Be my
アルフォンスは、大好きなものに囲まれるのが好きだった。嫌いなものには極力触れたくもなかった。好きなこと以外は絶対にやりたくない。彼は、意外にわがままだった。
アルフォンスは、夜が好きだった。夜の街は昼間より静かで、人通りも昼間より少な いから。それが晴れ渡った星空ならば、尚良かった。 彼は、仕事のない夜はいつも散歩に出かけた。寒い日も、雨の日も。そして、隣を歩くのは、彼の大好きな大好きな‘エドワードさん’だった。
アルフォンスは、エドワードが好きだった。年の割りに小さい体も、体の割りにごつ い体格も。歩くたびにゆれる長い金髪、ふと瞳を伏せたときに意識させられる金色の
睫、本を読みながら酒を飲みながら、突然黙り込んだり眉間に皺を寄せたりして考え 込んでしまう表情。
全部が全部、可愛いとは思わない。けれど、アルフォンスはエドワードが大好きだった。
「エドワードさんて、馬鹿ですよね。」
アルフォンスは、隣を歩くエドワードに言った。夜は冷えますよという忠告を無視し て、シャツ一枚で隣を歩くエドワードはうるせーと答えたきり。
時々、アルフォンスのいない方に顔をそむけては豪快にくしゃみと唾液を撒き散らす。
アルフォンスは眉 間に皺を寄せた。彼は汚いものが嫌いだった。
だから、空を見上げた。星は、いつも綺麗だった。星は遠くにあってアルフォンスを裏切らない。綺麗で、時々場所を変え るけれどまためぐりめぐって帰ってきてくれる。アルフォンスは片腕を伸ばした。
目に見える、一番明るい星を掴もうと掌を広げる。もちろん、それは出来ないことだと わかっているけれど、アルフォンスがそうしない夜はなかった。そして、彼がそうするたびに、エドワードも昔は同じように手をのばした。
「遠いですね。」
「…遠いなぁ。」
「いつか、届いたらいいですね。」
「届かないわけねぇだろ、俺がいるのにさ。」
「エドワードさんてうぬぼれもいいとこですよね、錬金術オタクなのに。」
「なッ…おま、何気に酷いぞっ!」
二人でそんな会話を毎晩繰り返していた。
その頃、エドワードは研究熱心だった。朝も昼も夜も、ずっとロケットのことを考えているようだった。
時々、気晴らしに他の 本を読めば?と勧めれば、ドイツ語の語学書を熱心に読んでいた。
アルフォンスの目に、そんなエドワードは病的に見えた。どこか狂気めいたものを感じた。
ルーマニアで迎えたクリスマスイヴ。
ロケットの仲間たちと酒場で盛り上がった時、飲酒を頑なに拒むエドワードにアルフォンスは無理やりビールを飲ませた。
白い頬は ジョッキ二杯で赤く染まった。それからのエドワードの変貌ぶりはすさまじかった。
いきなり笑い出したかと思うと大きな声でわめきちらし、挙句テーブルの上で歌まで 歌いだした。ドイツ民族はみんなビールが好きだ。ビールを飲んで、みんなで盛り上がるのが好きな民族でもある。だから研究所の仲間たちはみんな手を叩いて喜んだ。
羽目を外したエドワードを、みんなが受け入れていた。アルフォンスは扱いに困った。
研究所仲間たちは、盛り上がって終わりだが、彼と同居しているアルフォンスは エドワードを家に持って帰らなければならないのだ。
宴会後、もはやエドワードは荷物だった。
「エドワードさんにビールなんか勧めなければよかった…」
アルフォンスは言いながらエドワードを背中に背負って歩いた。捨てて帰ろうか、と何度も思った。小さいわりに、エドワードの体はとても重たかった。
アルフォンス だって、素面ではない。アルコールが関節をかわらかく支配しはじめたとき、彼は背中の荷物を路上に置いた。そっと、エドワードの背中をそばにあった白い壁にもたれさせ、アルフォンスも隣に座った。
人通りのない裏道。建物と建物の間から、星の瞬きが見えてアルフォンスは少しほっとした。ほっとしながら、片腕を星空に伸ばす。
「届かない…なぁ」
アルフォンスは呟いていつものように手を引っ込めた。耳に届いてくる寝息にも、もう腹が立たない。このまま捨てて帰ろうかなと思いながら、エドワードの髪を撫で
た。
金色の髪は、アルフォンスの予想を超えてやわらかい手触りだった。
「寝てるときだけ、ほんと可愛い」
そう呟くと、まるでそれに答えるようにエドワードの口元が緩んだ。唇から涎と、異 国語が一緒になってこぼれた。 アルフォンスには、何を言っているのかわからなかった。ただ幸せそうな顔だけ、わかる。
アルフォンスは急いで手を伸ばして、再びエドワードを抱えあげた。
それから、何年たっただろう。 ドイツに戻ってしばらく経つと、エドワードは空を見上げなくなってしまった。
「エドワードさんて、宇宙人かもね。」
「かもなぁ。」
エドワードは足元の小石を蹴飛ばした。アルフォンスは、隣を歩くエドワードを見つ めた。
俯いている彼の表情は陰になっていて見えなかった。
アルフォンスは、エドワードに少し体を寄せた。気づかないエドワードの振った手が、アルフォンスに捉え られた。指と指をからめてくるアルフォンスに、エドワードが少し戸惑ったように顔をあげる。
「手、初めて繋ぎましたね。」
エドワードは夜目にもわかるほど頬を赤く染めていた。
それから、二人は毎晩手を繋いで歩いた。 家を出て一つ目の角を曲がったあたりで、アルフォンスはエドワードの手をそっと包んだ。
エドワードは、振りほどこうとはしなかったけれど、握り返してくることもな かった。ただ、絡まっているだけの小さい手。アルフォンスは強く、弱く握った。エドワードは、何も言わなかった。
ある夜、アルフォンスはエドワードに手を差し伸べないことに決めた。いつも自分か ら手を繋ぐのを止めようと思った。アルフォンスは、少しだけ緊張を覚えた。一つ目の曲がり角で、アルフォンスは意図してエドワードを視界にいれなかった。
会話のないまま、いつもの道を歩く二人。手は、繋がらないまま。 繋がらないまま、二人は家まで戻ってきた。
そうして三日目の夜。
アルフォンスはやっぱり手を繋ごうとはしない。エドワードの 歩く速度は、手を繋いでいた頃と変わらなかった。口数も、表情も、何もかも変化がない。
アルフォンスが空に向かって片腕を伸ばしても、エドワードはそれを見ること もしないで、俯いてばかりいた。
「エドワードさん、今日満月ですよ。」
「……ほんとだ。」
「見てないくせに。」
「見てるよ、川に映ってる。」
二人の会話はいつも途切れがちだった。けれど、それは居心地の悪い沈黙ではなかった。
アルフォンスは、それでもどこか居心地の悪さを感じた。少しだけ、嫌な空気が 漂っていた。その原因がわからないわけではなかったけれど、アルフォンスは無視した。
二人の下宿先に着く手前で、アルフォンスの指先を何かがひっぱった。エドワードの 手だった。アルフォンスの方は見ないで、ただ指だけを握り締めてくるエドワード。
アルフォンスは笑わずにはいられなかった。
「なんですか?」
「いや別に…」
否定の言葉を口にしながら、彼の指は恐る恐る、アルフォンスに絡もうとしてくる。 エドワードの指は冷たかった。アルフォンスは、エドワードの手を優しく握り返し
た。
「好きです、エドワードさん。」
「……。」
エドワードは何も言わないで、ただうなづいただけだった。