痘痕


その方はこの上なく美しい方だった。
俺はあの時のあの方を一目見た瞬間にその光に焼かれた。どうしようもなく歪んだ俺は光輝くものを恐れながら、しかし貪欲に欲した。どうしようもなく光に惹かれた。
我が友ミッターマイヤーもそれはそれは光の如く真っ直ぐな男でしかし彼は俺の狂気に気づくとやんわりと距離をとった。優しい男だと思う。謀らずとも破滅を好む性分である俺を何かと気遣ってくれる彼は、本当に。
しかしあの方は俺の狂気を燃やし尽くすほどの光であった。それは暖かい光ではなく煉獄の炎であった。自らの命を餌に自身すら焦がしてしまいかねないほどの炎。大事な半身を、二度と取り戻せぬ場所へゆかせてしまったあの瞬間、あの方はその身に宿した炎が二度と消えぬことを知ったに違いない。
俺は求めた。彼を欲した。しかし手を伸ばせば灼熱に朽ちる。手に入らない。あの方はどれほど誠心誠意尽くそうと俺個人を見てはくださらない。無理矢理に身体を重ねても怒ることすらしない。閉ざされた心に触れようとすれば、触れる前に私が灰になってしまう。
どれだけ足掻こうが、あの方を傷つける事すら叶わないのか。

彼の顔には痘痕がある。病で、ということになってあるが実際はそうではない。俺が、やった。あの方の身体を無理矢理にかき抱いた夜に違法の薬を使った。
その日彼は珍しく俺の家で俺に抱かれた。いつもは、彼の元帥府、その執務室の奥にある仮眠室でやることが多かった。官舎へ彼が帰ることは稀なようだった。だから実質彼の寝室は仮眠室である。でも今日は、彼は俺の車に乗ってうちまで来た。
助手席に座る、前を見つめる横顔。オレンジ色のテールランプに順番に照らされる頬は先ほど飲まれた酒のせいか少しだけ色付いていた。手を伸ばすとその頬に触れられるだろうか。俺は片手を差し伸ばした。瞳すら動かさずに、艶のある唇がかすかに動いて言葉が吐き出される。
「運転中に余所見をするな。」
「平気ですよ、これくらい。」
俺はハンドルを握り直して、伸ばした手をさらに向こうへ、その頬に指先で揺れた。触れるか触れないかの距離。つつくと、見た目よりも柔らかい頬、そっと掌に包めばもうすぐに吸い付くように馴染む肌。心にまで届かないのなら、せめてこの肌だけでも。
そんなふうに俺は思ったのかもしれない。彼のこととなると俺は、多少の冷静さを欠くらしい。
「らしくもない。」
ミッターマイヤーなどはそんな俺にこう言う。オスカー・フォン・ロイエンタールらしくないと。言われた仕事以上の何かを、彼の言葉の裏側を、求めているように見えるのだろうか。そして実際俺はそんな目に見えない代物を求めているのだろうか。
埒もない。
俺は手をハンドルに戻した。車中で、彼、ラインハルト・フォン・ローエングラム閣下はそれ以上は何も言いそうになかった。話しかければ口を開くだろうが、それだけというかんじ。窓の外を眺めるでもなく真っ直ぐ前だけを見つめている。
俺はアクセルを踏み込んだ。
ドアを開いて先に家に通すと、俺はその背中を抱きしめた。後ろから伸ばした指先で顎を掴んで、無理やりにこちらに向かせる。
呼吸にために開かれた唇の隙間に唇を合わせて舌を差し込む。ローエングラム公の両の手が俺の身体を押す。拒絶。俺は無視した。拒絶なさるなら、もっと強烈に拒めばいい。俺は彼小さい舌を自らのそれで絡めとった。純白のマントの留め金を外して、足元に落とす。
「や、め……ベッドで…」
「そこまで遠すぎて我慢ができませんよ。」
