子どもは理不尽な生き物だと、哲学書で読んだことがある。
子どもは理性が発達していないから、大人の理屈は全く通用しない。そう、彼らには理性がないのだ。
じゃあ、15歳という年を迎えた俺はどうなんだろう、と自問する。
大人と子ども。
俺は、どっちだ。


大人の理屈と子どもの世界。


何かの拍子で、どうしようもなく自棄になる時があって、それをどこかで冷静に見ている自分がいる。
子どものふりをする子どもは罠をはって大人を捕まえる。
子どもは狡猾だ。そして、己の狡猾さには全く気づきもしない。
俺は、どこかで気づいていたのだろう。
けれど、それを止めねばらないという理性は働かなかった。
練成光が部屋を昼間のように照らして、また一瞬で静寂が訪れる。
目の前にいる、愛しい人は起きなかった。
薬を盛った俺の手は、ひんやりとどこまでも冷たい。


大佐と一緒に風呂に入って、大佐とキスをした。
絡みつくような、うざいくらいに長い長い口付けをしてくれるこの男が、俺は大好きだ。
息つく暇すら与えずに与えられる痛みにも似た悦楽が好きだ。
大佐は俺の硬くなったものを手でやさしく包んだ。かと思うと慣れた手つきで上下に擦る。
長い指に包まれるそこは、気持ちよさよりも痛みが先行した。
痛い、でも気持ちいい。
「ぁあ……た、いさ……」
俺は掠れた声で言って、己の中の白濁を出した。
水面に浮いた真っ白な泡のせいで、そこは全く見えない。
「上がろうか?のぼせないかい?」
大佐が言って、俺の濡れた髪を撫でた。俺の髪は、さっき大佐が丁寧に洗ってくれたから、とてもいい匂いがした。
「…やだ。」
俺は言って、大佐の耳に噛み付いた。
「もっと、して?」
手こきだけで、一度の射精だけで満足なんて出来ない。
もっと欲しい。理性が働く前にもっと欲しい。
俺は湯の中で鎖を引いた。くい、と少しだけ大佐の首に鎖が食い込む。それは首を絞めつけるほどのことはなかったけれど彼に不快感を与えるには十分だったらしい。
眉間にしわが刻まれる。
「鋼の……」
「エドワードって呼べよ。」
「エドワード。」
「何?」
「……だから…」
大佐の太くてたくましい首に食い込む銀色。ほんのり色づくそこが愛おしくて、俺は舌を伸ばした。
舌先だけでちろちろと舐める。
「大好きだぜ、ロイ。」
大佐の名前を呼んで、自分で赤面する。
ロイ。そう、ロイマスタング。
「ロイ。」
俺は繰り返し呟いた。
「もっともっと酷いセックスがしたいよロイ。痛いセックスがしたい。あんた、そういうの好きなんじゃねぇの?」
ロイはそれには答えずに、無言で俺の頬を撫でた。
温かい掌につつまれると、一気に睡魔に襲われる。俺は目を閉じた。
俺の欲の中心を愛撫していた手。
俺の汚れた液を全部受け止めてくれる手。
ロイの大きい手が俺は好き。大好き。俺は、鎖を持たない空いた手でその大きな手を上から包んだ。
生身の手が重なる。やわらかい。温かい。
俺は腹の底から息を吐き出した。鎖を持つ手がゆるむ。
けれど、決して放しはしなかった。
「そんなに酷くしてほしいのかい?」
ロイの低い声はとても官能的だと思う。直接、下半身を撫でられたような錯覚を起こした俺は、何度も頷いた。上から降ってくる嘆息。
呆れられているのは重々承知だ。
「お願い、ロイ。もう全部忘れたいんだ。」
言って、ロイを見る。彼の瞳はくすんだ黒い色で、鈍い光を発していた。
もう一度、お願い、と呟いて俯くと、次の瞬間ロイの手が俺から離れた。
そして、強烈な圧力が後頭部にのしかかって俺の顔面は泡の下に突っ込まれた。
目は瞑ったけれど、俺は突然の事態に思い切り呼吸をしてしまって、水がいっきに肺を浸した。
苦しくて手足をばたつかせる。鎖を思い切り引くと、逆に引っ張り返されて俺の右腕だけが水面上に引き上げられた。
ロイの大きい掌が髪の毛を押さえつけている感触。熱い湯の刺激。
彼はしばらくそうしてから、俺の髪の毛を掴みあげた。
「か……はぁッ…」
水を吐き出す。喉が掠れた。
目を開いたら、前髪から滴って落ちた水が入ってきてひどく沁みた。しかし、呼吸をする暇を与えずにロイが俺の唇に唇を重ねる。ねっとりと、舌を絡ませてくる。
手は、俺の胸の突起を摘みあげる。千切れるくらいに、指先で引っ張る。
「ん……むぅっ…」
ロイの唇から唾液が流れてくる。俺は飲み干せないで零す。零れた唾液が首筋を流れた。
ロイの唇が離れた。俺は喘ぐ。息を、飲み込む。
しかし、また後頭部にのしかかる大きな掌がそれを邪魔した。
今度は目を開けてしまっていたから、泡と湯が直接目に入って俺は力いっぱい目をつぶった。涙が出ただろうが、湯の中だからわからない。
