性交は、時に誤解を生む。
人間と人間が一つになどなれるはずがないのに、その行為は部分的にそれを可能にしてしまう。
物理的には、そう、性器が繋がるわけだからその表現が間違っているとは言わないが。
だが、精神は、心は、と問われるとそれは違うと否定しなければならない。
どれほど分かり合った仲でも、伝わらないことはあるし、伝えてはいけないこともある。
言葉という媒介そのものに縛られて身動きが取れなくなるときもある。
そう、人間の心と心は、どこまで行っても平行線なのだ。

エドワードは、早くにそれに気づいてしまった。
性交を教えたのは私。
頭のいいこの少年に、これほど虚しい逃げ道を作ったのは私。
ひとつになりたい、ひとつにはなれない。
その事実を拒むように、私の性器を貪る。
私は、責任をとらねばなるまい。


保護者の責任と恋人という甘い響き。


水っぽい音が聞こえる下腹部。
小さい手が、内股に触れているのがわかる。汗ばんだ感触。
そして、不器用な舌遣い。
時折聞こえてくる荒い息遣いがそこへあたるのが官能的で私はその小さい金髪を掴んで無理やり喉の奥まで咥えさせたい衝動に駆られた。
そして、エドワードはそれを望んでいる。
望んでいると、少なくとも私は思った。本心など、知る方法はない。
私は手を伸ばした。最初は優しく、その金糸を指先に絡めとる。
そしてその美しい色を指の上に乗せて堪能した。カーテンから零れる太陽の光をあびるそれは本当に綺麗だった。
その、綺麗な髪を白濁で汚してしまう瞬間の、あのえも言われぬ快感。してはいけないことをしてしまったという罪悪感と、どこか幼い頃のいたずらを思わせる気恥ずかしさと後ろめたさ、さらにそれをしても許されるという優越感。すべてが、快楽へ繋がる。
私は、首元のもののことを忘れようとした。今、この瞬間だけ。
そう思って、その小さい口の中に、自分の硬くなったそれを無理やり奥まで挿入した。
「あがぁッ……ぐくぅ…」
呻いて吐きそうになるエドワードを無視する。無視しても、許されるから。
与えられる直接的な快楽と、その行為から得られる間接的な悦楽。
私のそこは硬く、大きくなる。
エドワードは最初苦しげに呻くばかりだったが、その無理やりな挿入にもたどたどしく追いついてきた。口をすぼめて、尿道に吸い付いてくる。
「上手だよ、偉いね。」
褒めるようなことを口走りながら、エドワードの口の中で大きくなったそれを出し挿れする。
喉の奥を突くたびに呻く彼のか細い声が愛おしかった。零れる涙が愛らしかった。
手には、鎖を握り締めて。
それは一種のアイロニーだろうか。私が今攻め立てているのに、私の首元にはエドワードの錬成した首輪がかかっている。
私はこのコの飼い犬だ。飼い犬が、飼い主を犯している。でも飼い犬は、飼い主には逆らえない。逃げられない。
今攻められているのは、このコなのか私なのか。
私はエドワードの髪を掴み上げた。口から引き抜いて、エドワードをこちらに向かせる。
唇の端から零れる、私の先走りと彼の唾液と。
「かけるよ?目を瞑りなさい。」
言われた通り、素直に瞳を閉じる。私は、その顔と、前髪に、己の欲を吐き出した。
「ふぎゃッ…!」
小さい悲鳴。エドワードの顔面とその金色が私の白い濁りに汚される。
ねっとりと、睫毛に糸を引く。
彼は瞳をあけた。ゆっくりと、まばたきを繰り返す様は妖艶だった。
唇も白く汚れた。エドワードは舌でそれをぺろりと舐めとる。
「にっがい…」
「綺麗だよ?」
濡れた頬を両手で挟んだ。
「可愛いね、エド。」
「ん。」
エドワードが、そっと私の唇にキスをする。誘うように私の唇の輪郭を舌で舐め、少し入り口をあけて待つ。私はそこへ望まれたままに舌を挿れる。エドワードのそれを絡めとり、唾液を交換する。
エドワードの唾液はとても甘い。
「おはよう、エド。」
「おはよう、ロイ。」
そうしてやっと、私たちはまともな朝の挨拶を交わした。

