闇の中


銀、というわけでなく。幼少時の極度の恐怖体験で色素が抜け落ちた髪は、陽にあたって反射して、プラチナブロンドといえれば格好がついたものの、近くで見れば水分も一緒に抜け落ちた、老人そのものの。若さを保つ顔の左半分は、その代わりの悪魔の傷が消えることなく無惨に根付いていて、アレンはその顔、というより頭部に注目されることが気に障るのか、頭を撫でる神田の手からも逃げた。
「アレン」
「今更そんなの、嬉しいと思ってるんですか」
頭髪だけ見れば、老人のものなのに、その髪の隙間から見える若々しい綺麗な唇が、ぞっとするほど冷たい声を出したのに、神田は思わず伸ばした手を引っ込めた。

「なんですか、これくらいで引くんですか。」

気配で、神田の手が止まったことを察して、アレンが言う。

「意気地なし」

アレンの頭に、中空を飛んでいたティムキャンピーが降り立つ。白い髪に埋もれて、ティムは満足そうに羽を休める。
「ほら、ティムキャンピーなんか、僕が怒っててもお構いなしじゃないですか」
アレンの声は低いまま、神田の手は、所在無く神田とアレンの間の空間に浮いたまま。
「神田は僕が起こったらすぐ機嫌とって」
そこで一旦言葉をとめて、大きく息を吐き出した。
「普段名前なんか滅多に呼ばないくせに、名前呼ばれたくらいで、僕の機嫌が直るとでも思ってるんですか。なんなんですか、腫れ物でも触るみたいに。僕が理不尽に神田に八つ当たりしてるのに、普段なら僕がちょっと神田の進路を塞いだだけでも舌打ちするくせに」
神田は、困ったように口元を歪めるしかなかった。溜息を吐く気分にはなれなかった。溜息をついて、我が儘をなじって、悪態をついて見捨ててここから逃げるほど、甲斐性がないわけじゃ、ない。
「優しくされるの、むかつくんです。」
声を震わせながら、顔も上げずに言い捨てるアレンに、なら泣くな、と神田は言った。もう一度差し伸べらた手をアレンは避けようとしなかったから、神田はそっとティムキャンピーをベッドに下ろして、主の居なくなったその白い頭を二、三度撫でて、それから抱きしめた。

「……神田なんか」
嫌いだ、と続かなかったのは、アレンなりの我慢の結果。愛する人に決して言いたくないはずの最低の言葉を、それでも最初のうちは何も考えず口走っていたから、それを考えれば成長したと言えるのだろうけれど。
よしよし、と神田はアレンの背中を叩いた。月に一度の割合で回ってくる癇癪。
神田も最初はただ驚いた。きっかけはほんの、ベッドに入ったときにアレンが左手に手袋を着けたままだったのを、神田が指摘したとか、その程度。小さな小さな、トラウマのスイッチ。
普段温厚で人当たり良く接している分の鬱憤を一気にまき散らしたという感じで、癇癪を起こしたアレン自身も収拾がつかなかった。
「……神、田なん…か」
こみ上げてくる嗚咽を、かみ殺しもせずに、アレンは言い続ける。たぶん、明日になったらきっと今日吐いた(神田顔負けの)暴言の数々なんてけろっと忘れていて、
神田もきっと何もなかったように振る舞う。
「ひどいですよ、僕が、こうやって優しくしてたら丸く収まると思ってるんですよ、僕が何で悩んでるかなんて」

全然知ろうとしないくせに。

アレンの言葉の外、彼が何を言いたいのかすべて判っていても、神田は顔色も変えずにアレンを抱きしめて背中をさすり続ける。
大丈夫、好きだから、愛しているから、それをアレンに伝えるべきだった人間はもう居なくて、代わりにいるのは。