嫌い嫌いと言い合い姿は側から見れば似たもの同士、年端もいかない小さな口の悪い少年と、年甲斐もなくそれに躍起になって反論するそれなりに有能な軍大佐の正に凸凹な組み合わせは、ぎすぎすした中央司令部のある種清涼剤。そのあまりにほのぼのとした様子に、少年が吐く罵詈雑言(かなり口汚い)も軽くスルーで微笑ましく見守るロイマスタング一派。大体にしてその幼稚園児のような悪口に、自分達の上司が同レベルで対処しているのだからもう笑うしかないというのが本音だが。

さてジャン・ハボック、時に年齢も20代も後半を迎え、階級も少尉。士官学校をぎりぎりで卒業した劣等生は、今をときめくロイマスタングに見いだされて以来、そのレッテルを返上。一個部隊を指揮するまでになった彼は、まさに脂に乗って絶好調。目下悩みは決定的な女運の無さだが、上辺で彼女が欲しいと喚いてみても、内心ではなるようになるだろうとあまり気にしていないから、悩みという程では。尊敬する上司と、気の合う同僚。上が頭が固くて無能だと嘆いている同輩達に比べれば何と恵まれた職場な事か!だから上司がちょっとくらい大人げなくエドワードと言い合いするのも、彼からすれば許容範囲内。寧ろ和む。
そしてその上司をたまに訪ねてくるエルリック兄弟。兄は相変わらずちまっこくて生意気。まるで自分の小さい頃を見ているようだと思いながら、頭の良さは当時の自分と比べものになるはずもなく、それで居て知識量をひけらかしたりしない年相応な跳ねっ返り、暇があればハボック少尉ー!とアルフォンスを引き従えて騒がしく駆けてくる様はまるで可愛い弟。最近随分大人らしくなって、背は変わらないのに雰囲気だけはぐっと落ち着いて、お兄ちゃんの顔になってきたのが何とも寂しい。
「おー…たいしょー?」
さてその日もぱたぱたはためく目立つ赤コートを見かけて、ハボックは声をかける。時間はちょうどお昼過ぎ。給料も入ったし昼飯でも奢ってやるかぁとハボックが思ったのは、懐の温かさで少し気持ちが大きくなっていたのも勿論ある。
が、エドワードと思われる赤いコートと三つ編みお下げは、ハボックには気付かなかったのか、角を曲がって資料室に。
「……研究熱心だなぁ」
頭を掻いて呻った後、資料室を覘く事にしたのは、決して冷やかしてやろうとか思ったわけではなく、自分には想像の付かないような運命を背負った彼を昼ご飯に誘おうという純粋な目的だったから、まさかそこでそんな……ものを見ようとは。

薄暗い部屋の中にの中に赤い、コートが見えた。光を反射して暗闇の中浮かび上がる赤いコートと金色の髪は、その小さい体を精一杯伸ばして、部屋の奥の大きな影にしがみついていた。のぞき見をするつもりではなかったから、気配を消したりとか足音を立てたりとか、そんな姑息な真似をしなかった。…それが命取りで。
エドワードの肩が震えて(このときには薄暗いのに目も慣れていた)、金色の眼がこちらを向いた。怯えた瞳。
そしてエドワードが明らかに親愛の情を超えて抱きついていた相手は。

とりあえず側頭部に痛みを感じて何とか食堂までたどり着き、そこで力尽きたハボックはその時見たことはあまり覚えていないと言ったけれども、ひたすらハボックを気遣うフュリーとファルマンをよそに、ブレダ少尉とホークアイ中尉はなぜか溜息を吐き、その他の人間はこの剛毅な少尉にここまで衝撃を与えたものは何だったのかと暫く司令部は騒然とした。