PS2ソフト『鋼の錬金術師・赤きエリクシルの悪魔』より捏造。
あれ、こんなセリフはないよ?的なものばかりなので神経質な人は見なでくらさい。


ただの調査だ。なんの危険もないというと嘘になるが、まぁ君は射撃の腕も悪くないし体力だってある。なぁに少し様子を見てくるだけだ。簡単なことだ。それで給料と出張特別手当がつくんだからラッキーではないか。ははははははは。
そういうことを無責任に言ってのけた上官の顔を思い出して、ジャン・ハボックは奥歯を噛んだ。
(どこが簡単なんだよ、あの無能上司!)
さっきの民家で見つけた唯一の生存者――アーレン・グロースターを背にして、手早く弾丸を銃に詰め込む。目の前の、巨大な黒い物体を睨みすえたまま。
「おいおいおい、何発無駄にすりゃいいんだよッ」
二丁を同時にぶちかます。一瞬怯む黒。が、ほんの一瞬で、そいつはさらに膨れ上がった。
長年培ってきた軍人としての習性――警鐘が頭蓋を響かせる。
「くっ…」
悪ぃな、じーさん。と口に出す暇もなく、ハボックはその一般人を思い切り突き飛ばした。
「うぉぉ!?」
吹っ飛び、倒れこむアーレン。自分も転がり回避する。そしてその後ろをかける爆風と轟音。思わず彼は耳をふさいだ。
「ッ…派手にやりやがって…」
適わない。確実に。勝てる気がしなかった。
「グロースターさん…だっけ?悪ぃけどあんたを守る余裕はないぜ……今から全速力で走って逃げてくんねぇかな」
「いやしかしそれではおまえさんは…」
渋る老人にハボックは振り返って叫ぶ。銃を連射しながら、
「いいから早ッ…………!?」
一瞬目を離した隙。
「―――――ッ!!!」
回避が間に合わなかったハボックは火炎弾をもろにくらって吹っ飛ぶ。
背中を打ちつけ、仰向けのまま、ハボックは銃を構えた。
飛び上がる黒い物体。そのままハボックの上へ圧し掛かろうという気らしい。
「させねぇよ」
彼は空中にいる黒い敵を連射で傷つけ、ぎりぎりのところで転がり、よける。
「さて、どうしたもんか……………って!」
見ると、左に握っていた銃が黒くこげている。
「なッ…」
さっきの火炎弾を直撃したらしい。
ハボックは派手に舌打ちした。そしてそれから、
「はやく!」
いまだ、なぜか立ち尽くしている一般人に向かい、ハボックは叫んだ。
黒く焦げた銃を巨大な物体に半ばやけくそで投げつけてから、予備の銃を新たに左に握りなおす。
その時。
どたばたと音が聞こえ、それから声が響いた。
「なっ…なんだぁ!?」
少年の声。続いて、更に幼い声が響いた。
「兄さんッ、すごく大きいよ!」
「ああ…」
声の方向は自分が来たところと同じ、アーレンの家からだった。
目をやると、金髪の少年と、大きな鎧。そして、その後ろから、自分と同じ軍服に身を包んだ女性の姿が見えた。
「少尉もいるわ。」
「中尉…」
ハボックは思わず口に出した。リザ・ホークアイ中尉。
「こりゃ少尉と一般人を守りながら戦うにはきついな…」
小さい方―――エドワード・エルリックが腕を組んで言う。
黒い物体の興味は幸い、あっちへ向いたらしい。
ハボックはそれでも銃を構えたまま、その場でじっと敵を見据えた。
見据えつつも、目の端に、中尉の姿が入る。
「中尉!少尉と一般人は頼んだ。俺とアルはこいつを倒す!行くぞ、アル!」
「おっけぃ!」
息ぴったりの二人が走り出す。
「あ、ちょ、二人ともッ!」
ホークアイの声は完全に無視されたらしい。
さっそく得意の錬金術を駆使して戦う様はさすがに凄まじかった。特に兄のエドワード・エルリックの戦いは、錬金術を使えない普通の人間にしてみれば、びっくり手品ショーにしか見えない。ハボックは少し傷付いた。年下の少年の戦力にも劣るという事実。
いやいや、俺にだってだな、いいところはあるはずだ。とかなんとか思案していると、
「ハボック少尉!」
黒い物体の回りに現れた小さなゴーレム(という名らしい。ハボックは先ほどアーレンに聞いた)を銃で蹴散らしながら、リザ・ホークアイは彼のそばまで走り寄った。
「怪我はない?」
彼女の声は平常と変わらない、しっかりと落ちついた声だった。透明度の高いガラスのような声だと、ハボックは思った。
「まぁ大怪我じゃないッスね。」
「そう。そちらの方は大丈夫?」
「えぇ、一般人のクセに無駄に元気です。」
「こら、無駄にとはなんだ、無駄にとはっ!!」
老人の背後からの口論を無視して、ハボックはため息を吐いた。
「まったく、大佐も適当なこと言うんだもんなー……まさかこんなヤバイ仕事だったとは…」