俺の右手。その手中のものを無理やり奪うこともきっと出来たのに、ロイはやらなかった。
ただただ右腕を捻りあげるように持ち上げた。肩が引き上げられてひきつるような痛みを感じる。
もう一度、ロイが俺の頭を引き上げた。目は半分しか開かなかった。
涙でかすんだ視界の向こうにロイが見える。笑っていた。
「苦しいだろう?それでも気持ちいい?」
答えを知っているくせに。
「可愛いね。」
唇を吸われる。腰を撫でられる。そして。
俺の熱の中心ではなく、そっと後ろに手が伸ばされる。
「ぁっ……か…ッ…」
「酷い扱いをされたいんだろう?」
指が奥まで挿入される。ぐりぐりと、中をかき回される。遠慮のない、それは愛撫とは言えないような刺激。
指の数が容赦なく増やされると、触れてもいない前が硬くなって濡れてくる。
下腹部に、自分のものの先端が当たった。
「気持ちよさそうだね。」
耳元で響くロイの声。
「ね?エド。」
俺の名前が、こんなにもいやらしく感じられるなんて。
それはまるで媚薬。俺の名前を呼ぶロイの声が媚薬。
「ぁ……ん…くぅっ……」
もっと奥。もっと奥へ欲しい。
俺は左手でロイの胸に触れた。そっと、舌でその突起に吸い付く。
「もっと……奥…」
囁くように言う。言って、また、ロイの身体に舌を這わせる。
石鹸の苦味が喉に痛い。
「奥に……ちょーだい?」
「……仕方のない子だな。」
ロイの口調はどこまでも優しい。
彼はずるりと指を引き抜いた。そして俺の腰を軽く持ち上げると、彼の硬くなった先端を後孔にあてがう。
しかし、焦らすようにそこへは挿れてくれない。俺はロイを見た。
ロイは唇をひきつらせて俺を見ている。その笑顔がエロい。
俺は腰を力なくゆらした。
「や、ろ、ロイ……いれろよ…」
「自分で挿れたまえ?」
小首をかしげる仕草は酷く女性的で、綺麗で残忍だった。
俺はそのロイの顔に救いがないことを感じた。目を伏せて、左手をロイのものに添わせて、自分の後ろにぴたりとあてる。そして、そのままゆっくりと腰を下ろした。
「んんっ……ぁ…ひぃん……」
亀頭が入り口を傷つけながら、周りを圧迫しながら侵入してくる感触に俺は鳥肌をたてた。一瞬その痛みに腰が浮いた。
ロイが、その俺の肩をぐいと下に押さえ込む。
ずぶり、と一番大きなところが俺の中へきて、それからずぶずぶとロイの硬いものが入ってくる。
「あっ……ぁあんッ…」
大きくて硬いそれが、奥の一番気持ちいいところにあたる。
俺は喘いだ。身体を仰け反らせると、更に奥に入ってくる。
「エド、自分で動きなさい。」
ロイの声。俺は首を振った。
「や、だ……ロイが動けよッ……」
「何を言っているんだね君は。」
さっきまでは優しかったのに、もう冷たいロイの声。冷ややかに、俺を見下ろす漆黒の二つの闇。
「私は仕方なく、淫乱なエドワードの相手をしてあげているのだよ?なのに私が動かねばならないなんて、馬鹿げている。」
「……。」
俺は、その冷たい罵りに鳥肌をたてた。先走りは垂れ流されているのだろう。湯の中でよかったと思った。
腰を、そっと揺らす。腰を上げて、また深くしゃがむ。自分の一番いいところにあたるように俺は上下に腰を揺らした。
「ぁッ……ぁあんっ、ひ、ひぃん…」
冷めた視線を感じる。俺は身体を火照らせた。血がのぼる。頭が重い。
腰を、無心に振った。
「んッ……んぁっ、ひぃん……ぁ、ぁあっ…」
泡も湯も派手に波を立てて零れた。その豪快な音を俺は耳に聞いた。
ロイの息が聞こえる。少しだけ、荒くなった吐息を吐き出している。
俺の中を圧迫するそれが、質量を増した。
「いい子だね。」
ロイの声が聞こえて、彼は下から俺を突き上げた。
突然の刺激。強烈な快楽。
俺は、はしたなく啼いた。
「ぁあんッ、ひぃっはぁ、あぁん…ぁ、ぁッ…!!」
「ほら…どうしてほしい?どこに出して欲しい?」
「や、ぁあん…な、中に、中に出してッ……」
「………可愛いね。」
ロイは俺を抱き寄せて耳元で囁いた。
それからさらに激しくピストンをかけて、先に吐精したのは俺だった。そしてその後すぐに、ロイも俺の奥に白濁を吐き出した。
大量の精液が奥にかけられる感触に陶酔感と疲労感。
ひっぱられていた肩に、感覚が戻ってくる。
「ロイ…」
俺はロイの身体によりかかった。力が入らない。
頭が熱かった。
「……エド?」
「ろい…」
ふらつく意識。ロイが心配そうに何か言っている。
けれど俺の耳には届かない。頭が痛いと言たいのに、言えなかった。
そして、そこで俺の意識は途絶えた。


