緊急の呼び出しと称して後見人ロイ・マスタングに中央に呼び出された俺はいつもの執務室ではなく隣の応接間に通された。弟は抜きで、ってのがいかにも怪しい。
俺はそこでロイ・マスタング大佐に一枚の書類を手渡された。さらっと目を通す。
……え、何これ。前言撤回。俺は何度も何度も短い文章に視線を走らせた。通算100回くらい同じ文章を読んでから、俺はやっとの思いで顔を上げた。読み間違いでは、ないらしい。
「何これ誤植?」
これが唯一辿り着いた俺の答え。なんだけど。
「勅命だよ、鋼の。」
大佐はそれこそ苦虫を噛み潰したような顔をしていた。いつもなら俺の顔を見るなりうざいくらいにかまってくるんだけど、今日はまだ軽口の一つも叩けていない。こいつでもそんな時があるんだなぁと変なところで妙に感心しながら俺は既に見飽きた書類にまた目を落とした。上質な分厚い紙と金箔の文字、大総統府の大きな判。この判は確か国家錬金術師の資格と二つ名を拝命した時にも見た気がする。
「勅命ったって……なんだって俺が大総統の護衛兼秘書官なんかしなきゃなんねーんだよ。だいたい俺、秘書官職なんかやったことねーし軍のこともいまだによくわかんねーし。」
しかも任務期間はその時々に応じて大総統の決断が優先って何これ適当すぎくねーか?っていうか期間に対する回答になっちゃいねーよ。だいたいなんで突然大総統なんだよ意味わかんねー。俺は思ったことを脳みそに通さずに反射神経のみで述べた。部屋には大佐しかいないし、大佐は俺に色ボケてるから何言ったって天使のお声にしか聞こえないに違いない。え、自意識過剰?いやいやこれって結構妥当な見識だぜ。
「仕方ないだろう、勅命、なんだから。」
こればかりは私でもどうにもできんよ、と大佐はお手上げっぽい。大総統に忠誠心のかけらもないくせに勅命ってのはなんだそんなにすごいのか。
俺はうぅ、と唸った。こんなところで旅の足止めを食らうわけにはいかいんだけどなぁ。俺に余分な時間なくてなくて、一日24時間ってコト自体が歯がゆくて仕方が無いのに。
「嫌だな……なんとかなんないの?」
「ならない。というかね、鋼の。今まで君に何の勅命も無かったことの方が本当はすごいことなんだよ。」
え、何ソレどういう意味?俺は聞き返した。
「国家錬金術師はたとえ軍人でなくても原則としてみな軍属だ。しかもその機関は大総統府に直属している。だから大総統直々の勅命が国家錬金術師に下されること自体は珍しくはないのだよ。軍のために働くことはすなわち国家錬金術師の義務だしね。特権を得るための。」
「……等価交換、か。」
俺は喉の奥で呟いた。等価交換、これは世界の原則で、俺の中心を貫く真っ直ぐな柱で。
「まぁ大総統は君のことを気に入っているようだし、悪いようにはしないだろう。さっそくその書類を持って大総統府へ行きたまえ。」
「え、すぐに?」
「すぐに。」
「……。」
俺はなんだか、すごく嫌な予感を感じた。

大佐の勤務している建物を出て振り返ったときに、窓の中にやたら心配そうにこっちを見つめる大佐の目があったのには爆笑したけども。
大総統府に入るのはこれがはじめてで、俺は多少なりとも緊張を覚えた。大きなグリフォンの旗はアメストリス国軍のしるし。入り口で銀時計と勅命の書類を見せるとすぐに通された大総統の執務室。え、こんな簡単に通しちゃっていいの?それともなんだ、俺ってちょっとした有名人?
