かつての仲良し三人組は久しぶりに‘遊ぶ’約束をした。
ビジネス街にあるビルの屋上。薄暗い照明に転々と配置されたソファ、店内に響くピアノの音はどこからしているのかエドワードにはわからなかった。 エドワードはこの店に先週も来た。その時が初来店で、その時はロイと一緒だった。エドワードはサラミとチーズの盛り合わせを食べた。ロイは、ウイスキーを飲んでい た。
今日は金曜日だった。エドワードは待ち合わせよりも早めに着いてしまった。予約は、自分の名前でいれてある。さきに予約席である長いソファに座って、エドワードはそこが窓際の席であることにロイマスタングの影を見た気がした。他の窓際の席は、全部埋まっていた。
エドワードに遅れること数分、ガラスの扉をおして金髪の女性が入ってきた。ウエイターが彼女に近づく。エドワードはそれがウィンリィだとすぐにわかって、手をあげようとして一瞬ためらった。あれ、人違いかな。黒いジャケットに黒いパンツ。黒のパンプス。首にはなにか、スカーフのようなものまで巻いてある。その井出たちは、かつての彼の幼馴染とは少し違っていた。
エドワードの中途半端に伸ばされた腕を見つけて、しかし彼女はすぐに表情を綻ばせた。
やっぱりウィンリィだ、エドワードの一瞬のためらいが霧散する。ウエイターとウィンリィが何か話して、彼に案内される形で、彼女はエドワードの席に来た。来る途中でスカーフを解いていた。
「ごめんごめーん!待った?」
昔から変わらない声と仕草。エドワードの表情も自然と緩んで、めちゃくちゃ待った、と強い口調で言い返すとウィンリィは笑った。何か頼む?と彼が言えば、アルは?と逆に聞き返されてしまった。
「アルは仕事でちょっと遅れるんだって。」
「へぇ…最近雑誌とかでよく見かけるもんね。忙しいんだぁ。」
ウィンリィはそう言って、店内を軽く見回した。黒いジャケットは季節とは少し不釣合いで、その下に来ている薄い水色のシャツは暦より少し早い気がした。ウィンリィはジャケットを脱いだ。そばにいたウエイターがそれを受け取た。
「久しぶりね。」
エドワードの正面に座ったウィンリィは、改めて微笑んだ。エドワードは頷いた。
ウィンリィは、何も変わっていないように見えた。細身のシャツ、黒のパンツ、腕に 巻かれた大きめの腕時計は装飾が少なく文字盤が大きい。彼女は女子大を出て今年社会人になった。でも、それでもウィンリィはウィンリィだと思った。そしてエドワー ドは、そう感じることが嬉しかった。懐かしい、エドワードは昔住んでいた田舎のことを思い出した。それは、ウィンリィも同じだったようで、二人はしばらく、彼らの
故郷の思い出話に花を咲かせた。
店の扉の開く、カウベルに似た金の音がなって、二人は自然と視線を扉に向けた。アルフォンスだった。
薄手のライダースを入り口近くのウエイターにさっさと渡すと、案内されるよりも早くエドワードたちを見つけた。
「ごめん、ちょっと混んでたんだよね、道。」
アルフォンスは二人に謝って、ウィンリィに久しぶり、と言った。ウィンリィは、何 も言わないで頷いた。
「混んでたってお前、車で来たの?」
「まさか。タクシーだよ。首都高がもう、すごい混み様でさ。」
エドワードに、アルフォンスが苦笑する。苦笑したままで、何もないテーブルの上に 視線を送ってから、
「で、まだ注文はしてないの?」
「お前が来るまで待ってたの!」
「そーよぉ?アル、一人仲間はずれにしちゃ可哀想だから、二人して我慢してたんだ から。」
ねー?と声を合わせる年長者二人に、アルフォンスはもう一度謝った。
適当につまめるものをいくつかと、それぞれ飲み物を頼んだ。注文が三人ともビールで、三人とも笑ってしまった。
「もうアルもビールが飲める年なのね。」
ビールを飲むアルフォンスを見ながら、ウィンリィは感心するような声音でそう言っ た。エドワードがからかうように、
「お前なんか、昔はオレンジジュースすら飲めなかったじゃん。」
「オレンジジュースは今だって嫌いよ。」
酸っぱいじゃない、と付け加えて、ウィンリィはビールを煽った。
それから三人はお互いの幼少期の話をして盛り上がった。三人とも、昔のままだとエドワードは思った。
アルフォンスもウィンリィも、もちろん彼自身も。化粧をしたり、酒を飲んだり、スーツを着たり仕事をしたりしてはいても、アルフォンスがアル フォンスであることに変わりはなく、ウィンリィがウィンリィであることに変わりはなかった。
話は三人が仲良くなる経緯から始まった。アルコールがいい感じで回り始め、エド ワードの頬が上気しはじめた頃、話題は彼らの中学生時代のことになった。
