cherry3
「なんなのまだあの2人は喧嘩してるの、何回言えば判るんだろうね毎回どうしてこうも喧嘩するネタがあるのか全く見当が付かないんだけど、それとも2人とも学習してない?嗚呼!リーバー班長コーヒーが切れたから僕は一旦休憩に」
「黙って仕事して下さい」
リナリーが持ってきた書類に、これ幸いと立ち上がって逃げようとしたコムイを、めざとくリーバー班長が顔も上げずに静止する。
え〜だってコーヒーが、と尚も食い下がる室長に、リーバーはがりがりがりと言うまさに紙面に文字を刻むと言うのが適切だろうか、そのペンの勢いを一旦緩めてちらっとコムイを睨んだ。
「リナリー…」
「兄さん、コーヒーならいれてあげるから」
助けを求めて視線で縋ってくる(徹夜一週間目突入の半分イった目をしたリーバーに睨まれたので、さすがに怖くて逃げ出せなかった)兄に、座って仕事してて、にっこり。と花のように微笑む可愛い妹。
コムイはほにゃんと顔を崩して頷いた。室長の扱いに関してはリナリーが一番心得ている。
リナリーがぱたぱたと足って行く後ろ姿をひとしきり眺めてから、先程渡された書類にやっと目を通して、コムイは困ったようにぽりぽり頭を掻いた。
「どうしようリーバー班長」
「なんですか。逃走の言い訳が思いつかないとかなら却下です。徹夜してるのは室長だけじゃないんすよ。変態巻き毛な上職務態度が悪くなるようなら俺は本気で転職を考え」
「違う違う」
ぱたぱたと手を振って、そのままで少し停止して、あれ、今ひどいこと言わなかった?と首をかしげるコムイに、言ってませんとさらりと流してから
「じゃあなんなんすか」
「調査だよ調査。今みんな出ちゃってるんだよねー、残ってるエクソシストがリナリーとアレンくんと神田くんだけでさ。人手不足だよねー困ったな。」
「どこの怪奇ですか」
「アイルランドとイタリア」
「見事に北と南っすね。」
それじゃ連続していって貰うのはちょっと厳しいな、と手元の地球儀を見て(勿論イタリアとアイルランドの位置は判っているけれども)確認してからリーバー。
「さすがに教団に一人もエクソシストがいないって言うのはもしもの時困るからね、アレンくんと神田くんに決定」
「なんだ、全然どうしようじゃないじゃないっすか、何悩んでたんすか」
書類にサインするコムイに、あれだけ大騒ぎして、とリーバーは少し呆れて言った。
きょとん、として首をかしげてコムイが、だって喧嘩中のカップルが離れるなんて、それが原因で別れちゃったらどうしよう僕、と呟くのを、どついてやろうかこの上司とリーバーが思ったのは、決して礼を欠いたものではない。
アレンが呼ばれたのは昼食の時間を少し過ぎた辺り。よくこの時間に呼ばれるのは、他の科学班の人たちが休憩する間に、コムイが任務の概要を説明しようとするからだ。それ故ここではたまに、他のエクソシストともすれ違う。
呼ばれて恐る恐る向かったアレンは、道中とその席に神田が居ないことにほっとした。
一週間前に喧嘩して、それっきり。いつもなら食堂でもどこででも顔を合わせたら軽口を叩いて言い合いをして、それでいつのまにか仲直りの筈のなのに今回はそれすらない。
と言うか正確にはいつもなら神田が折れて「自然と仲直り」にまでわざわざ持って行くのだが(事実価値観の相違から起こった喧嘩なのだから、どちらが悪いと言うわけでもなし)、神田は何も言ってこないし、アレンもなんとなく謝りにくい。
謝らないまま時間が過ぎて、いつの間にやら一週間、そういえば随分会っていない気がする。
食堂でも風呂でも鍛錬場でも。
建物が広いから、意識して時間を合わせないと会えないのは判っている。
そう考えると、今まで神田とぎゃあぎゃあ言いながらご飯を食べたりしていたのが、夢のように思えて、それから神田の気遣いを実感する。彼は曲がりなりにも、アレンに合わせてくれていたのだから。
キス論議など第三者から見たらただの痴話喧嘩で、放っておけばいいという意見が大勢なのだが、本人的には大まじめ。
アレンにしてみれば、寧ろいつ振られるか、いやもしかしたらもう嫌われているのかも知れないと次に出会ったときのの神田の一言におびえて、会いたいのに会いに行けない。
嫌いだと言われるのが怖い。
神田のその唇から嫌いという言葉が出るのが、あの射抜くような真っ黒い目に冷たく睨まれるのが、想像するだけでとても怖くて、それをされたとき自分がどういう行動に出るのか、とても怖い。
自分は神田に別れを突きつけられたらどう思うだろう。
あの、養父をなくした時の喪失感。すべてに取り残されるような。
「だからアレンくんにはイタリアに行って貰おうと思って、聞いてる?」
「あ、は、はい、大丈夫です」
コムイが説明を止めて、顔を上げた。それは決して咎める様な声ではなかったけれど、すっかり聞いていなかったアレンは慌てて資料を捲る。
手が小さく震えていたことに気付いて、アレンは唇をかんで笑みを作った。
肉に歯が食い込んで、鉄の味がした。でもその代わり、顔に張り付いたのはいつも通りの完璧な微笑だった。痛々しかったけれど。
コムイはならいいんだけど、と笑う。
「それから」
続けていったコムイの声は、気遣うように柔らかで優しかった。
「神田くんの方も任務に出るから、仲直りしたいなら今のうちにしておいでよ?」
神田くんもだよ、と向けられたコムイの視線の先、ぱたん、とドアの開く音がして、アレンは叫びそうになるのを何とか堪えた。
神田は憎そうにコムイを睨むと、うるせぇよとだけ呻いて、どんっとアレンの横に腰を下ろした。
なんとなく、いたたまれなくてアレンは手元の書類に目を落とす。
資料にはたくさん字が並んでいたが、それを言葉として認識するのは無理だった。白と黒の模様みたいだ、と混乱した頭の中の、辛うじて働いている冷静な部分がそんなことを思った。その部分もだいぶオーバーヒートしそうだったが。
「で、」
低い神田の声。ああ、2人で居るときはもっと優しい声を出すのにと思った。そして、その声が二度と聴けなくなることを考えるとやはり手が震えた。
「とっとと任務の説明」
ぶすっとした声でコムイに促す神田の横で、もしずっと、神田のこんな不機嫌な声しか聞くことが出来なかったらと、思うと息が苦しくなった。胸がぎゅうと鷲?みにされるような。
とっさにアレンは資料を握り締めて、じゃあ僕はこれで、と逃げるようにコムイの部屋から抜け出した。
背中に刺さってくる神田の視線を感じたけれど、アレンは気付かない振りをした。