朝一番に大佐の姿を見かけて、なんて良いか解らずに口をぱくぱくさせる。俺って馬鹿、こんな時のために挨拶ってものがあって、その一言分だけは俺みたいな超ひねくれ者が、生意気さを表に出さなくても大佐と喋れるチャンスなのに、それを全然生かせてない。案の定、俺の頭上でアルフォンスのおはようございますー!と言う声、先を越されて俺は所在なくなって、振り上げかけた鋼の右手、どうして良いか解らずにとりあえず太ももの辺りで拳を作る。
「おはようアルフォンス。君のお兄さんは相変わらず機嫌が悪いみたいだね」
「ちょっと兄さん、すごい眉間に皺寄ってるよ、ちゃんと挨拶しなよー」
「……うっせぇな」
アルの無邪気さは、俺の最大の壁だ。こんな素直さを突きつけられて、俺の歪み具合は益々酷くなる。
こんな事言いたい訳じゃなくて、俺だって普通に挨拶して普通に喋りたい。こんな反抗期みたいなみっともない、あれもこれもみんな全部……俺のせいで、これは決して、親父が居ないからとかそんな理由じゃない。そんなこと解ってる。のに。
大佐は全然、俺の内心のもやもやなんか気付かないから、鋼のはいつもこんな感じだから気にしないよって、アルフォンスに笑顔で言う。気にしろよ、気にしてよ。アンタ以外の人間とはちゃんと喋れるのに、いつもこんな感じなんかじゃないのに。
ごめんなさいと言うアルフォンスの声、なんでおまえが謝るの。口が悪いのも生意気なのも全部俺なのに、アルフォンスはまるで自分が悪いみたいな謝り方をして、大佐は気にしないと手を振って。
………むかつく。
「なんでアルフォンスが謝るの」
大佐は挨拶だけしたら、優雅に手を振って、あの軍服の青いひらひらしてる所をひらひらさせて(あれはひらひらさせるためにあるんだと思う)、ちょうど通りがかったハボック少尉に呼ばれて行ってしまった。
その後ろ姿を見ながらの台詞だったから、アルフォンスは聞いてなかったらしくて、がんって鎧を叩いたら、始めてその音でこっちを向いて、ごめん何か言った?って暢気に言う。
俺の心の中はこんなに荒れまくってるのに、それを知らないでこの弟は俺のことを全部解ってるみたいな顔で(顔はかわんないけどさ!畜生、これも俺のせいだよ)大佐にごめんなさいって素直に謝ってる。
大佐は大佐で、俺が挨拶しないのをちょっとした癇癪程度に思って気にも留めない。
「なんでアルフォンスが謝るの」
もっかい言った。さっきより声は低かった。
アルフォンスは俺の様子にちょっとびっくりしたみたいで、どうしたの兄さんって言った。
言うときに、俺の顔を覘こうとして鎧の身体をちょっと屈めて、鎧が軋んだのがなんとなく癪に障った。
イライラしだしたら止まらなかった。頭をかきむしって、いー!って叫びたかった。皮膚の一枚内側からぷつぷつしたものが生えてきた気がして気持ち悪い。じっとして居られなくて、握った指先に感覚が集まる。壁を思いっきり殴れたら気持ちが良いだろうなって思ったけれど、そんな本当に癇癪を起こす所を弟には見られたくない。
「兄さん?」
俺がいらいらしてても、アルフォンスはやっぱり優しくて素直で、最初は俺の強情さに呆れてたのが、いつまでも俯いてる俺を今はもうほんとに心配みたいな声で俺のことを呼んでる。
アルフォンスは良いやつ。
口の中で小さく呟いて、自分に言い聞かせて、皮膚の下のぶつぶつが潰れていくのを想像して、深呼吸。
「なんでもねぇよ」
「そう?なら良いんだけど」
全然何でもないような顔なんてしてなかったのは自分でも解ってるのに、アルはあっさり納得(したふり)をして、兄さん食堂で朝ご飯食べなきゃとか言う。その態度がなんか、すごく。
気分悪いから宿帰るって言ったら、アルフォンスが慌てるのがわかって、なんだか楽しかった。
見ろアルフォンス、兄ちゃんにもおまえの理解できない部分はあるんだぞって、すごく愉快だった。
ああ、俺って子供っぽい。
面白いからほんとに宿に帰って、1人で寝させてって言ったら、アルフォンスが心配そうに布団かけてくれた。
起きたときには、とっくに夕方。オレンジ色の光と涼しい風が窓から入ってきてた。なんで俺があんなにいらいらしてたか自分でもよく分からなくて、発作みたいなもんだと勝手に思って、それから今日一日自分がした我が儘で身勝手で子供な行動を思い返すと、とても冷静ではいられず「うぉぉ」と呻って頭を抱えた。羞恥で身体がむず痒い。
アルフォンスはまだ帰ってなくて、どこにいるんだろ。司令室に1人で行く性格じゃないから、きっと図書館だと目星をつける。とりあえず顔でも洗おうと思ったら、フロントのおっちゃんが電話だと言ってきた。
『やぁ鋼の』
「ハボック少尉、似てねぇ」
『おっまえ、テンション低いなー。ってことで今から司令部来い』
「は?」
『アルから聞いたぞ、大将おまえ今日なんか変って…あで!ちょ、大佐、なんで殴るんすか!』
ハボックの悲痛な声、それから、おまえは直球過ぎるんだ、と言う大佐の声がして俺はぐぅの音も出ない。
じゃあ最初から大佐が電話して下さいよー!とハボックの声の悲鳴がして、大佐こんな所にいらっしゃったんですかというホークアイ中尉の声を最後に電話がぶちっときれた。
なにやってんだ東方司令部は。こんな気まぐれなガキ1人に。
電話が切れた後も、おかしいから受話器を持ったまま笑った。
せいぜいお望み通り馬鹿騒ぎしてやろう。