夕方になると、まだまだ風の冷たい三月上旬。
ウィンリィ・ロックベルは、近所にある公園のブランコにいた。白い白熱灯が、不自然に彼女の周りを照らしている。濃紺のセーラー服の上からウインドブレーカーを羽織って、ウィンリィは大地を蹴ってブランコを少しだけ揺らした。きこきこ、と静かな夜に不意に響く金属音。風が吹くと、体がこわばって自然、背中が丸くなる。ウィンリィは、空を見上げた。何もしないで待つのは、苦手じゃなかった。しばらくそうしていると、公園の入り口から走ってくる人影が見える。大きな鞄をさげて走ってくる学ラン姿の彼はウィンリィの傍まで来ると開口一番に、ごめんねと謝った。それから彼女に、缶を手渡す。暖かい、レモネードだった。
「部活だったんでしょ?いいわよ、そんなに待ってないし。」
彼女は言いながら、レモネードのお礼を言った。冷えていた両手があったまる。彼、アルフォンスは、コンビニとかで待ってもらえばよかったかなと笑った。笑って、ウィンリィの隣に座った。鞄を地べたに置くと、どさっという重たそうな音がした。
ウィンリィは、アルフォンスの横顔を見た。白い肌に、自分とは違う色味をした金髪、彼は亡くなった母親似だった。小学校を卒業するまでは身長も低い方で、二重に大きな穏やかな瞳をしていたから、むかしからよく女の子に間違えられた。アルフォンス・エルリック、現在中学一年生である。最近、彼は変わったという。それは、同じ小学校に通っていた、ウィンリィのクラスメイトが言ったことだった。クラスメイトは、女子バスケ部に所属していて、男子バスケ部であるアルフォンスのこともよく知っていた。
「最近、可愛いだけじゃないわよね、あの子。」
彼女の言葉にウィンリィは首をかしげた。アルフォンスは、可愛いとずっと思っていたから。
「それはあんたが幼馴染だからよ。あの子、一年の間ではすごいモテようなんだから!先月の14日だって、すっごい量のチョコ貰っちゃって。最近、身長も伸びてきたし…バスケの素質もあるのよ。」
アルフォンスがモテるのは、今に始まったことではない。けれどそれは、とりたてて言うほどのことでなかったのだ。今まで、ウィンリィはアルフォンスがモテるなどと意識したことはなかった。兄の後ろにいつも隠れている、一緒に遊ぶ年下の男の子だった。それにまだ、中学一年生ではないか!まだまだ可愛い時期じゃない、とその時は笑ったのだが。
ウィンリィは、アルフォンスの横顔をじっと眺めていた。居心地悪そうに本人が苦笑して、彼女を真正面から見据えた。
「ウィンリィ、怒ってんの?」
「へ?」
「じっと見てるから。ボクの顔。」
「あ……」
ウィンリィは、今まさにしているであろう自分の間抜け面を心で笑った。けれど実際、笑って見せたのはアルフォンスだった。やさしそうに微笑まれて、ウィンリィはとてつもなく焦ってしまった。
「別に怒っちゃいないわよ。ちょっと、見てただけじゃない!」
「何を?」
「あんたの顔よ!」
いきなり強い口調で言われて、今度はアルフォンスがたじろいだ。ブランコを引くようにして、えぇーと小さい声でつぶやく。
「顔?な、なんで?」
「さぁなんでかしらねぇ。」
ウィンリィは視線をはずして、少し冷えてしまったレモネードの缶をあけた。流し込めば、砂糖の甘みとレモンの酸味が喉に刺激を与える。
「っていうか、何?何か話があったんでしょう?」
ウィンリィは、一息置いてから言った。アルフォンスは何も返事をしてこない。彼女は、もう一口レモネードを飲んだ。
「うん、渡したいもんがあったんだ。」
言いながら立ち上がったアルフォンスの声は、少しだけ上ずっていた。
ウィンリィは、しかし気が付かなかった。アルフォンスの、スラリと長い足を見て、クラスメイトの言った言葉を思い出した。最近、背が伸びたらしい。確かに、少し大きくなったのかもしれない。
アルフォンスは、黒いスポーツバッグをあけると、ピンク色の包みを取り出した。
「何それ?」
ウィンリィが首をかしげる。
「だって今日、ホワイトデーでしょ?」
「……あ!」
そっか、とウィンリィは喉の奥でつぶやいた。差し出された、ピンク色のものを受け取る。
「ありがと…」
「あ、あと、これも……」
続いて何か、お尻のポケットから取り出そうとするアルフォンスに、ウィンリィは声をかけた。それは、彼の行動を丁度制止させる形となった。
「え、でも、アル。あんたバレンタインデーってたくさんもらったんでしょ?」
「そんなにたくさんじゃないよ。」
「あんた、みんなにお返したの!?」
律儀ね、と言おうとして、ウィンリィはその台詞を引っ込めた。仲のいい幼馴染は、めったにしない不愉快そうな皺を眉間に浮かべていた。そうすると、彼の兄に似ていなくもない。
「全員になんて返すわけないじゃん。」
「…………。」
ウィンリィは、何を言っていいのかわからなくなった。視線も、どこに向けていいのかわからなくなって、体温が上昇した。逃げるように俯いて、地面を見る。アルフォンス・エルリックは最近モテるという。まだまだ子供だと思っていたのに、生意気にも女子生徒からバレンタインデーチョコを人並み以上に貰うという。困ったな、とウィンリィは思った。私はモテたことなんて一度もないぞ。
彼女の視界に、白いものが映った。白い紙。スイーツバイキング無料招待券という文字を、頭で理解した彼女は顔をあげた。目の前で、アルフォンスが笑っている。
「これ、友達からもらったんだ。でもボク一人じゃ行きづらいから……ウィンリィ、一緒に行かない?」
これって生まれて始めてのデートかしら。ウィンリィは胸中でそう思いながら、とりあえず急いで頷いた。
彼女の返事を見たアルフォンスはとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
ウィンリィは、赤面するのを隠すのに必死だった。