「そういえば、中学生のときのほうがいろんなとこ行ってた気がするなー。」
ウィンリィが言う。見れば、彼女の頬も、ほんのりと桃色に染まっていた。照明のせいばかりではないだろう。
「いろんなとこって?」
エドワードが聞き返す。ウィンリィはしばらく考えるように沈黙していた。
「具体的にはわかんないけど、なんていうか……ほら、中学生ってお金がないでしょう?だから、お金のかからないようなところを一生懸命探して行くじゃない。公園とか、動物園とか。」
エドワードが首をかしげていると、かわりに口を開いたのはアルフォンスだった。
目の前に置かれた新しい飲み物、ウイスキーのロックグラスを片手に持ちながら、氷山のような透明の氷をゆっくりと回転させる。
「行ったね、動物園。」
「行ったわねー…動物園も、図書館も。」
「あと、美術館。」
「遊園地も行ったじゃない?ちょっと遠出だったからすごい覚えてるのよ。私がおにぎりにぎってさ。」
「僕がおかず作ったよね。」
「アルのおかず、美味しかったなぁ…あのから揚げ!なつかしーなぁ…」
二人の会話は決してスムーズなものではなかった。けれど、酔いの回り始めたエドワードに、その流れを遮ることができたのは、二人が一息ついてからだった。
ちょ、 ちょ、と言って、まず二人の注意を自分にひきつけると、エドワードはアルフォンスとウィンリィを交互に見やった。
「何?何の話?から揚げ??」
エドワードの言葉に、アルフォンスとウィンリィは沈黙してから、二人で笑った。声をたてて。その間、エドワードはまたまた置いてけぼりを食らってしまった。だんだん腹立たしくなり、口をへの字に曲げると、優しい弟がエドワードの頭を二三度撫でた。
「そういえば兄さんは知らなかったんだよね?」
「だから、何がッ!?」
「私たち、昔付き合ってたのよ。」
今度はウィンリィが、穏やかな表情で言った。アルフォンスが指折り数えて、
「僕が中学二年生になる前の春休み…だよね?確か。」
「そう。私が三年になる直前から、私が卒業して高校入ってしばらくだから…一年と少しよね。」
今考えると結構短い期間だったんだね、とアルフォンスが笑う。
エドワードはいまだに理解できていないのか、一人目を瞬かせていたが、しばらくして握っていたビールジョッキをテーブルに置いた。
「えーっとつまり……二人は元カノ、元カレ?」
「なんかヤだな、その言い方。」
「あら、いいじゃない。なんか響きが若いし。」
「えぇー!?そうかなぁ…」
アルフォンスとウィンリィが視線と言葉を交わす。エドワードは、なんだか急激に体温を冷やされた気がした。自分を包んでいた温かみと懐かしさが、どこか遠くへいってしまった。アルフォンスとウィンリィの声が耳の外へと消えて、見知らぬ男女の会話が聞こえてくる。それは、なんだか都会のにおいに似ていた。
エドワードは、ウィンリィを見た。襟のある水色のシャツ、日焼けのない白い首、細い顎、酒に酔った頬、不自然に長いまつげ、細い眉。さっきまでは、確かにウィンリィだった。あの、故郷の田舎で、麦わら帽子をかぶって一緒に蝉取りに出かけた、幼馴染のウィンリィだった。でも、今はとてもそんな風には見えなくなってしまった。
彼女は彼の知らないところで、彼女ではなくなってしまったのだ。彼女がこの店に訪れたときの、ガラス戸を押して入ってきた瞬間、エドワードが手を振るのを躊躇した瞬間がよみがえってきた。あれ、人違いかな。そう思った自分。そう思ってしまった自分。錯覚なんかじゃなかったんだ。エドワードは腕と足に鳥肌を たてた。
「兄さん、どうしたの?」
弟の声で、エドワードは我に帰った。我に帰ってあわてたが、見ればウィンリィもアルフォンスも、さして気にした風もない。それはほんの数秒のことだったのだろう。エドワードは、いやなんでもねぇよ。と答えた。ジョッキに残ったビールを飲み干し、ウエイターを呼んで追加を注文する。
「それにしても…まさかそんなことになってるなんてなぁ。」
エドワードは、驚いたように言った。兄さんが鈍感すぎるんだよ、とアルフォンスが言い、でもあの頃は結構必死に隠してたわよね、とウィンリィが言った。
「付き合ってるのバレたら、冷やかされるって思ってたから…友達とかにも必死で隠して。」
ウィンリィはそう言って、最後にぽつりと、若かったなぁとつぶやいた。
エドワードは、手の中で温くなっていくビールを、飲むでもなく、かといってテーブルに放置するでもなくずっと、握りしめていた。