連戦連勝、常勝不敗の女王。史上最速チョコボ。幾度となくレコードタイムを塗り替え、頭上に輝く勝利の2文字。美しい金色のチョコボに跨るのは、同じく金髪の美少年。しかも彼ら兄弟とチョコボが走るのは、父親の残した借金返済のためだ。ここまで出来すぎたお涙ちょうだい話に、食い付かない人間が居るだろうか(否、居ない)。

「……人間というのは、こんな調教風景を毎日見に来て楽しいのか」
「クラシックレースが近いですからね。あなたの状態が気になるんでしょう。何と言っても、最強チョコボですから」
三日後のレースに備えて、追い切りは万全。どれだけ走っても、調教程度で息が上がることはない力強い足取り。併せ馬のオスカー号が、同じくちっとも疲れていない様子で、報道陣を見つめるハル子の隣に並ぶ。
自分の追い切りの様子を事細かにメモったり、騎手兼調教師の主人にマイクを向ける人間達を一瞥して、ハル子は、彼女には珍しく、馬鹿にするわけでもない不思議そうに答えを求める鳴き声を上げた。心の底から彼ら人間が理解できない。
「別に予は最速でも最強でもない。周りが弱すぎるだけだ。なのに人間は、周りの底上げもせずにただ予を賞賛しているだけだ。こんなのではチョコボレース全体のレベルが落ちてしまうのではないか?」
「それは人間の都合ですから。あなたはただ、速く走って一番になって、周りと飼い主を喜ばせてあげればいいのです。人間は単純ですから」
そんなものか、とハル子は透き通る瞳に、オスカー号の黒い羽根を映す。彼女の綺麗な瞳が、自分の羽根の色で染められるのが、今のオスカー号にとっては堪らなく快感なのだが、そんな発情期のロマンチストな雄の微妙な心の動きなどハル子はいざ知らず、報道陣に代わって集まってきた「ハル子ファン」の女性達に羽を広げてデモンストレーション。「可愛くて賢いチョコボ」の振りまく愛想に、にわかチョコボレースファンが嬉しそうにきゃっきゃと騒いだ。
「あの連中もだ。予が羽根を広げるだけで、何があんなに嬉しいのか解らん」
「それはあなたが美しいからですよ」
「………卿もよくわからんやつだ。今更おべっかを使ってどうする」
「本心ですよ。閣下」
オスカー号が低く、囁く。彼の低い鳴き声に、ハル子のおしりの羽根がぶるっと震えた。
おかしい、とハル子は思う。もしかしたらやっぱり、飼い主の言うとおり最近疲れているのではないだろうか。オスカー号の鳴き声や匂いに最近やたらと反応している。なんとなく脚の付け根がむず痒かったり、チョコボ肌恋しかったりする。
「私は貴方が勝てば嬉しいし、誇りに思います」
「そんなことを言っているから、いつまで経ってもSクラスに上がってこれんのだ」
「そればかりは私の能力の到らぬ所で」
「嘘をつけ。適当に手を抜いてる癖に」
くくっと楽しそうに笑う。別にオスカー号を咎め立てする気はない。彼が現に、ハル子を除けば並ぶものは居ない最強チョコボの一角、たまに手を抜いたところで、それくらい彼らの飼い主に対する裏切りにはならない。それに、彼が自分と、自分の騎手、アルフォンスに遠慮しているのもよくわかる。彼は決して言葉にはしないが。彼がSクラスになって同じレースに出る事になったとき、一番競争を嫌がるのはあの飼い主兄弟だろう。
しかし内心、ハル子はその彼の遠慮に不満を持っている。正直、物足りないのだ。今の、このハル子の闘争心を決して満たすことのない平凡で、且つ、張り合う相手の居ないつまらないレースの世界。
「卿なら、予の連勝を止められるかも知れんぞ」
「買いかぶりです」
クェ、と謙虚な言葉とは裏腹に自信に満ちた声でオスカー号が啼いたとき、浮かない顔で彼らの飼い主が戻ってきた。
「なぁ、アルフォンス。あいつらの言うことなんか気にすんなって。ハル子は負けないって。おまえが不安そうな顔してどーすんだよ!」
「うん……ハル子、レース頑張ろうね?」
そう言ってハル子と撫でる手にも声にも覇気がない。ん?と思わず2匹は目を合わせた。最近、兄の方が悩んでいるというのは、オスカー号の弁だったが弟の方にもそれが伝線したのかと思う程の落ち込みよう。
「クェ」
とハル子が、飼い主の金髪に嘴を押し当てた。
「ほら、ハル子も心配してるじゃねーか…アル、元気出せよ」
「うん……」
兄に励まされて、アルフォンスが頷いた。

あまりに鬱になったアルフォンスに、首をかしげていた2匹だったが、チョコ房に戻ったあと、厩舎の近くで話していた新聞記者達の言葉を聞いて、オスカー号は漸く合点が行った。
「……つまりは、あなたのライバルが現れたと言うことですよ」
「ライバル?」
ハル子は食べていた青草を租借しながら、首をかしげた。その拍子に嘴から青草が一房落ちたのを慌てて啄んで、オスカー号を見る。
「次のクラシックに、有力な対抗馬が出るらしいのです」
「つまりは、速いのか!」
ハル子の目が輝いた。その存在を待っていたのだ。変化のない閉塞してやりがいのないレースに、光が見えた気がした。速い相手…今まで、自分のスピードに半周と付いてこれるチョコボはいなかった。独壇場、それがやっと終わる!
「速い、と言いますか」
しかしオスカー号が言い淀んだことで、ハル子の熱は一気に冷めた。
「速くないのか?」
声が、急速に熱と興味を失う。
「速いことは速いのですが、問題はその騎手です」
「騎手?」
「はい。つい先日まで無名だったらしいのですが、ここ最近のレースで勝ち星を挙げていて」
「今度のレースはクラシックだろう。波に乗っているチョコボと騎手が出てくるのは当然だろうが」
「まぁそうなのですが…『鞍上の魔術師』と呼ばれている名騎手らしいです。とにかく、飼い主の憂鬱の原因が彼であることは明白で」
「つまらん、興味が失せた。ばかばかしい。そんな相手に予が負けるとでも思っているのか」
オスカー号に最後まで喋らせず、ハル子は不機嫌なまま新しい青草を啄んだ。

どうせまた、予が勝つのだ。