリヒは抵抗も文句も言わないで、無言でされるがまま。
「……入れて良いんですか?」
勿論確認ではなくて、嫌みで尋ねる。ハイデリヒは笑って、けれど表情とは正反対の、嫌悪感丸出しの声で答えた。
「アルフォンスくんが入れたいんでしょ?無駄口叩かないでさっさとしてくれる?あんまりこういう事に時間かけたくないんだよね」
「後で泣かないで下さいよ。入れられた瞬間イっちゃうとか。」
「そっちこそ、良いからって中出ししないでよね?気持ち悪いから…」
にやり、と口の端をつり上げて(これを笑顔とは言わないと思う)、ハイデリヒはアルフォンスのシャツを脱がして、腕を絡める。さっきからむかつく顔しか見てない、とアルフォンスは思いながら、自分のをハイデリヒにあてがう。
濡らしてもいないしほぐしてもいない。ハイデリヒの入り口は確実に異物を拒否していた。多分入れたら自分も痛いだろうなぁと漠然として思ったけれど、自分の顔相手に前戯なんて出来るか萎える、とアルフォンスは切って捨てた。
アルフォンスの一瞬の躊躇より早く、ハイデリヒが背中に思いっきり爪を立てた。素肌に爪がめり込んで、血が這う感触。
眉をしかめて、拒絶するハイデリヒのそこに身体を進めた。固く閉じたそこは、簡単にはアルフォンスの侵入を許さない。一度入ったものは抜けそうになく、動かすときに感じる痛みは摩擦とか生易しい物ではなく、皮がすり切れるよう。さすがにアルフォンスの身体の下で、ハイデリヒが額に汗を滲ませて顔を歪めた。部屋中広がった血なまぐさい匂いに、アルフォンスは舌打ちする。眉を動かした瞬間、ハイデリヒの身体に汗が落ちて、自分も負けないくらい苦しいことを認めざるを得ない。けれどそれも一瞬で、流れ出た血が潤滑油の代わりに、動きを助ける。
は、と息を吐いて、ハイデリヒの身体の奥まで達する。
「……それで、終わり?」
いつの間にか、額に汗は浮かんだままながら、ハイデリヒがいつもの神経を逆撫でする嫌みな笑みを浮かべていた。アルフォンスの頬に手を添える。その手は汗で濡れて冷たかった。…ああ、どちらの汗か解らないかと、視界の端にハイデリヒの手を見ながら、アルフォンスは思う。
「動いて良いんですか?血まみれみたいですけど」
「それはアルフォンスくんがへたくそだからでしょ?」
「あ、すみません、慣れていらっしゃるかと思ったので」
にこり、と言う。自分だって痛いし余裕ぶってるし、多分それを見破られているだろうが、この際虚勢くらいは張らないとやっていられない。ベッドにも血が付いているだろうなぁと思う。もしかしなくてもここは兄のベッドなのに。結合部分の血管が、どくどくとはち切れそうなくらい脈打ってるのは、自分の物なのかそれとも出血してるハイデリヒの秘所なのか判別も出来ない。
ハイデリヒが、空いている手でアルフォンスの前髪を掴む。くん、とアルフォンスの顎を上に向けさせて、それまでと同じ調子の口調で言う。
「ほんと、むかつくクソガキだね、とくにこの顔。」
頬に添えられていた手が、アルフォンスの顔を一撫でして、眼の下で止まる。あ、とアルフォンスが思う間に、ハイデリヒはそこに思い切り爪を立てた。がり、と嫌な音がして、皮が破ける。
「っの…!人の顔に…!」
明日も仕事あるんだぞ、とアルフォンスが吼えた。ハイデリヒの胎内のモノをずる、と引き出すと、血と一緒に皮が摩擦で剥けそうになる。う、とハイデリヒが呻いた。それでもお返しとばかり、爪を立てて顔を更に引っ掻く。
「そんなにその顔が大事?喚きちらしちゃって…」
「うっさい、黙れ!」
「顔しか取り柄がないんでしょ?そんなに大事なら保険でも掛けるんだね」
手を振り払われて、ハイデリヒは言いながら、アルフォンスの血の出た頬を舐める。ぴり、と痛みが走って、アルフォンスはハイデリヒを突き飛ばす。
「あんたこそ…こんだけぼろぼろにされてさ?身体でお仕事取れないよ?」
「こんなんで仕事支障きたすわけないじゃない。……顔に怪我したモデルと一緒にされたくないね」
上半身を腹筋で起こして、ハイデリヒがアルフォンスの首筋に噛みつく。喉元の下、目立つところにくっきりキスマークを付けて、満足そうに、言う。
「むかつく…!」
アルフォンスの呟きはうめきに近かった。血で滑らかになっているとはいえ、狭いハイデリヒのそこに、思い切り突き立てる。奥を抉られて、ハイデリヒが、力の抜けた身体をアルフォンスに腕を絡めて支える。背中に爪を立てることも忘れない。
じゅぶ、と生々しい血の音が響いて落ちて、ハイデリヒがアルフォンスを睨む。
「ほんと、お兄さんと違ってかわいげのないクソガキ…!」
アルフォンスの唇に噛みつく。お互いの口の中で混じる唾液に鉄臭い味が広がって、キスとは言えないようなやたらな愛撫の、唾液だか血だか解らない水音。あ、すごくむかつく、首締めてやろうか、とアルフォンスが思った、そのとき。
「…………な、」
呟きは小さかったが、2人は一斉に顔を離して、部屋の入り口を見た。物音に気付かなかったのは両方の失態だ。
部屋の入り口には、紛れもない、この部屋の主が立っていた。床には、数秒前まで手に持っていたであろうコンビニの袋から、おそらく3人で食べようと思ってエドワードが買ってきたプリンが転がっていた。
「なにしてんだ、おまえら…!」
「ほんっっとにすまんアルフォンス!!」
「いいですよ、僕気にしてませんから」
ハイデリヒがにこやかに、シャツを羽織りながら言う。エドワードが頭を下げる横で、アルフォンスが不満げに唇を尖らせる。
「なんで兄さんがハイデリヒさんに謝るのさ」
「おまえが謝らねぇからだろ!!」
「い、いたっ!ちょ、止めてよ兄さん、僕怪我してるんだよ!!消毒してるのに揺らさないでよ!!」
「うっせ…!!」
ああ、もう最悪、なんで僕が怒られるのさ、と不満を述べるアルフォンスの横で、エドワードはひたすらハイデリヒに平謝り、ハイデリヒはハイデリヒで、笑顔でそれに応じながらも、腹の底は真っ黒。