執務室も、この国の実質全ての実権を握っている人間にしちゃあかなり質素なもので、敬礼する習慣が未だに定着しない俺は入り口でしばらく呆然と立ち尽くしていて。
俺を案内してくれた軍人が敬礼して踵をぱしんと打ち鳴らした音を聞いて慌ててそれに倣う。
大総統は部屋の一番奥、大佐の机と少し似た、しかしそれよりは多少大きくて豪華なものに座っていた。いつも通り浮かべている微笑。軽く、こちらに敬礼を返してくる。その動きの自然なこと。威厳あるなぁ、いつも見慣れた大佐とはやっぱり何かが違う。
「下がってよい。」
その言葉は俺ではなく隣の軍人に与えられたもので、彼は丁寧に返事をしてから一礼をして部屋を出た。
えーっと……俺はどうしたらいいんだろ。
「久しぶりだな、鋼の錬金術師君。」
ああ、そういやこんな声だったなぁと以前南方で会ったときのことを思い出す。そしてその記憶は俺に警戒心を呼び起こした。賢者の石。それを求める俺たちを制止しようとしたり突然機械鎧のことを指摘されたりであの時はほんとに焦った。けれどそれから何を言われることもなく今日に至る。軍には警戒せよという警鐘と利用せよという欲が交錯した。それも、大総統の前でってんだから俺もなかなか肝っ玉。って自分で言うなよって話か。
「お久しぶりです、大総統閣下。」
慣れない敬語だが俺だって常識人並には使える。俺は自分の中で最上級の表現を使った。
「はは、まぁそう硬くならずにこちらへかけなさい。」
すすめられて俺は高級そうなソファに腰を下ろす。なるほど、これはいいわ。すわり心地最高。思わず腰を沈めて、目の前に大総統が座ったのに気づいて俺は浅く座りなおす。背筋を伸ばした。
「あの、勅命を頂きまして…。」
「ふむ、今回東の方へ視察へ行くことになってな。」
「視察、ですか。」
「君に秘書官職兼護衛を頼もうと思ったんだよ。」
東部で思い出すのは俺たちの故郷リゼンブールと、イシュヴァール自治区。そか、イシュヴァール人からの襲撃を警戒してんのかな……傷の男だって、イシュヴァール人らしいし。
「あの、せっかくの勅命なのですが…俺たち先を急いでまして…その…」
おどおどと俺らしくもない弁解。くっそ情けねぇ。けどどうも大総統の前ではこう、萎縮するっつーか。どきどきするっていうか。なんだろこの気持ち、恋?いや大嘘だけど。ほんとは敬語が思うように口を吐いてでないだけ。
「はっはっはっは、心配はいらんよ。」
豪快な笑い声。豪快だけど下劣さはなかった。それが威厳でもあり、そしてどこか胡散臭さを感じさせた。大総統の言葉が続く。
「そんなに長居はせんのだ。東部とは言ってもそんなにここから遠いところではない。行くのは東方司令部だよ。」
「東方司令部?」
かつて俺の後見人ロイ・マスタングが勤務していた懐かしいところの名前が出てきて俺の緊張は一瞬ほぐれた。
その反応に満足そうな大総統。
「そう。それもニ、三日で終わる。簡単な仕事だろう?」
確かに簡単。それに断れないことは最初からわかっていたのだ。大佐から勅命の書を受けたときから。というか、国家錬金術師になった時点から俺は軍の狗なわけで大総統には絶対的な忠誠を誓っていなければならないわけで。その大総統直々の命令に背けばどうなるかくらい、俺でもわかる。
「わかりました、閣下。力及ばずながら、是非ご同行させていただきます。」
結局のところ、こう答える以外に選択の余地はなかった。

東部までは列車だった。