「気を抜かないで、少尉。あの大きいのはエドワード君たちに任せるとしても、援護くらいなら出来るわ。」
「…りょーかいッス」
ライフル銃を構えなおす上官を見ながら、ハボックはなんだか情けなさで胸が一杯になった。

大きな黒い物体―――恐竜ゴーレムと呼び名をつけた―――はエルリック兄弟の力の前に倒れた。沢山の謎を残しつつ。
…ということは、ジャン・ハボックにとっては正直どうでもいい話だった。
それよりも、彼は今切実に東方司令部へ、というよりイーストシティの自宅へ帰りたかった。
だから、恐竜ゴーレムを倒した後、アーレンの家でそのことについて話し合っているほかの三人をただ遠巻きに見つめるばかりだった。興味なさげに、タバコに火をつける。
(それにしても本だらけだなーこの家…)
ハボックは本棚に高く井然と並べられた本の背表紙を、表面だけなぞる様に見た。並んでいるのは小難しそうな歴史の本ばかりで、どうやらハボックの関心を得るものはなさそうだった。そもそもあまり本など読まない性質だった。
一番奥の本棚まで歩いて、することがなくなったハボックは壁に背を預けて、立ち昇るタバコの煙をぼんやりと眺めた。
「お疲れのようね、ハボック少尉。」
ホークアイが、本棚から顔を出した。
そのまま、ハボックの隣へ来る。
「そーッスね…あんなでかいのはちょっと…」
「そうね。エドワード君とアルフォンス君に来てもらって正解だったわ。…っと。」
「?」
ホークアイが何かに気づいたらしく、本棚に手を伸ばした。
が、本に少し届かない。
いつも引き金にかけているはずの白い指が、ハボックにはやけに細く見えた。
「これッスか?」
彼女の後ろから、ハボックが手を伸ばして本を抜き取る。
かなり古い本らしく、表紙はもうすでにぼろぼろだった。見ると、どこか異国の文字と、その下に小さな字でルビがうってあった。
「ソンシ?」
「東の大国、シンの兵法書なのよ。」
彼女の手に、ハボックは本を渡した。
「ありがとう、少尉」
「いつでもどーぞ。っていうか中尉、そういう本が好きなんですか?」
「いいえ。」
あまりの即答に、少し驚くハボック。
「え、じゃあどうして…」
「大佐がね、お好きなのよ。だから読んでおきたいと思っていたの。」
ホークアイの無表情な声音に少し色が混じった気がして、ハボックは少し不快感を抱いた。ただの彼の思い込みかもしれないが。
「大佐がねぇ…」
まぁ頑張りたまえ、ははははははははは。という意味不明なセリフを言うロイ・マスタング大佐の顔を頭に思い描きつつ、ハボックは煙を吐き出した。再び背中を壁に預ける。
「俺は本読まないッスからねぇ…」
ちらりと隣を見れば、ホークアイがぱらぱらと本をめくっていた。
「そうね、私も最近はあまり読んでないわ。」
「兵法書とかって、いざ戦闘になった時役立つと思います?」
ハボックは実際、実践型だった。格闘も、射撃も、文字に著された論理や体系を見る前に身体で覚えた。
「確かに、本を読んだからといって射撃の腕が上がるわけではないものね。」
言いながらも、ホークアイは本から顔を上げない。どうやら話しながら読んでいるらしい。ホークアイ中尉は、実際の現場にもよく出るし、内勤だって要領よくこなす。才色兼備ってのはこういうヒトのことかもしれない、とハボックはなんとなく考えた。
じゃあ俺は何だ?叩き上げ?
「でもね、少尉。」
自分の思考で内心凹んでいたハボックは、突然声をかけられて、慌ててホークアイ中尉の方へ顔を向けた。
彼女もいつのまにか、顔をあげてこっちを見ていた。
「利用できるものは全て利用すべきでしょう?役立つ知識は、生かされるべきだわ。」
「はぁ…知識、ですか。」
ハボックにはあまりピンとこない。
「ところで、中尉はこれからどうするんです?」
「私は明日、ここを出るわ。シャムシッドというところへ行って、この怪事件の調査をエドワード君たちと続行するつもりよ。」
そういえば中尉はエルリック兄弟を名前できちんと呼んでいる。ハボックは少し羨ましいような気を覚えつつ、
「中尉も大変ですね。大佐に色々頼まれちゃって。」
「仕事だから仕方がないわ。」
「じゃあ俺はどうすれば…」
「少尉は一度、東方司令部に戻って、このことを大佐にお伝えして。それから至急シャムシッドへ増援をお願いしてくれる?」
「わかりました。」
「中尉〜、明日のことなんだけどー」
エドワードの声にホークアイは顔をそちらへ向けた。
「今行くわ。」
立ち去るホークアイの腕に抱かれている本を、なんとなく面白くないなぁと思いつつ、ハボックは煙を吐いた