「…というわけで私がこのような苦労と危険を冒してまで手に入れた貴重な人体実験に関しての資料がここに」
「おっわありがと!俺嬉しい、大佐超・大好き!ほっら、アル行くぞ!」
「うん、うん、待ってよ兄さん!大佐、ありがとうございました!」
大きい鎧の体を小さくたたんで丁寧にお辞儀をして、資料を引っつかんで風のように出て行った兄をがしゃがしゃと大きな音を立ててアルフォンスが追いかけて行った後、執務室に残されたのは寂しそうにうちひしがれる上司と、エドワードエルリックとすれ違いで入ってきたその部下。
「感謝してほしいなら素直にそう言えばいいじゃないっすか」
ロイマスタング大佐の参謀も勤めるブレダの洞察力を持ってすれば、今しがたすれ違った鋼の錬金術師の嬉しそうな顔と、今にも泣き出しそうな上司の顔から、一体今彼らの間でどんな会話が繰り広げられていたのか、想像するに易いものだった。毎度毎度この女泣かせで知られるはずの色男は、あの一回りも年下な(ブレダからすれば)生意気なちび砂利に、未だ持って苦戦を強いられているらしい。聞くところによると、手すら握ったことがない、とか。
「感謝しろなんて、素直に言ったら恩着せがましいじゃないか。」
「いや、たぶんもう十二分に恩着せがましい言い方をしてると思いますよ」
机に突っ伏したまま、顔だけ上げて口を尖らせる上官に、ブレダはため息をついて書類を手渡した。
この上司のほのかな片思いを知っているのは彼の片腕である美人副官とブレダだけ。もう一人側近である金の毛並みのでかい忠犬は、人の心の機微に疎い分まだそれには気づいていない。
だから幸いにして未だ、女好きで知られる彼がその実、金髪の10以上離れた少年にやましい想いを抱いているという不名誉なうわさは司令部内には流れていない。
鋼の錬金術師がここを訪れるたびに、赤くなったり青くなったり仕事のスピードが落ちたり(早くなることはない)する上司を見かねて、錬金術師は等価交換の原則に従ってるんでしょ資料渡す代わりに手でも握らせてもらったらどうですかと身も蓋もない提案をしたブレダに、ロイマスタングは恨めしそうに彼を見て「そんなことをしたら嫌われる…」と死にそうな声で呻いた。提案したブレダ自身も確かにそんな援助交際まがいのことを迫ったら(立派なセクハラ)、完全無比に嫌われるとは思うが。本当に実行したら楽しいことになりそうだと思ったから、提案してみただけで。
この一見恋愛に対して器用そうでいて、実は本命に対しては小学生並みに不器用な上司は、好きだと言い出す糸口すら見つけられず思い続けてもう3年。彼女をとられたと悔しがっている同僚達に、この姿を見せてやりたい。溜飲が下がるところが、同情までしてしまうんじゃないだろうか。
「時々、私は最近病気じゃないかと思うんだ…好きだといえない病。」
「それは頭の病気ですか?」
「女性相手なら、あんなに好きだとか愛してるとか簡単にいえるのに」
今までの、男性からすれば(いや、女性から見ても、か?)唾を吐きたくなるような恋愛遍歴をつらつらと述べながらも、落ち込みまくって一人省察する彼は、部下が不敬罪に値するような言葉を吐いてもまったく気づかない。
それは女性相手だからじゃなくて本気じゃないからでしょ、と思春期の子供でもいえそうなアドバイスが頭に浮かんだが、それは本人が気づくべきことだと言葉に出すのを控えた。いつになったら気が付くのか、この恋愛下手な上司は。
さて、と入ってもブレダ自身、好きだということすら伝えられないほど誰かを好きになったことはまだないから、そんな上司の姿がやはり羨ましかったり、そうでなかったり。