精液にまみれたエドワードを抱きかかえて湯をかけて洗った。
それから、一緒に台所へ立って朝食の準備をする。朝から射精してしまうと、どうしてこうも気だるいのだろう。
もう、ベッドに戻りたい。椅子に座るのも面倒だ。
身体にかかる重力すら鬱陶しい。
卵とソーセージを焼いて、エドワードは隣でトースターを睨んでいる。
焼きあがって飛び出したそれを皿にのせて、レタスをのせる。私は焼きあがった卵とソーセージをフライパンごと皿に近づけた。エドワードがふんふん鼻を鳴らす。
「こら、火傷するぞ。」
「発火布もないのに?」
「意味のわからない冗談を言うのはやめたまえよ。」
「このソーセージ焦げてる。」
彼は皿にのったソーセージを一本つまんで私の皿に乗せなおす。
「寝室で食べようか。」
私が言うとエドワードは頷いた。
寝室へ食事を運ぶ。コーヒーの苦い香りが鼻をくすぐる。
「牛乳、いれねぇの?」
ベッドに二人で並んで座って、前に小さいテーブルを置く。そこに二人分の朝食を乗せた。
エドワードは私の飲むコーヒーを見ていた。
「朝はブラックの方がいいんだ。頭がすっきりするだろう?」
「どーだろね。あんた頭すっきりってもうこれ以上ないほどすっきりしてんじゃん。むしろ重要な何かを詰めなおした方がいいんじゃねぇの?ってくらい井然としてんじゃん。」
「言ってくれるね君……朝からコーヒーに砂糖を五つも六つもいれてるコに言われたくはないよ。」
「なッ……いいだろ別にッ!っていうかあんたんちのコーヒーは激苦なんだよ!豆変えろ。」
「嫌。」
会話はしごく平和だった。
けれど、私は身体がだるかった。今日は、一日中この部屋から出たくない。
朝食を食べて、その食器はほったらかしで、また二人はベッドに入った。
どうでもいい会話と、他愛無い遊び。
ひかれたままのカーテンから零れる日の光。
世間との繋がり。窓。拒絶する布切れは頼りなく揺れるから、私は布団を頭からかぶった。
エドワードも引き入れる。
「なにすんだよッ」
楽しそうな声。若い声。激しく動く四肢。きしむベッド。
「だーもーこしょばすなぁッこのっ…仕っ返っしだ!!」
私がわき腹をさわると、彼はのけぞった。彼も手をのばして、私のわき腹を触る。私は大人げもなく笑う。エドワードも、腹の底から色気もなくげらげら笑った。
その、色気のない笑い声に震える首筋に、私はキスをした。吸い付いて、真っ赤な痕を残す。
エドワードの笑いが小さくなる。肌が熱を持ち始める。
そうしてまた、私たちはそこへ逃げ込んだ。