俺たちがいつも乗るような一般車両とは違って、個室。というか列車自体が貸切だそうだ。
俺は大総統の部屋の中に荷物を置くように言われた。何それ、えっと…寝泊り同室ですか?でも怖くてそんなこと聞けなかった。
「とりあえず、護衛なんできっちりやらせていただきます。」
俺は部屋の中に爆弾などの危険物の類、盗聴できるような道具がないかをくまなく探した。
豪華で飾り立てた部屋の中を一通り見終えて、ここは大丈夫ですね、と言うと椅子に座ってさっき誰か女性の軍人に入れてもらった茶を飲んでいた大総統がにっこり笑って、
「ご苦労。それにしても手際がよいな。軍属であるのがもったいなくらいだ。」
それは暗に軍に入隊しろという脅しにしか聞こえなかった。俺は短く、恐れ入ります、とだけ答えた。
「どうだね、こちらで一緒にお茶でも。」
「お誘い、痛み入りますが俺は……車内を見てきます。」
「車内のことは他の者に任せればよかろう。」
「ですが…」
「鋼の錬金術師君、君がいない間に私が誰かに襲撃されたらどうする?」
「それは……」
「君は私の護衛なのだから、私の側にいなければならない。そうだろう?」
俺は嘆息した。御意、とだけ言って、大総統の向かいの席に座った。
「ではスケジュールを読み上げますからご確認を。」
俺は自分の研究手帳とは別の真っ白な手帳を取り出した。大総統から借りた、彼の予定が書き込まれたものだ。
「なんだね、せっかくのティータイムを。」
「だめです、俺は完璧主義者ですから秘書官職もきっちりやらせていただきます。まず明朝三時…」
「硬いことを言うのう。」
「明朝三時にイーストシティステーション着、それから直接車にて東方司令部へ向かい仮・官邸にて一時休息。」
「君は今、私を無視したな?」
「しましたよ。はい、えーっとそれから十時に司令部のホークアイ将軍と挨拶して…」
「エドワード君。」
「挨拶して、えっと昼食会?があります。んで、えーっとそれからイーストシティの街を視察、」
「エドワード君。」
「夕方からは士官学校で演説を…」
「エドワード君。」
「だぁぁぁッ!!もぉ、さっきからエドワードエドワードってなんだそれ五月蝿ぇ!!……ですよ、閣下。」
思わず叫んでしまった言葉に自分で驚いて最後にお愛想を付けてみる。恐る恐る大総統を見やると、彼は全く気にしていないようで、むしろ相手にされたことに喜んでいる様子さえ見せた。
「はっは、相変わらず元気でよろしい。それよりエドワード君、君はいくつだね?」
突然の話題転換。無礼なツッコミをいれた引け目から俺はちょっと控えめになって答えた。
「もうすぐ十六になります。」
「そうか、若いな。」
「恐れ入ります。」
閣下も十分お若いですよ、などというセリフが口をついて出ればいいんだけれど生憎俺には愛想がない。
大総統が紅茶は嫌いかね?と俺に聞いていたので俺は頂きますと答えた。もう一つのカップを、大総統はボストンから取り出した。え、ティーセット持参かよ。さすがセレブは持ち物からして違う。
「ところで、エドワード君、君の噂で気になることを聞いてね。」
俺は紅茶を口に運んだ。俺の噂は軍にたくさん流れているらしいことを大佐からよく聞いていたのでさして驚きはしなかった。いろんなところへ言っては、騒動を起こしてしまうという根も葉もない噂。うん、噂ね。俺たちそんなに騒動起こしてないし。むしろ、巻き込まれたって方が正しいんじゃねぇの?
