アマデウス
珍しくその日エドワードが読んでいたのは、錬金術の研究書でも哲学書でもなんでもなかった。
小さな薄い文庫本は、平易な文章でつづられて、厚みと一緒で内容も薄い。
十代前半が対象のその本は、ちょっと前まで十代前半だったはずのエドワードにはつまらなすぎて、最初読む気もしなくてかばんの中に放置されていた。そんな本の存在も忘れて、睡眠もろくにとらずに研究に打ち込んでいたら、アルフォンスに研究資料を全部取り上げられた。
手元に残ったのはそれ一冊。これだって、アルフォンスに見つかったら没収されるに違いない。
活字中毒というか生き急いでいるというか、とにかくぼぉっとすることが苦痛だったから、仕方なくそれを手に取った。
「せっかくうちにまで来たのに、そのつまらない本を読んでるの?」
「読み始めたら気になるだろうが…!」
つまらないつまらないと言いながら、研究をするために来たロイの家で、エドワードはその本を読んでいた。内容が薄いから、すぐ読めると思っていたのが大誤算。アルフォンスに見つからないように恐る恐る噛み締めるように時間をかけて読んでいたら(いくらつまらない本でも、本には変わりない。これを取り上げられたら読むものがなくなってしまう!)、案外時間がかかって読み終わらずに本末転倒。
「…単純なこだとは思っていたがここまでとは」
「うっせぇ!」
あきれたように言うロイを右足で蹴って、早く風呂に入って来いとせかす。
「どんな内容?」
足を避けて後ろに回って覗き込んで尋ねると、エドワードは大層人の悪い笑みを浮かべて答えた。
「……若き天才が、才能に嫉妬した老年の努力家に殺されたって昔話」
「ふーん。」
「まるで俺たちみたいじゃね?」
「確かに」
エドワードはふざけて揶揄したつもりだったのに、軽く肯定されて、逆に驚いて本から顔を上げた。
彼がそんな反応をするなんて珍しい、これから読書を中断させたいときは、こんな風にすればいいのかな、とロイは考える。
「あんた、俺に嫉妬してたの?」
ロイの真っ黒い目を覗き込むようにしてエドワードが言う。ロイにしても、そんな深い考えで口にしたわけではないから、苦笑して言った。
「そりゃあ、最年少国家錬金術師殿には敵わないから」
「あんただって英雄じゃん」
「どちらかといえば努力家なのだが」
「……自分で言ってて笑っちゃわない?」
「努力を見せないのがスマートじゃないか」
きも、とエドワードが笑う。
「じゃあアンタは俺を殺すんだ?」
「半疑問系は潔くないね。聞きたいのか聞きたくないのかどちらかな」
「憎んでるんですカー?」
「愛と憎しみは紙一重だよ」
「ばっかじゃねーの?」
エドワードは半眼でロイを睨んだ。
「あんたが今そんなことしても、痴情のもつれにしかならないじゃんか」
「彼らもそうだったかもしれないだろう?私たちのように」
ロイが本を指差して言う。エドワードはあからさまに顔をゆがめた。
「そんな曲がった見方、しないって普通…」
「判らないよ、才能に嫉妬していたのではなくて、愛しさゆえの犯行だったのかもしれないし」
「……そんな歪んだ見方しか出来なくなるなら、俺大人にならなくていいや…」
「ピーターパンシンドロームかね」
違う、といってエドワードは読み終わった本を、ベッドに投げた。