俺は白々しく言って、彼を抱き上げた。軽い、とは言わない。けれど、実はミッターマイヤーよりも軽いと思う。俺はその身体を前に抱えて、そこからすぐの居間のソファに落とした。白い革のソファに沈む体。俺は横に腰掛けて、軍服に手をかけてはだけた胸元に手を差し込んだ。露になった首筋に何度もキスをして、その肌の滑らかな感触を楽しんだ。舌で押せば弾力のある肌はアルコールで艶めいて見える。俺は指先で胸の突起を弄んで、彼が硬く瞳を閉じて眉を寄せる様を見つめた。
戦っておられるのだろうか。与えられる快楽と、溺れそうな心と。いや、そんなはずはない。今この瞬間はそうであったとしても、明日になれば消えてしまうほど儚い感情だ。表皮だけで感じられる情欲だ。肉体だけで飲み干してしまうだけの、セックスだ。
それでも、いいんだと言い聞かせていたのに。
俺は彼の身体を何度も何度もきつく吸い上げ、汚れていない乳首を口に含んた。舌で十分に滑らせてやると、そこがぷっくりと勃ち上がる。小さくて可愛いそれに噛み付くと、唇の端からえも言われぬ甘い嬌声がこぼれた。
「ぁんっ…」
優しく抱かれるよりも、痛いほどの刺激に彼はより高い泣き声をあげた。
彼の友は、この人を抱いただろうか。優しく丁寧に抱いたのだろうか。それとも。
俺は唇を白い肌に這わせなが上着を全て取り払って、彼のベルトを外した。彼のそこがすでに張り詰めているのが触れなくともわかる。ファスナーを下ろして、ズボンを引きずり下ろす。完全には脱がせないで、足元にそれを絡ませたまま、下着の上からそこを優しく包み込む。
「もう勃てていらっしゃる。」
「だから…なんだというのだ…」
不遜な物言いは昼間の彼と同じ。違うのは、その表情と息遣い。首筋までをも火照らせた肌と潤んだ瞳でそんな言葉をおっしゃられると、どうしようもなく煽られるのは嗜虐心。それを、狙っておいでなのか。
貴方の親友は、キルヒアイスは、貴方を丁寧に抱いたのではないのか。
俺は、しかしそんな野暮なことを聞きたくなかった。聞いてしまえば、もうこんなことは二度と叶わなくなってしまう。
そういうものがお望みならば、そういう風に傾いてやろう。でも、俺は欲することは止めない。
無傷でなんて、いさせてはやれない。俺は下着をいっきにずり下ろして、彼の欲に舌を這わせた。突然の行動に飛び跳ねるほどに驚いて、思わず高い声が響く。
「ひやっ…ぁ…」
むしゃぶりつくと、先端から透明の蜜が溢れてくる。じゅるじゅると音をたててそれを吸いながら、絶対に後悔させてやると思った。
若い白濁を飲み干して、口に残ったわずかなそれを唾液とともに閣下に飲ませた。無理やりに唇を重ねながら、指で後ろの入り口を刺激して、つぷ、と挿入する。何度やってもきつい締めつけに俺は毎回驚く。身体をずらして、俺は指を引き抜き変わりに舌を挿入した。ひくひくと動くそれは閣下の無意識か、それとも意識的なものか。
「んっ…んくぅぅ…」
「卑猥な動きをなさいますな、閣下は。」
返答などは期待していない。一方的に羞恥心を煽って、わずかに動く蒼氷色の瞳を見て、震える唇を見る。物足りなくないといえば、嘘になる。
俺は、俺の言葉にわずかに瞳を細めた彼の瞼にキスをして、自らの熱く猛ったものを手早く取り出した。欲情して、わずかにひくつくそこに先端をあてがう。じゅぶ、とわずかに挿れて、俺は入り口をぐりぐりと刺激した。ローエングラム公ラインハルトは髪と同じ金色の眉根を寄せて、うぅ、と呻き声を上げる。
「どうなされた?ラインハルトさま。」
「ぁっ……な、何を…なぜ……。」
「ここに、欲しいのですか?私のものを…」
俺は笑った。硬いそれをわずかに挿入して、そして引き抜く。もどかしい動きに、金髪の少年は震えながらもゆるゆると腰を揺らす。しかし、そちらの方面にうとい彼が、うまく挿入を促せるはずがない。さらに俺は、彼の誘いには乗らないでそっと腰を引いてやったから、彼は濡れた唇をきつく噛んだ。苦しそうに、眉間に皺を刻んで、
