ラーメンが喰いたいとエドワード、2週間ぶりの再会にも関わらず色気の欠片もない台詞に、ロイマスタングはせめて抱擁あわよくばキスをなどと考えていたのを出鼻をくじかれ鼻白む一方、恋人の頭の中が相変わらず色気とは無関係な物で占められていることを確認して、浮気の心配はないという点で安心して喜んだ。
「にしても、ラーメン?」
「急にニンニクが食いたくなった」
今起きましたと言わんばかりにぼさぼさの髪をひっつめ、腫れぼったい目、タンクトップに寝間着代わりに着用しているだぼだぼのジャージ(背中には昨年卒業したジュニアハイスクールの校名がくっきりと刺繍されている)の裾を引きずっている様子はとても魅力的とは言えないが、タンクトップから覘く鎖骨とかさらさらと流れる髪の隙間からのぞくうなじとかが、とても扇情的に見えるのは、2週間ヤってなくて溜まってるとかそう言う下世話なことを抜きにしてもロイが彼を好きだという証拠で(多分)。
ロイの熱の籠もった視線をスルーして(気付いてはいる)、エドワードはニンニクーニンニクーとニンニク教徒の呪詛のように呻きながら、低血圧の身体をそれでもふらふらと洗面台に向かわせ、顔を洗う。ロイがごそごそと居間に入り込んでくる音が聞こえ、もうすぐ来るな、とエドワードが予感したとおり数秒後にぎゃっと言うロイの悲鳴。タオルを引っつかんで洗面所から顔を出すと、足の踏み場もないゴミの王国(勿論居間)の、唯一開けた場所にトラップのようにちょこんと置かれていた食べかけのコーヒーゼリーを、見事に踏んづけたロイが、端正な顔を歪めて非難の声を上げる。
「なんだねこの惨状は!」
「アルが合宿行ってるから片付けしてなくってさぁ」
エドワードの返事を最後まで聞くこともなく、ゴミ袋ゴミ袋、と勝手知ったる人の家、ロイは台所(ここもまた洗い場には食器が堆く積まれていて、ロイは目眩がした)からポリ袋を2枚取ってくると、ご丁寧にプラスチックとそれ以外を分別しながら袋にゴミを放り込んだ。
「わざわざどーも」
「家政婦か私は!」
散乱したゴミの中からハンガーを発掘し、スーツをかけて腕まくり、ポテトチップスの油の匂いに辟易しながら部屋を片づけていく。散らかした当の本人は、まだ血圧がニュートラルにならないのかタオルを首にかけてぼーっとその作業を見ている。
「そういえば洗濯はちゃんとしているんだね」
いつもアルフォンスが居ないときは、ゴミに洗濯物が混じっていて選別に苦労するのだが、今日は珍しくそれがないのを、ロイは感心して言ったのだが、それに対しエドワードは唇を最小限に動かして
「一昨日着るもんなくなったから」
と無感動に。ある意味予想の範囲内というか。
戦力外のエドワードを端に追いやったロイだったが、ふと思いついてジャンクフードとカップラーメンの空で一杯のテーブルの上を先に一通り片付け、ティーパックを棚から取り出し(この台所のどこに何があるかについては、エドワードより熟知している)こうなることを予想して買ってきていた菓子パンや惣菜をテーブルの上に並べ、居間の端で動こうとしないエドワードを宥めすかして椅子に着け、とりあえず食べないさいと言って部屋の掃除を再開する。ゴミだらけ、と言っても1人分、一週間弱のゴミなどたかが知れていて、またエドワードも一応(本当に一応、形ばかり)ゴミを出していたようだから、掃除はすぐに終わった。
水回りも片づけようかと思ったが、少しくらい汚いところをアルフォンスに見られてお説教されるのも良い機会だ――と毎度アルフォンスが旅行やら合宿やらに行く度に、エドワードに家政婦的役回りを押しつけられるロイは思う。

朝食を食べ終わったらしいエドワードが洗面台に向かう頃、ロイはエドワードが処理したゴミ袋が、生ゴミもプラスチックも全く考慮されていないことに頭を抱えていたが、まさかゴミ袋に手を突っ込む気にはなれなかったので放置することに決めた。