「どうして、首輪をつけようと思ったんだね。」
お互いに精を吐き出して、気だるさを吸い込んで抱き合った。
エドワードの吐息が胸にかかる。小さい頭が動いた。
「どうしてって……あんたを好きだからだよ。」
「好きだから?」
「好きだから……離れたくなかったから。」
抱きしめる、背中に回された小さい手に力がこもる。
「でも、いつまでもこうしていることは不可能だよ?」
金糸を指にからめとる。いつも三つ編みをしているそれの毛先はゆるゆると弧を描いていて、繊細で、優美で。
「そうだけど…」
エドワードの言葉には自信がない。いつもの彼からは想像もつかないような声。
「でも、そんなの…」
「エドワード。このままでいいからよく聞きなさい?」
私は腕の中で小さい身体をさらに小さく強張らせるエドワードを抱きしめた。
「聞きたくない。」
「聞きなさい。」
「嫌ッ…。」
頭をふる。鎖が引かれた。首が容赦なくしまると、情けないが声がかすれてしまう。
「エド、やめなさい。」
エドワードが顔をあげて、私の顔を見つめた。
冷たい鎖が喉元に食い込む。気道がせばめられているのがわかる。
「エドワード…」
「お説教なんか…聞きたくねぇ…」
彼の声は湿っていた。こんな声を出されたらこれ以上糾弾できなくなってしまうのを、この子どもは知っているのだろう。子どもいう生き物はそういうものだ。
エドワードが震える手で、その手を緩めた。私は瞬間に深く深く息を吸い込む。
彼の動く気配に視線を下げると、小さい両の目が私を見つめていた。
湿った金色。
保護者という立場と、恋人という逃げ道。
責任をとらねばならない。逃げてはいけないと思った。
「エドワード。」
名前を、呼ぶ。そっとその、潤んだ目じりを指先でぬぐった。
「聞きなさい、いい子だから。ね?」
「……。」
目をそらして自己防衛。エドワードは私の背に回していた手を引き抜いた。
鎖は掴んだままで、両手を耳にあてる。
十五歳にしては幼すぎるその行為がこうも自然に当てはまってしまうこの子はある意味で天才だ。
私は耳を塞いだままの彼に言葉を紡いだ。
「エド、こんなことをしても私は私だし、君は君だし、その立場をどうこうできはしないよ?私は軍人で、東方司令部に勤務していて、国家錬金術師だ。君も、軍属で、しかも君には目的がある。そうだろう?弟と元の身体に戻ると決めたいのではないのかね?」
エドワードから反応はない。
「私は君を愛してるし、君を放したくないと思う瞬間は何度もある。特に君が…私の元からまた旅に出てしまう瞬間とか。でも、止めることは出来ない。止めたところでどうなる?」
どうにもならない。私はこの子のために賢者の石を探し回ることもできないし、そんなことはしたくない。
この子を愛してはいるが、私にだってやりたいことはあるし。
「どれほど愛しあってもどれほどわかりあっても、いつも一緒にいるわけにはいかないんだ。私たちは別々の個体なんだから。」
「どうして?」
エドワードの掠れた声。
「どうして別々の個体なの。」
「どうしてって…」
「俺はあんたを愛してる!」
いきなりの大音量での愛の告白。私は一瞬怯んだ。言葉と同時にいらない空気まで飲み込む。
エドワードがこちらに顔を向けた。
「愛してんだよ馬鹿!これ以上ないくらい好きなんだ!わかんねぇのかよッ!?」
頬と鼻を赤くして、唾を飛ばしながら叫ぶ。語気は激しいが声に覇気は全くない。
甲高いだけの悲鳴。
「あんたしかいねぇんだ!俺は……あんたから離れたくない…あんたと一つになりたい!!」
なりたいんだ。
そう、嗚咽を漏らしながらエドワードは私にすがった。
何度も同じ呟きを発しながら、幼子のように泣きじゃくった。
私はその身体をやんわりと引き離す。
「無理だよ。」
冷静に、静かに告げる。
「そんなことは不可能だよ。だって、」
だって。
所詮私たちは。
「他人なんだ。」
その言葉を発した自分の言葉の温度の無さに私は鳥肌を立てた。
冷たすぎたか、と思い、俯いている少年の頭に触れた。
瞬間、振り払われる手。突然困難になる呼吸と、身体が反転して、背中にベッドの感触。さらに下腹部に圧し掛かる重力。
気がつけば、エドワードが私の上にまたがった状態でこちらを睨んでいた。
右手に鎖を持ったまま器用に両手を合わせ、機械鎧が練成光に包まれる。私は目をつぶった。
そして、開いた瞬間。
がすッ…
頭に敷いていた枕が破裂して白い羽毛が飛び散る。エドワードの甲剣が、私の頬をかすめて突き刺さっていた。
頬に冷えたものが走る。切れたのだろう。
エドワードの目は涙に潤んでいる。鼻からは鼻水をたらしてみっともないことこの上ない。
「ッ……ひっく…」
嗚咽。喉の奥からの嗚咽。天才国家錬金術師にしては珍しい乱心の様子。
私は至極冷静だった。
「黙れッ…」
やっと絞って出した彼の言葉がこの一言。涙が、上から落ちてきた。
私は無表情のまま、呟いた。
「私を殺すのかい?」
「……。」
「かまわないよ?君がそう望むなら。」
大きな金色の目が更に大きく見開かれる。
「違うッ…違うんだ…!」
唾を飛ばしながら、エドワードは言った。
「違う…けどッ……そんなこと…あんたの口から言うな…。」
「……。」
「他人だなんて言うなッ!!」
エドワードはそう叫んで、私の胸に崩れ落ちた。
ひくひくと小さい身体は痙攣を繰り返し、涙を惜しみなく垂れ流しながら言葉にならない言葉を幾つも吐き捨てた。
私は、その小さい金髪を撫で続けた。
そうして、体力のある彼は、日が暮れるまで私の胸で泣き続けた。