飼い主が何か悩んでいるらしいとオスカー号から聞いたのは、ハル子がレースの後飼葉を貪っているときだった。びっくりしてハル子は頭を上げる――まさかそんなこと、思いも寄らず心当たりもなかったからだ。
「嘴に青草付いていますよ」
「あ、ああ」
オスカー号は黒い嘴でハル子の金色の嘴から青草をはらい落としてから、やっぱり気付いておられませんでしたね、と呟く。
心の機微に疎いと笑われるのは毎度のこと。しかしまぁ、オスカー号の話と言えば、彼らの飼い主たるエドワードがあの借金取りに惚れているとか、あまつさえそういう関係だとか(どういう関係かは具体的にはハル子には解らないが)そういう話ばかりで、ハル子からすれば邪推だとしか言いようがない。そもそもあの借金取りが嫌いだから、ここで自分達がレースに出ているんじゃないのか、とハル子はいつも反論するが、だから閣下は若いと言われるのですよ、とオスカー号に返される。
「また卿の勘ぐりではないのか。」
「あなたが勘ぐらなさすぎなんですよ…」
呆れたように言われてむっとする。だいたい2歳か3歳違うだけで、こんな言われ様はないのではないか。そりゃあ野生でハーレムを作っていたオスカー号には、その分野では2歩も3歩も4歩も劣るだろうが。
「……むかつく」
クェ、と低い声で呻くとオスカー号が堪らず笑った。

そもそも、飼い主の悩みに気付かないハル子にもそれなりの理由がある。
「……なんか悩んでるの?」
アルフォンスにそう言われて、ハル子はクェと頭をもたげた。ハル子自身が今悩んでいるのだ。
……セクハラに。
「あ、またここ、羽が抜けてる、どうしたの?ストレスかなぁ…ごめんね、無理させてるもんね…」
綺麗な金の羽が数本抜け落ちて地肌が透けて見える程、生え替わる時期ではないからそれがとても不自然。
アルフォンスはとても自分を大事にしてくれるから、逆にあまり心配を掛けたくない。オスカー号の言うとおり、エドワードが本当にあの借金取りを好きならともかく、ハル子にはとてもそうは見えない。今はとにかくレースに勝って、借金を返すことが最優先で、いくら周りがトロ臭いといっても自分はこんな事で悩んでいる暇はないのに。
なのに!

グェグェと厩舎に響く下品な声、ハル子は思わず耳を塞ぎたくなる。総じてレースに出てくるチョコボは気性が荒い奴が多い。レース前、始めてゲートに入ったときもその余りの五月蠅さに辟易したものだが、今はそれを上回るストレス。その鳴き声が、罵詈雑言の類ならハル子にだって我慢が出来る。
「あーやりてぇハーレム作りてー」
「めすーめすー」
「女ー早く引退して繁殖してぇ…」
「……不快ですか?」
「…………とても」
発情期というのは、どのチョコボにも等しく訪れるはずだがハル子はどうやら例外だったらしい。周りは発情期の雄ばかり、その中で一匹醒めた彼女にこの雰囲気は少々きつい。本音はともかく見かけはそれなりに落ち着いたオスカー号がいるからまだいいものの、彼と逆隣の雄はぎゃあぎゃあと下品な鳴き声を上げながら、数少ない雌のハル子のほうにアプローチを掛けてくる。
「ストレスで羽が抜ける…」
ふわふわと落ちていく羽毛の欠片を眺めながら、ハル子は呟いた。
覇気がない、レースには辛うじて勝つものの走りに今までのキレがなく、最後直線の伸び足もない、最近のハル子の評価はもっぱらそんなところで、事実明らかにその通り。
オスカー号は言うまでもなくアルフォンスや、エドワードにまで最近心配される有様で、ハル子としてもどうにかしたい気持ちは山々なのだが、こればかりは。発情期が過ぎ去ってくれるのをおとなしく待つしかないのだが、ハル子の毛並みは綺麗すぎて(この状況下で、これは不幸としか言いようがない)、自然他の雄の目を引いてしまう。雄臭いフェロモンをまき散らすばかりか、求愛までされた日には!
思い出すだけ気持ちが悪いと、その嫌な記憶を振り払おうと頭を左右に振ると、また新しく羽が抜け落ちる。
「せっかく綺麗な羽なのに、勿体ない」
そう言って、羽が薄くなった辺りをオスカー号が宥めるように嘴で撫でるが、ハル子の気持ちは落ち着かない。
厩舎でもこんなせわしなくて気が休まらないのに、レース会場では何も知らない脳天気な解説者に、入れ込んでいるだのなんだの文句をつけられて気分が悪い。
「……綺麗だから悪いんだ」
「閣下」
ぷち、と自分の羽をむしって、ハル子が言う。黄金の翼と名高いそれが、無惨に地に落ちるのを見るのはオスカー号としても忍びない。
「卿がいてよかった。こんな中に一匹で居たらと思うと、ぞっとする…」
「閣下…」
オスカー号としては彼女に信頼を寄せられる事は光栄の極みだが、彼女はそのオスカー号も他の雄と同じく発情期だと言うことをすっかり失念している。まさか彼が、他の雄同様自分の貞操を狙っているとは夢にも思わず、ハル子はオスカー号に向かってにっこり微笑んだ。