漸く目が覚めたらしいエドワードは、寝間着とそう変わらない(とロイには思われる)ジャージ姿に最近マイブームだという雪駄を引っかけて家を出た。いつもなら、兄さんデートの時くらいお洒落しなきゃ!とうるさい自他共に認めるセレブ弟が居ないのを幸いに、エドワードはいつも以上に色気がない。助手席に大人しく身を沈め、身体は小さく・態度はでかく足を組む。
「ラーメンだっけ、いつもの所で良い?」
「ん」
窓の外、制服の袖から体操服の赤いラインを覗かせた中学生の集団が、大きい指定鞄を抱えてきゃっきゃと騒いでいる様子をエドワードは視界の隅にいれる。元気だなぁ、というおっさんそのままの台詞にロイは苦笑した。
「あ、悪ぃ、コンビニよって」
「構わないよ」
駐車場を出て左に曲がり、コンビニの前で車を止める。ちょっと待ってて、とエドワードがコンビニに入った時間は数十秒。何か雑誌のような物を掴んですぐに走り出てきたエドワードに、そんな慌てなくて良かったのに、と言いながら、この子は財布を持っていたんだろうかという疑問がロイの頭に浮かんだ。
「何を買ってきたの?」
「クーポン。ラーメン屋の載ってるから」
とエドワード、手の中の赤い冊子を見せる。それを繰ってグルメの欄、目的のクーポンを見付けると、どこまで用意周到なのか、はさみを取り出す。
「……なんではさみなんか」
「クーポン載ってんの知ってたから、使おうと思ったんだけど…家になかったから、途中で取っていこうと思って」
そんな100円引きのクーポン、使わなくても、お金を出すのは私なのに、とロイは思いつつ気を遣ってくれてありがとうという。
その言葉に、エドワードはきょとんと大きな金の瞳をロイに向け
「だって悪いじゃん、3人分もださすのさ」
「……3人?」
微笑んだ顔のまま、表情筋が固まるのをロイは自覚しつつ、問い返す。
「2人は私と君だね、もう1人は?」
「アルフォンス、もうすぐ新大阪着くってさ」
赤信号が青に変わったのにも気付かず、後ろの車の非難の色の強いクラクションを浴びながら、ロイは今日の逢い引きが決してデートではなかったことを初めて知った。


「ほんとに、ありがとうございますマスタングさん!荷物多くて困ってたんですよー」
団体待合所の前で爽やかな笑顔を向けるアルフォンスは、一際他の利用客の目を引いていた。一週間ぶりの兄弟の再会は、当然の如く抱擁で始まり、完全に忘れられたロイはとりあえず見目麗しい兄弟(残念なことに兄の方はジャージ姿だが)のいちゃつきっぷりを嫌という程見せつけられられ、挙げ句の果てにアルフォンスですらロイを体の良いタクシー係としか見ていない現実にもうぐぅの音さえ出ない。
昨日の夜、明日は車で来いよとメールが来たときは、舞い上がりすぎで自分でもどうしようかと思ったのに。(ちなみにその貴重なエドワードからのメールは保護済)
しかしそんな内心は表に出さず、努めて良いお兄さんの笑顔で返す。
「いや、構わないよ。お疲れ様」
「ありがとうございます」
お互い本音に三枚も四枚も衣を着せた笑顔で、表面上だけは和やかに。
「アル、アル、ラーメン喰いにいかねぇ?」
「ラーメンって…スーパーの横の?」
「そうそう。ロイが奢ってくれるっつたからさ!」
「いつ言ったんだそんなこと…」
「わぁ、そうなんですかマスタングさん。」
そのなかで唯一心から楽しそうな笑顔を見せるエドワードを挟んで、微笑みの攻防戦。この場合、エドワードを味方に付けた方が勝者となり得るのだが、衆知の通り大抵の場合アルフォンスに軍配が上がる。
ちゃんとご飯食べてた?とどちらが年上か判らない兄弟の会話を、一歩下がって眺めながら、いつになったら2人で水入らずで居られるんだろうと、諦めにも似た表情を浮かべた。