要するに、俺は風呂でセックスして、調子に乗りすぎてのぼせてしまたった。ただそれだけ。
馬鹿みたい、と呟いたのはロイの寝室のベッドの上だった。
「ほら、水を飲みなさい。」
ロイが言う。俺は差し出されたコップを左手で受けた。ひんやりと冷たいそれで喉を潤す。
「大丈夫かい?」
「ん…」
俺は右手を見た。鎖は未だそこにある。
俺が意識を失っている間も、ずっと握っていたのだろうか。ならロイは、ずっとそばにいたのだろうか。
俺があんまりじっと鎖を見ているからか、ロイは嘆息して、
「君はずっとそれを握っていたよ?」
「へ?」
「私が君に水をいれてきてあげようと思って、その鎖を君からとろうとしたらすごい力で拒否されてしまったよ。」
「じゃあ、あんたどうしたの?」
「君ごと水をいれに行ったよ?こう、前に抱えて…」
ロイが動作でそれを示す。馬鹿みたいな動作。
俺は吹いた。
「何ソレ。ばっかみたい。」
「馬鹿とはなんだね、馬鹿とは。君がずっと鎖を握っているからだろう。」
「そりゃそうだけど…」
腕外せばよかったんだよ、という呟きにロイは哀しそうな顔で笑った。
俺の頭を撫でる。
「仮にも君の腕を、そんなことできるわけがない。」
非常事態でもない限り。
そう付け加えて、ロイはにっこり笑った。


鎖を握って、ロイと向かい合ってベッドに入る。
どうでもいい話を延々として絶えることはなく、馬鹿みたいにお互いの身体をまさぐりあって、笑いあった。
馬鹿とか愛してるとか好きとか嫌いとか。そういうことを一通りわめきたてた。
ロイの胸をさわって、首に触られて、こそばいこそばいとその手を払う。
どこか空虚で、表面的で、それでも俺たちはそれで幸せなふりをした。
わめくたびにきしむベッドのスプリングの音だけが、とてつもなく現実的だった。
明日はどんな日になるのかな。
俺の呟きに、ロイはにっこり笑ってキスをしてくれた。
「おやすみ、エド。」
「おやすみ、ロイ。」
俺は鎖をもう一度握りなおした。