平和
アニメ銀英伝91話あたりを見て書いた話です。


なんだろう、と思った。
浮気はいつものことだから、別に何も思わない。
でも、それは俺の目をひきつけた。
なんとなく拾い上げた彼の軍服の袖から落ちたのは、明るくて長い、綺麗な赤毛だった。
「何を笑っておいでですか?」
「ん?いや、別に。」
後ろから抱きすくめられて、俺は軍服を手放した。

ミッターマイヤーが執務室に来て仕事の話をしばらくしてから、二人でエミールのいれた紅茶を飲んだ。
俺のもとには有能で機知に富んだ臣下がたくさんいる。初めはたかだか部下だった彼らが今では俺の中の大事な部分を支えているとさえ思えるようになった。半身を失って、固められた壁が壊れてしまったせいかもしれない。肌に触れる外気は寒いし未だに慣れぬがそれでも、それでもその風は俺にきっと何か新しいものを運んできてくれたと思う。そう信じたい。
俺は砂糖の塊をティースプーンで混ぜ合わせながら、ふと、ロイエンタールとのことを思い出した。
ミッターマイヤーとロイエンタールは仲がいい。そして、ミッターマイヤーは純朴で真っ直ぐな男だ。俺は彼をからかうのが好きだった。ロイエンタールがかつて称したように、そう、彼はとても気持ちのいい£jなのだ。
「卿に聞きたいことがあるのだが……」
そう切り出すと、なんでしょう、とかしこまって彼はカップをソーサーにのせた。
「ロイエンタール元帥が現在付き合っている女性の髪の色は何色であろうか……知っているか?」
俺の言葉に吹き出しそうになるミッターマイヤー。俺は笑いたいのを喉の奥でこらえた。故に、その表情は自然硬いものとなったのであろう、俺の顔を見つめるヘイゼルの瞳から戸惑いの念が簡単に見て取れた。
彼は俺の言葉を冗談ととろうか、本気で答えねばならぬのかと思案しているようだった。「はぁ、えっと…」と疾風ウォルフの名とはどこか不釣合いな優柔不断なうめき声を上げる。そして天井を仰いで一言。
「確か黒であったはずですが……それが何か?」
真面目に答える彼が可笑しくて、俺は我慢できなくなった。喉の奥でくっくっと笑うと、三十路を過ぎた帝国元帥は不思議そうに眉を寄せた。大きな目のせいか、そのふっくらした頬のせいか、彼はどこか幼く見られる傾向がある。三十路になど見えぬな、と俺は胸中で呟いた。
「それはきっと違うぞ」
「へ?」
「多分、明るい赤であろう?」
脚を組み直しながらそう言ってやると、反応に困ったミッターマイヤーがはぁ、と妙な声で返答したから俺はとうとう我慢するのを諦めて声を出して笑った。

その後、ロイエンタールにそのことを言われて、また笑った。
彼の家のベッドの上。風呂を借りてバスローブ一枚で、彼にいれてもらったホットココアを飲む。
ロイエンタールは俺の隣にぴったりとくっつくように座ってきた。
ミッタマイヤーが先日のことで冷や汗をかいた、とあの出来事をロイエンタールに話したというのだ。
「だって、あれをからかうのは面白いではないか。卿もそう思わぬか?」
「思わぬこともありませんが、相手が小官ならいざしらず、恐れ多くも陛下がお相手となればいくら胆力の据わったミッターマイヤー提督といえども肝が冷えるというものですよ。」
「許せ、と伝えてくれ。」
言えば彼はその色の違う両眼を優しく細めて、俺の髪を撫でた。長い指先に、それを絡めて唇を落とす。
飲み干したマグカップを、俺は床に置いた。
「貴方の口からおっしゃってくださいませ、マインカイザー。あなたのお言葉は私どもにとっては変えがたい宝なのです。」
「責任重大だな。」
言って笑う。ロイエンタールが優しく笑ってくれるのが好きだ。こんな顔、俺のほかに誰かにするのだろうか。
俺は目を伏せた。
「政務に追われている時はよいのだがな、ロイエンタール。予は………いや、俺は退屈なのだ。政界も、軍事的な面でも今はとても平穏だ。平穏………そのために平定したはずなのにな。」
要は暇なのだ。俺は吐き捨てた。そういえば昔から無趣味だった。なすべきことがないわけではない。けれどだらだらと職をこなすのは大嫌いだから、自らのたてた計画は必ず守る。守ればどうしても、暇が出来る。
暇な時間が辛い。だから、誰かを呼びつける。
「意地の悪いお方だ。」
ロイエンタールは言って、俺の耳に噛み付いてきた。
「ならば小官をお呼び下さればよろしいのに。」
「卿ばかり呼んでいては卿の執務に支障をきたす。だから皆公平に呼んでいる。」
「律儀なお方だ。」
彼は言って俺の腰に腕を回してきた。温かい身体に抱かれると突然睡魔に襲われる。
「あったかい…」
「お疲れなのですね陛下。」
言われる。俺はその分厚い身体に抱きついた。優しく頭を撫でる大きな手。低い、綺麗な声。
「陛下は疲れておいでなのですよ。平穏が、続いておりますから。」
「どういう意味だ。」
俺は下から睨んだ。上にあるのは余裕の表情で唇の端を歪ませる男、オスカーフォンロイエンタール。
「そのままの意味でございます。」
「………正直すぎる男は嫌いだ。」
俺は言って彼の胸に顔をうずめた。上から小さな笑い声が聞こえる。
きっと、彼は俺に似ているんだと思う。だから彼も、すごく疲れているに違いない。世の中が、それはそれは平和だから。数年前からは想像もできぬほどに宇宙が静かだから。
「眠りましょうか、マインカイザー。」
この世で一番美しいかもしれない彼の、俺を呼ぶ声と発音。それは、最も尊ぶべきものかもしれない。
俺は心地いいその音を聞きながら頷いて、ほとんど二人同時でベッドになだれ込んでいた。