しかし大総統の口から出たセリフは俺の予想していたものとは全く違った。
「君は、誰とでも寝るそうだね。」
ぶッ……思わず口内の紅茶を吹きそうになって俺は寸でのところで飲み込んだ。冷めてて良かったぜこの紅茶。熱かったら絶対喉が焼かれてた。
「違うのかね?」
「違います。」
俺は咳払いしてから、冷静に答えた。
「ほう、違うのかね?」
「どっからそんな噂が……呆れて反論する気にもなれません。」
俺は本気で呆れた。俺はそんなにやすやすと身体を開いたりしない。俺は俺の身体に対するプライドも自尊心もないけれど、こんなぼろぼろの、つぎはぎだらけの身体でも愛してくれる人がいるから、その人のために身体を安売りはしたりはしない。昔、そう約束したから。
「そうかね。私のもとに流れてきた噂ではね、エドワード君。君は賢者の石の情報を提供してくれる人間となら男女問わず誰とでも寝ると、聞いたのだがね。」
俺は一瞬ぎくりとした。賢者の石。それに関する軍で得られた情報を俺は内密に大佐から流してもらっている。ということはそれは、大佐との仲がバレたということか。いや、付き合ってんのがバレたどうってことはないけど、大佐が軍の機密事項を俺に垂れ流している事実を知られるのはヤバイ。この場合は俺が、といよりも大佐が。大佐の立場が。
「嘘ですよ。根拠の無い噂です。」
俺は目をそらした。沈黙。大総統は黙って俺を見つめていた。その眼帯で隠れた片方だけの視線が痛くて俺は今にも駆け出しそうなのを必死でこらえた。
いっそのこと大声で笑い飛ばせたらよかったのに、と。いや、そんな仮説は今さらだよな…。
真剣な表情をしていた大総統。彼は小さく、
「相変わらず、嘘が下手だな」
「へ?」
「いや、よい。変なことを聞いてしまったね、エドワード君。もう時間も時間だから眠ろうか。」
大総統は言って立ち上がったが、俺は、
「じゃあ俺は外で見張りをします。」
立ち上がり、部屋を出かけた。が、後ろから声をかけられて立ち止まった。
「いや、君は中にいなさい。」
「………え?」
「中で私の相手をしなさい、秘書、なのだから。」
意味わかんねぇ。俺は振り返りながら口を開いた。
「閣下、それってどういう………ッ」
それは一瞬の出来事で、それゆえにその状況を把握するまでに軽く数秒を要してしまった俺は我に返ってようやくその腕から逃れようともがいたが遅かった。
「んっ……んぐぅ…ッ…!!」
目前の大総統と、唇に押し当てられる彼の唇。熱くて、俺は力を入れて抵抗したが全くの無駄で、彼はそのまま俺の身体を軽々と持ち上げてしまった。
「ちょ、だ、大総統ッ…やめっなんだよどういうつもりだぁ!!」
すでに付け焼刃な敬語を取り払ってわめく俺には笑顔一つで、そのままベッドに落とされる。
「さすが鋼の錬金術師君だ、威勢があってよろしい。」
「よろしくねぇ!!」
俺の両手首は大総統の手で一つにまとめられていた。確か年は60代のはずなのに、なんだその力反則だろ。大総統はどこから取り出したか金属で出来た手錠で俺の両手首を縛ってそこから伸びる鎖をベッドの脚に繋いでしまった。これで錬成は出来ない。
「くっそ…」
俺は相手が大総統だということすら忘れてひたすら悪態を吐いた。しかし彼は全く怒る素振りを見せない。
「エドワード君、抵抗してくれるのは大いに結構だが、君は軍の狗だということを忘れてもらっちゃ困るよ?」
優しい笑顔は前に見たのと同じ、試験で見た頃からちっとも変わっちゃいないのに当時感じた寛大さや尊厳を上回る何かがあった。不信感を煽る何か。俺が顔をそらすと、首筋に吸い付かれる唇の感触。あぁ、痕残ったんだろうな、と俺は思った。大佐がこれ見たら嫉妬に狂うだろうな、と思考は既に自棄的で。