「はやく…しろ馬鹿……馬鹿タール!」
「馬鹿とは酷いですね…おねだり、してくだされば。」
「っ……!」
一瞬拒絶されるか、と思った。嫌だと、叫ばれるかと思った。息を呑んで、瞳を開いて、しかし彼は俺の予想とは違うことを口走った。
「いれ…て、ロイエンタール……お前のものが欲しいんだ…。」
それは空っぽのセリフだった。心のない言葉だった。
なぜ、後悔するのはいつも俺なのか。なぜ、この方の心はこれほどに遠いのに、俺はそれを求める事を諦めないのか。苛々する。狂いそうになる。
俺は、項垂れた。
「お望みとあれば。」
そして、思い切り突き上げた。奥の奥までえぐりとるように、中をかき混ぜた。鳴きわめく、若い上官の身体を揺すって、二人とも言葉を発さなかった。
ただただ無言で、お互いに爪をたてて、欲を吐き出した。
シャワーを浴びてから、ベッドでもう一度交わった。
二度目は、さっきのような愚行を犯すこともなかった。無言でその身体を抱いた。ラインハルトさまも何も言わなかった。
白濁をその髪にかけると少しだけ不快そうな顔。シャワーを浴びますか?と聞けば疲れたからもうよい、との返事。
俺は、グラスに水を用意して、差し出した。ベッドの端でそれを飲み干した時、一瞬顔をしかめられたが、すぐにもとの無表情に戻る。そして布団の中に入ると、こちらに意識的に背を向けてすぐに眠りに落ちてしまった。
グラスの薬に、気付いたのかなどは俺にはわからない。それでもあの方はそれをお飲みになった。
俺は、後悔するだろうか。
俺は、そっと布団に入って、しばらくその金髪と、穏やかに上下する体の動きを長いこと見つめていた。
美しかった、半神的なほどに美しかった顔。その左半分を覆う痘痕は左目や唇を歪め皮膚は皺がより常にくすんで艶がない。醜い。例えようもなく醜い。そうなると思った。
「……。」
朝起きて鏡の前であの方は静かにその変わり果てた顔を見ていた。しかし、ただ見て興味なさげに指先で触れるだけ。しみるのか、一瞬眉を寄せたが、それ以上の反応はなかった。
「驚かれましたか…?」
背後から声をかける。暗い照明のせいか彼の顔はあまりはっきりとは見えない。
「別に…」
興味がない、と彼は吐き捨てるだけだった。

痘痕を持ってしばらく、何かの感染病かもしれぬと判断された彼は皇帝から一週間の自宅療養を言い渡され、医者の検査を受けた後に帝国軍に復帰した。痘痕を持った彼は、怯えられ恐れられ、嘲笑された。醜いと罵られた。が、彼は以前と何ら変わることがなかった。それは周りが空恐ろしくなるほど。
醜い容姿を恥じて隠すことをせず、同情を買おうとひけらかすこともない。そう、あの美しかった頃と何も変わらない。それが皆、理解できない。理解できないから、恐れを抱く。わからないから邪推する。そして馬鹿にする。あの方の高貴さと、非人間的なほどの高潔さを。
ミッターマイヤーら長年の部下たちは以前と変わらぬ忠誠を尽くしていた。しかし、俺は出来なかった。
あの方の顔を、直視できなかった。醜くただれたはずなのに、あの方の顔は以前にも増して美しさと高貴さと激しさを増しておられるように思えて顔を背けた。
彼の態度は以前と変わらない。それは、俺に対しても、そして俺との関係も何もかもが変わることがなかった。
仕事では俺は忠実な部下で、彼は俺に信用をおいていたるところで重き任務を与えてくださる。部屋に行けば、何も言わずに俺に抱かれる。怒るでもなく、拒むでもなく、わずかに身体を欲で火照らせるだけ。朝起きれば全ては消えてまた凛としたお姿に戻られる。何度その肌を白濁で汚したところで、美しさは変わらない。眩しい。
俺の手中には絶対に手に入らない。全身全霊でそう言われてしまった気がした。