軍の狗、という言葉が出た瞬間に俺の抵抗する気力は萎えた。なんだ、勅命ってそういうことかよ。くだらねぇ、くらだねぇな軍も国家資格も何もかも。くだらねぇ。
彼の手が俺の上着にかけられて、するすると脱がされていく。その間、大総統は俺の耳たぶを尼噛みして、舌を挿入してきた。ざわざわという音とともに走る衝撃と鳥肌。俺は無意識的にびくんっと身体を震わせた。
大総統の指先が、俺の乳首に触れる。
「豆のようだね。ほら、ころころしていて大変可愛らしい。」
「ぁッ……あぁっ…」
その硬い指の腹に摘み上げられた瞬間、俺は思わず濡れた声をあげた。乳首をこれでもかというほど指でこすられ、すでに痛みすら伴ってきた。俺は生理的嫌悪感から抗って逃げようともがいたが全く意味はなかった。
「さて、こちらはどうかな?」
声とともに降りてくる大きな掌の感触。ベルトを外して、ズボンを脱がされて、大総統は下着の上から俺の股間を最初はするりと撫でた。それから、徐々に刺激を強くして、下着の中で俺のそこはどんどん大きくなった。
「硬くなってきたね。ほら、気持ちがいい?もどかしい?」
下着の上からそこを擦られて俺はびくびくと震えた。こんなこと嫌だ。本当に。
俺は吐き気を覚えた。大総統の大きな手は柔らかくて大佐のそれと違って温かい。大佐の手も大きいけれどそれは常に低温で、昔彼は体温の冷たい人間ほど心は温かいんだよとかわけのわからないことを言って一人でうまいコト言ったなどと賞賛して俺に殴られて。嬉しそうな顔、情けない弛緩しきった頬。たまにあいつの家にいくと俺の家でもないのに奴の第一声はいつも決まって、おかえり、で。
なんで、こんなときにそんなことを思い出すんだろう。
突然、大総統の手が俺の下着の隙間から中へ差し込まれて俺は現実に帰還した。直接、すでに先走りの垂れだしたそこを愛撫されて俺はたまらなく情けない声をあげた。
「ひぃやぁんっ、や、だめッ……はぁんっ…」
「こんなに可愛らしいのにちゃんと大人のような反応をして……実に興味深い。」
彼は言いながら、俺のものを激しく上下に擦った。くちゅくちゅと卑猥な音が俺の鼓膜を震わせる。いっそのこと、鼓膜なんて破れてしまえばいいのにと思った。
「ぁッ…あぁん……」
「これはどうかな?」
いちいち聞くな、と胸中で毒吐きながらも身体は違う反応を見せるそのもどかしさ。俺は心底自分を恨んだ。なんだよ、こんなんで気持ちいいのかよ。相手が誰でもいいのかよ。汚い汚い汚い。
俺は汚い。
大総統は俺の身ぐるみをすべて這いで、片手で俺のものをしごきながら空いた手で右肩の、機械鎧の付け根をなぞった。痛くは無いがこそばゆい。そこに吸い付かれると、とても変な気持ちになる。こそばゆいような、恥ずかしいような。罪の場所を、舌先で刺激されて、下では長い指で熱いものを刺激されて。
俺は掠れるほど高い声であんあん鳴いた。先走りが垂れて流れてすでに後ろまで湿っていて気持ちが悪い。
「この機械鎧、東部の内乱が原因だと言ったね?」
「はぁ、はぁ……んッ…」
答えたくない俺は喘いで目を瞑った。彼の目を見てしまえばもう何もかもが見透かされてしまいそうな気がしたから。
「黙秘かね。」
「ッ…ぁあ…やッ、やぁん…」
無視。俺は無視しつづけた。無視するために快楽を貪ることにした。彼の声を聞かないために俺の声が自然大きくなる。これではもう部屋の外まで筒抜けかもしれない。でもそんなことはこの際どうでもいい。
声くらいなら聞かせてやる。せいぜい噂の出汁にでもしやがれ。
「強情な子だね。」
彼はそう言って、喘いで弛緩した俺の唇に吸い付いた。分厚い舌が俺の歯列を割って侵入してくると、俺の舌をねっとりと絡めとった。大佐とは違う愛撫の仕方に俺は震える。なんだ、気持ちいいんじゃん俺。俺は自己嫌悪に苛まれそうになるのを一歩手前で踏み止まった。そんなことは後回しでいい。今は、集中しろ。
「ぁっと、ぁあんっ…ひぃ、う…ひやぁんっ…」
間断なく与えられる愛撫に俺は何度も身体を強張らせたが、ふとそれが止んで俺は目を開けた。
唇をそっと離す大総統。彼に乱れた様子は一切無い。
「実に可愛いね、鋼の錬金術師君。国家錬金術師ともあろう君がこんなに乱れて…こちらの方ももうそろそろいい加減かな?」
言われて触れられたのは後孔。彼の太くて硬い指の腹でその外側をなぞられるだけで俺は「あぁッ」と声を上げた。それは嫌悪ではなくどこか歓喜を帯びた、いやらしい声。はやくそこに欲しくて欲しくて、待ち望んでいた声。そこにほしい、大総統ではなく俺の望んでいるものは別の人のそれだけれど。
大総統は既に濡れそぼったそこに指を挿入した。最初は一本だけで内部を詮索するようにかき回されて、それから無遠慮に指に数は増やされて、もう四本。俺は腰を浮かせた。その四本がばらばらに動いて障壁を傷つけて、奥の一番いいところにあたって、俺はひときわ大きな声をあげた。
「ひあぁぁっ…!!」
「かわいい声だ、私もそろそろ楽しませてもらおうかな。」
大総統の声が遠い。俺は息を荒げたまま、指を勢いよく引き抜かれて驚いた。ちゅぽん、という卑猥な音。
そして、うっすら開いた視界に大総統のそれが見えて俺は目をそむけた。
一瞬しか見えなかったそれは本当に大きくて、グロテスクなほど赤黒く、俺のとは何かが違った。俺の腰を持ち上げて、その先端を濡れてひくひくと痙攣する入り口に押し当てられる。すごく熱い。それにどくどくという生々しい地脈が伝わってきてそれは直接的に恐怖心と繋がった。自棄的な欲求を上塗りする感情に戸惑って俺は弱々しく嫌だと言ったが聞き入れてもらえるはずがない。
大総統の硬いそれがずぶずぶと押し入れられて、強制的に圧迫される腸壁とぐちゅぐちゅという水音。もう無理だという俺の制止の言葉もやはり無視されて、彼は俺の腰を掴んで奥の奥まで挿入した。
「あぁ…き、きつぃ…」
「うむ、とても締め付けがいい。これはマスタングだけにやるにはとても惜しいな。」
「………へ?」
聞きなれた名前に一瞬間抜けな声を出すが一瞬後にそれは俺の喘ぎにとってかわった。大総統は俺の腰を掴んだまま、挿入した性器をいっきに入り口付近まで引き抜き、また奥まで挿入することを繰り返した。最初はゆっくりと、徐々に速さを増すピストンに俺はついてゆけず玩具のようにただただ揺すられ喘ぐばかりで。
汗でべとついた前髪が顔面にはりついて金色に霞む視界の向こうに大佐を探したが見つからず、大総統の目は洞穴のようにぽっかりとそこにあるだけで怖いというより気持ちが悪かった。どこか人間めいたものを感じさせない無機質さがあるその瞳の中に、情けない表情の俺が映っている。喘いでいる。
「はぁんっ…んっんくぅ、ひゃ、ぁんっ!!」
その熱い先端が俺の前立腺とやらを刺激してえぐりとって、俺はあっけなく白濁を吐き出して自分の腹を汚した。それでもとまらない肛門への愛撫。俺の前はその痛いほどの快楽にまた硬さを取り戻して、下腹部についた先端から漏れ出す先走りがさっきの白濁に混じる。青臭い臭いに俺はまたもや吐き気を覚えた。
「ぁッ、も、だめ……ィっ……イくぅ……」
「若くて結構なことだ、エドワード君。ほら、我慢するのは身体に悪い。」
そうして俺の気持ちいいところばかりを執拗に攻めてくる彼の顔面を睨みつけて、しかし抵抗できない己自身をのろいながら俺はその後も何度も何度も吐精し続けた。

そうして、彼の呪縛から解放された頃には、もう夜中の二時を回っていた。

シャワーを浴びて、床に座るように眠って俺は三十分ほどで目を覚ました。
明朝三時。予定通りに列車は着き、俺は慌てて準備をする。といっても、顔を洗うほかにとくにすることはない。大総統は起きて同じように顔を洗って、いつもの軍服姿になる。
そうそう、エドワード君。と昨日のことをもうすっかり忘れてような顔で彼は俺に話しかけてきた。
「なんですか?閣下。」
俺は言いながら下から思い切り睨みあげた。が、相手には何らダメージを与えなかったようだ。
「これを着なさい。一応、軍の仕事をするのだから。」
それはそれは真っ青な、綺麗すぎるほどの軍服だった。

東方司令部へ行くまではすごく平和で、用意された仮官邸には貴重品以外のものだけを置いてスケジュール通りにホークアイ将軍と歓談。彼はマスタング派の中でも有能と名高いホークアイ中尉の祖父で、以前から東方司令部でちらっと見かけることはあったのだが、今日初めて言葉を交わした。いや、大した内容のことじゃねぇんだけども。できるだけ控えめに大総統の後ろに控えていた俺に、彼は笑うでもなく怒るでもない表情で、
「リザから話は聞いているよ。」
「あ、はい。はじめまして、将軍閣下。」
「本当に豆のようだなぁ。」
言って気楽に笑う将軍。
んだとコラ。そう言いかけて飲み込んだ俺って本気で偉いと思った。
ってちょっと待てよ。それって中尉が俺のこと豆だって将軍に言ったってことなんか?なぁそうなんか誰か教えてくれ。
あとは昼食会でリザは元気かと聞かれたので、前にあったときは元気で、いつもどおりお綺麗でしたよと言うと少し嬉しそうな顔をした。嘘じゃないし、彼女のことを俺は好きだったから、彼女の祖父だってそんなにいやな印象はうけなかった。
午後からは視察。それはそれは平和な平日の午後で、俺は欠伸を噛み殺しながら大総統のあとをついて歩く。
まさか徒歩で視察とはなぁと思いながら、その大きな青い背中を見据えた。
今、後ろから刺したらどうなるだろう。背中は俺に任せてあるのかがら空きだ。
場所は既にイーストシティの郊外。広い大きな公園をぞろぞろと青い制服が練りあるくんだから一般市民はさぞかしびっくりしたことだろう。母親に手をひかれた小さい子が大総統に手を振って、それに手を振り返す大総統はとても優しく穏便な男に見えたろうな、と俺は冷めた目で見つめた。南部で見たときと昨日と、それ以前の彼に関する俺の偏見は全く別物だった。
彼は人間じゃない。確固たる自信はないけれど、そんな気がした。生物学的に、じゃなくて性質的に。何かが常人とはずれている。きっと。
俺は唾液を飲んだ。まだ背中はがら空き。周りの護衛兵は物の数じゃない。殺気は表層に出る前に押し殺した。両手を打ちならさずにそっと、触れ合う程度にあてるだけ、それだけでいい。俺はその手を機械鎧の甲へ押し当てた。そこからは慣れたものだ。一瞬にして金属の形を同じ質量の剣に再構築して大地を蹴った。右足を軸にして飛び掛る。
飛び掛った先、大総統の背中、ではなくて。
「ッあ…」
男の手に握ったナイフを甲剣で弾き飛ばして俺は相手を睨みすえた。被られたフードは衝撃でめくれて、下から現れたのは褐色の肌。
「貴様ッ……イシュヴァールの民!」
大総統を囲んでいたほかの護衛兵たちが遅いながらも反応して、大総統を取り囲んで銃を向ける。
くっと唸る男。彼は大総統の右斜め前の茂みから飛び出してきたらしい。
「多勢に無勢、とうてい勝ち目は無い。」
俺の声は低かった。大総統の声はない。軍人の一人が男を捕まえようと動きかけたときに俺は叫んだ。
「何やってんだ!走れッ!!」
大きく手をふりかぶる俺に男は一瞬はじかれたようにその真紅の瞳を見開いた。見慣れていないものは偏見を通じて俺に恐怖をあたえたが、それでも俺は踏み止まった。誰かが何か言っている。けれどそんなことはどうでもいい。俺はただただ逃げることを相手に促した。
男は駆け出した。茂みを越えて公園の林の中へ走って消えた。その後を何人かの兵士が追おうとして、俺にそこまで止める権限はないなと思っていると、彼らの足は俺の後ろにいる男の声で制止された。
「追わんでよい。」
大総統はそれだけ言う。
「で、ですが、閣下…」
「よいではないか。暗殺未遂、うむ、なかなか威勢がよい街だなぁ、いやいや結構結構。」
俺は振り返って大総統を見た。優しそうな笑顔に俺は鳥肌をたてた。

大総統に一瞬でも殺意を向けた俺に、その目は全く笑っていなかった。

夜は昨日の繰り返しだったが、一つだけ違った。
俺は抵抗せずに身体をひらいた。もう、どうでもよかった。
ただただこの仕事が早く終わることだけを祈っていた。

翌日の予定もその次の日の予定もそつなく終えて、行きと同じように電車に乗った。
帰りは夜を越えないからベッドのない部屋で俺はそれでも大きな机の上で身体を開くように強制されて。
椅子に座る大総統の股の間に身体を埋めて、硬く頭をもたげた大総統のそれをぴちゅぴちゅと舐めた。大佐に教えられたことを思い出して、手は付け根を愛撫して、俺は裏筋から先端までを丁寧に舐めた。口に含むには大きすぎたが、それでも口を開いてくわえ込む。ちゅるちゅると口内の空気を抜いて密封するように吸い付きながら、唇で何度も擦りあげた。そして徐々に喉の奥までくわえ込む。先端が俺の喉を傷つけた。むせ返りそうになるのに必死に耐えた。大総統の荒い息遣い。彼は俺の髪を優しく撫でて、一方的に、出すから飲みなさいといって俺の喉の奥に射精した。その白濁をすべて飲み干す。最後の一滴まで俺は吸い上げて、唇についた白い液体を手の甲で拭う。上辺だけの賛辞を貰った俺は、一言、どうも、とだけ述べた。

到着一時間前にシャワーを浴びて、借りていた軍服を返した。
本当は洗って返すべきなんだろうが生憎時間がないもので、と言うと大総統はこれは君のものだよ、と言った。
「また使う機会があるやもしれぬ。なんならマスタング君にでも預けておいてはどうかね?」
もらえるものはもらっておこうと思った俺は、
「じゃあ、遠慮なく。」
そう言って自分の鞄に汗臭いそれを丸め込んだ。大佐の家にもっていけば洗濯くらいはしてくれるだろうし、もしかしたらクリーニングにも出してくれるかもしれない。変なところで潔癖な彼の顔を思い出して、そういえば帰ったら大佐にも会えるなぁと思った。早く、会いたいなぁと。
「エドワード君。こちらへ来なさい。」
呼ばれて俺は仕方なく大総統の前の椅子に座った。
「なんですか?」
「君の働きは見事だった。秘書にしても護衛にしても何にしても。」
「恐れ入ります。」
仕事に入った当初の謙虚さはどこへやら、俺の口調はそれはそれはふてぶてしいものだった。
「しかし君は私には忠誠を誓っていないね?」
「誓っていません。」
「国家錬金術師でありながらこれは大問題だ。違うかね?」
「………俺は、」
言葉を切った。考えたわけではなくて、なんとなく弟のことを思い出した。
待ってんだろうな、俺のこと。可愛くて素直な弟は、今回の俺の仕事についてどう思っているのだろう。
「俺は、軍の狗になりました。軍の命令にも、貴方の命令にも従います。しかし俺は貴方一個人の狗ではありません。貴方は俺の忠誠の対象にはなり得ない。もしもそれがご不満でしたらどうぞ国家資格を剥奪してください。俺に文句を言う資格はありませんから。」
いっきにそこまでまくしたてる。大総統はじっと沈黙していたがやがて大きな口をあけて笑った。
笑いを一通り吐き出してから、
「結構結構。鋼の錬金術師君は本当に威勢がいい。」
満足そうに言って、その話題はそこで終わった。
車内アナウンスが、駅への到着を告げていた。